郷原信郎のレビュー一覧
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内容的にはタイトルにあるように”歪んだ法”の実態がよく分かる好書である。近年の冤罪や政治家にまつわるざる法、今後重大問題化するに違いない自動運転自動車に適応できる法律論的議論もカバーされている。
一方で、著者は理科系大学卒業生だったが、就職後独学で司法試験を目指し法曹に入った”法のど素人”を自称している。その観点から、日本における法教育の欠如を憂いているが、そこから当然進むべき裁判員制度や裁判員教育、さらには陪審員制度への展開が皆無で大変残念だった。一説によると、法曹界に入った人は裁判員制度を軽んずる傾向があるがらしいが、法教育を提唱することが本書の目的なのであれば、そこが全くカバーされていないのはむしろ欠陥である。 -
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1. 検察の起訴裁量について
法令と実態が乖離しているような状態で「形式的にすぎる」官僚を批判しているが、検察については法令違反については淡々と職務を遂行すべきだと感じた。世間から特装検察が評価されていた執筆時とは異なり、袴田事件を筆頭に検察への不信も高まっている現在では、「柔軟に」事件に対応したところで「恣意的に運用したのではないか」との疑いをかけられるのは目に見えているし、そのような疑いに市民の目を入れたはずの検察審査会についても良い評判を聞かない。
法令におかしいところがあるのであれば、司法に持っていって判断を待てば良いのであるし、その判断を元に立法が法令を変えるのが筋であるから、検察に柔軟さを求めるのは賛同できなかった。
2. 法令遵守について
法令に限らず、「法令遵守」にある問題はSDGsにもあり、社会に根強く残っているものだと考えた。すなわち、建前においてSDGsという崇高な理念に賛同しているポーズをとり、環境コンサルの助言に従って配慮している形式だけを重視して、その実、「実質的に」持続可能な社会の実現にどのように寄与するのかという問題には直視しない態度が見られる。
このような観点でいうと、世界を滅ぼす、ということにもなりかねない。本書の主張を敷衍すると、地球の構成員一人一人の鋭敏性が地球に「眼」を与えることになるのだろうか。 -
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著者:江上剛氏は、第一勧業銀行入行、広報部次長等を務め現在は退行し作家として活躍中。
郷原信郎氏は、検事等を経て、弁護士として法律事務所を開設し、関西大学特任教授もと務めている。
銀行は、口座の開設、振込・送金、クレジットカードの支払決済など、我々の社会生活に不可欠なインフラ昨日を離す「血管」であるのと同時に、健全な血液が確保され、血液が身体の隅々にまでいきわたるよう「循環器」の役割を果たす、というのが銀行の役目であった。
しかし、バブル以降の銀行はその役割を十分に果たしてきたのであろうか。上記の2人により以下の5章にわたりテーマ通りの銀行の核心について対談形式でその問題に切り込んでいる。
①みずほ銀行反社融資問題
②反社融資問題
③中小企業融資問題
④法システム・行政の問題
⑤これからの銀行、そして銀行員
問題の核心に触れるのには想像以上の体力が必要である。わかってはいるもののそれに触れてしまうと火傷してしまう・・。どこかにそんな思いがあるのかどうしても敬遠してしまいがちな核心との付き合い方。
しかし、問題を解決にまでもっていくには、傷口を補修する等の応急処置ではなく、核心である本質から改善していかなければいけない。
時間も労力もかかるが、必要であることは誰から見ても明白である。
知っておいて良い知識。知っておくべき知識である本書の核心。もちろん著者の意見であるという点もしっかり前提として受け入れようと思う。
本書のような本。そして、理論や知識等を吸収することによって自分の意見を持ち、そして知識だけではなく、それを礎にして自分の行動にも反映させていきたいものである。 -
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組織論と思って読み始めたら、がっつり法律関係の用語が飛び交うという事態になってしまう。そもそも郷原氏が組織論?と不思議だったのだが、その時点で気づくべきだった。
法律用語が容赦なく飛び交うので、法学の心得がないと難しい。私は理工系出身なので読み進めるのを何度も諦めかけた。(しかし、郷原氏は理工系の学位も持つ異色の法律家である)
しかし、内容は非常に緻密で切り口も鋭い。厚労省の村木氏の冤罪事件から検察という組織に対する体質の問題に切り込み、そこから一般の組織へと視野を広げ、コンプライアンスという普遍的な問題として捉えることにより、組織の不祥事が起こるプロセスや、発生した場合の対応方法を丁寧に検証している。
そして、広義の「法」に対して、ただ盲目的に守ることだけでなく、それが現実にそぐわない時の対処にも触れる。この辺りは、日本では「法」はお上や上層部から降りてくるものという意識に警鐘を鳴らすものといえるだろう。