長谷川修一のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
楔形文字は、非セム語のシュメール語のためのものだったが、古代セム系民族はこれらの文字を採用した。代表的な言語はアッカド語
シュメル語の洪水伝説、ギルガメシュ、アトラハシースの3つが洪水伝説として有名
メギドでギルガメシュ叙事詩の粘土板断片が発見
上エジプトのベニハサンには、紀元前19世紀のへきががあり、そこにはセム系遊牧民がアビシャルという名前の指導者に率いられて連れてこられるシーンが描かれている
古代エジプト王朝は自分が負けた記録は残さないことで有名
もしこうしたらこうなる、という条件法はハンムラビ法典など幾つかあるが、十戒にあるような、父母を敬え、殺すなという人類全体に対する絶対法は他に類がない
1920年代に起こったとされるエリコ近辺でのヨルダン川せき止めは、たぶん虚偽
何れにしても、エリコには城壁はなかった
今ヨシュア記の制服記録とアッシリアの征服記録の類似性に学者たちが注目している
ダビデ以外にもゴリアテを倒した人物がいる エルハナン しかし歴代では修正
列王第一20:24の長官という言葉はペルシャ時代
ヨナの時代はまだニネベは栄えていなかった
ヨナ3:4の滅びるというヘブライ語には、転覆すると変化するという二つの意味があり、変化なら良い変化もあるので何れにしても成就する -
Posted by ブクログ
前年に発行された同じ著者の「聖書考古学入門」の姉妹編ともいうべき本で、考古学の基本を解説した後、旧約聖書の7つのエピソードについて、考古学的に解説している。
考古学の基本も簡単ではあるが一番大切なことを解説しており、そのうえで数字をどのように読むのか等考古学的手法の解説が述べられており、結論というよりもこのようにも考えられるという学説の紹介で終えていることが多い。考古学も進歩しているので、数年たったら、どのような発見があって進歩したのか読んでみたいと思った。
また中公新書の分類によると、聖書考古学は世界史、本書は宗教に分類されていた。個人的には同じ分類がよいような気がするのですが。目次から、ノアの方舟と洪水、出エジプト、エリコの征服、ダビデとゴリアトの一騎打ち、シシャクの遠征、アフェクの戦い、ヨナ書、 -
Posted by ブクログ
聖書の考古学であるが、旧約聖書の初めの部分が、紀元前2000年ごろと旧約聖書で、書かれている部分が、ほとんど、確かかどうかわからないとか書かれているが、書かれている人物が120歳、160歳まで生きたとか書かれていると本当かどうか、明らかと思うが、でも、当時のことが書かれた碑文がないので、確かではないとか書かれていた。かなり、慎重な書き方と思った。慎重すぎるかもしれない。また、出エジプト記が、事実かどうかまだ、確認されていないとは、はじめた知った。アッシリアの文書にも記載がなかったと、それから、考古学の遺跡の発掘の仕方が書かれていたが、その部分は、退屈であった。でも、アッシリアの文書、碑文などで、確認された部分は、面白かった。ユダヤ教徒キリスト教の関連などが面白かったし、どのようにキリスト教ができてきたかわかり、面白かった。
-
Posted by ブクログ
聖書の記述はどこまでが真実なのか、誰が纏めたのか、を考古学の手法で検証すると同時に「イスラエル人」はどこから来たのかという謎についても言及している。また、聖書の記述の考察だけでなく考古学における発掘作業や遺物の同定の難しさ、聖書を歴史の史料として扱うことの難しさについても取り上げている。文書史料の検証は記述されているものが発掘されるか、同時代の別の地域の史料に共通記述が見られるかといった点で検証する。これは聖書においても同じであるが、信仰という要素が絡んでくるため少々複雑なことになっている。すなわち聖書に書かれていることは全て正しいとしてしまうという事である。こういったことをしないよう「批判的」に扱うよう注意を払わなければならないことが指摘されている。
記述の癖から特定の人物による編集が行われた可能性の指摘、何らかの事実を基にして警鐘を鳴らすための創作、信仰の正当性や信仰を続けることの意義、なぜ「今」そのようになっているのかの説明、こういったことを発掘の結果や他の史料から導き出している。全体を当してみると、何らかの事件が起きたのは間違いなさそうな印象を受ける。その上でやはり宗教として成立させるための「操作」も行われているだろうことは想像に難くない。「聖地」を発掘すれば多くのことが分かるのだろうが「聖地」であるが故にそれもできない。宗教の難しさがこのようなところにもあるのだと改めて認識した。 -
Posted by ブクログ
旧約聖書に書かれているエピソードは歴史的な事実なのか?
文献による考古学研究には限界があり、発掘調査によってその史実を確認する。
学術的とは批判的であること。※否定的とは異なる
「聖書は無謬である」とか「神からの言葉である」という先入観を取り払って読む、ということである。(P61)
もともと旧約聖書の内容をほとんど知らなかったが、聖書自体に興味を持ついいきっかけになった。
旧約聖書を読んでからまた読み直したい。
◆旧約聖書の構成
・創世記(原初史)
→天地創造、アダムとイブ、ノアの方舟、
・族長時代(父祖たちの時代)
→アブラハム、イサク、ヤコブ
・土地取得時代
→出エジプト
・イスラエル王国時代
→巨人ゴリアト対ダビデ、ソロモン、南北朝時代 -
Posted by ブクログ
・パレスチナにおいて土器にヘブライ語アルファベットが刻まれるのは紀元前9世紀くらいから。
・捕囚にしたバビロニア人がもはや存在しない一方でユダヤ民族が存在するのが不思議。
・考古学の限界:①なにかが出てこなかったとしても、それがなかったことの証明にはならない。②証拠が出てきてもその解釈が幾通りもある。
・「カルデア」は紀元前2千年紀の文献には登場しない。創世記の「カルデアのウル」という表現は後代からみている。
・らくだについて:C・グリグソンによる最新のラクダに関する研究がある。
・ペリシテ人がパレスチナに登場するのは族長時代の数百年後であるから、この点でも時代錯誤。
・ベテルの遺跡からは、族長時代において厚さ3・5メートルもある城壁が発見されている。ベテルは2012年から慶応の杉本教授による発掘が始まっている。
・ラムセス2世の建てた「ペル・ラメセス」と聖書の「ラメセス」が同じだという説があるが、この町は長らく「タニス」と同定されていた。しかし近年の研究により、テル・エル・ダヴァとカンティールという遺跡がぺる・ラメセスであった可能性が高いことが分かった。そこはアバリスという名前で呼ばれ、ヒクソスの王朝の都であった。
・ネボ山からはカナンを一望できない。
・Associates for Bilblical researchという、聖書擁護派の学者団体がある。
・ハツォルはイスラエル最大のテル型遺跡である。
・ペリシテ人の王の名「アキシュ」はエーゲ海地方の起源であるとみてよい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレユダヤとは?
最近の世界情勢から気になって読んでみた。モーセやソロモン、ダビデの話はあまりに聖書で親しんでいたので、当然のように歴史と思っていたが、よく考えたら聖書は史料とは違うのだった。同時代史料に触れつつ、ユダヤ人の歴史を解説する本作は、勉強になった。
二度のバビロニア捕囚が、律法に従わぬことを神が罰する、という思想を育てていった。ユダヤ教といえば排他的一神教と思っていたが、最初からそうではなかった。元々の地に残っていた者、何代かを経てバビロニアから戻った者、近隣の民と通じていった者がいて、それぞれの解釈があった。勝手にユダヤ教徒=イスラエルへの帰還を目指す=厳格に律法を守る、と思ってしまいがちだが、離散したところからアイデンティティを律法に託したとしても、その濃度には差があって当然である。
またキリスト教徒がユダヤ人を迫害したのはイエスの殺害を認めたため、という説を知っていたのだが、ここでは触れられていない。よく考えればあれは聖書の記述であり、もしかして同時代史料に欠けるものなのかと気になった。
筆者はイスラエルという地があり、また神仏への信仰が変化している現代では、もはやアイデンティティとしてのユダヤ教に必要性を感じなくなる可能性に触れている。しかし世界情勢がきな臭くなっている今、イスラエルの攻撃性が目立つのは、「自分たちと他」の区別をつけるためのアイデンティティへの執着が強くなっているからではと感じた。 -
Posted by ブクログ
『聖書考古学―遺跡が語る史実』(2013年、中公新書)の姉妹編で、前著につづいて考古学の立場から旧約聖書の記述内容と史実との関係にかんする研究成果が紹介されています。
著者は、モーセによる「出エジプト」の物語が、日本の世界史の教科書ではあたかも史実であるかのように記述されていることに言及し、現代の考古学の研究成果にもとづいてそのような理解が成り立つのかどうかということを検討しています。そのほかにも、旧約聖書にふくまれるさまざまなエピソードについて、批判的な検討がなされています。
「あとがき」で著者は、「本書は、「旧約聖書」という「木」が生え、そして豊かに育った「森」の世界に、読者が足を踏み入れるガイドになれば、という思いから生まれた」と語っています。ここでの「森」とは、「古代のパレスチナとその周辺の世界に生きた人びとの思想」のことを意味しています。これは、旧約聖書をユダヤ教の信仰から切り離し、メソポタミアやエジプトといった周辺地域をふくむ古代オリエント世界に誕生した文化史上の成果として、旧約聖書をとらえなおすことを意味していると理解しました。 -
Posted by ブクログ
旧約聖書に記述されている内容が史実を反映しているのかという疑問に、考古学の立場からこたえをさがし求める学問的研究の成果を、幅広い読者に向けてわかりやすく解説している本です。
本書ではまず、考古学における発掘調査の方法についての初歩的な知識のていねいな解説が置かれています。また、調査によってなにがわかり、なにがわからないのかということをはっきりと指摘したうえで、これまでの研究を通して旧約聖書の記述内容と史実との関連を見いだそうとする試みには、どの程度の妥当性が認められるのかということが具体的に説明されています。
信者にとっては信仰の対象である旧約聖書の内容をめぐって、学問的な観点から冷静に精査していく研究の一端に触れることができる内容で、興味深く読みました。