赤松利市のレビュー一覧
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なぜか突然、この本の旬は1月なのではという気が強くして、読み始めた。『藻屑蟹』を読んでから3年と10ヶ月、ずっと読むタイミングを計っていたこの本、ようやく読めた。
いやぁ、なんか……かなりヤバいものを読んでしまった。この本にはR指定(と今は言わないのかな)が必要では。でも読書の醍醐味である、貴重な擬似体験をさせてもらった。そういう意味では、ものすごくおもしろかった。
始めは、世間への憤りを抱えた主人公にハッとさせられながらも、これはコメディなのかと思うほどコミカルな表現に何度も吹き出していたのだが、読み進めるうちにだんだん笑えなくなってきて、後戻りできなくなっていく状況に恐怖を感じるようになっていった。うっかり立入禁止区域に入り込んでしまったような、焦りと不安で逃げ出したくなる。人間の愚かさを見せつけられて、哀しくなった。この容赦のなさ、さすが赤松さん。
ちなみに、この本の旬は1月、は正解だったと思っております。
最後にひとつ訂正を。『藻屑蟹』の感想にデビュー作だと書きましたが、赤松利市さんのデビュー作は、正確には本作です。『藻屑蟹』で新人賞を受賞し、『鯖』で単行本デビューを果たしたとのこと。まぁいずれにしても驚きのデビュー作ではありますけどね。
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赤松利市『犬』徳間文庫。
第22回大藪春彦賞受賞作。
個人的に苦手なトランスジェンダーを主人公にしたピカレスク小説だが、面白い。
国の誤った政策で非正規雇用が増加し、日本は貧困国に成り下がり、社会保障額は目減りし、老後の不安は増す一方。死ぬは地獄、生きるも地獄の今のご時世。一攫千金を狙ってもリスクばかりで、うまい話に儲けは無い。貧困のあるところに犯罪あり。
大阪でニューハーフバー『さくら』を営む63歳になるトランスジェンダーの桜は、同じトランスジェンダーで24歳の沙希を雇い、慎ましい生活を送っていた。
ある日、『さくら』に桜の昔の男であった安藤勝が現れる。久し振りの再会に舞い上がる桜に安藤が儲け話を持ち掛け、桜は老後のためにコツコツ貯めていた1千万円を用意する。安藤に1千万円を託し、店を閉めて、二人で暮らすことを決意した桜は沙希に100万円を渡し、解雇を告げる。
しかし、虎の子の1千万円を信じていた沙希に持ち逃げされる。沙希のインスタグラムの投稿を手掛かりに行方を探す桜と安藤だったが……
後半からの暴力の嵐。ホッとしたのも束の間。その結末は……
冒頭で23歳だった沙希が早々と24歳の設定に変わったのは、『さくら』で働いて6年という表現が描かれたからなのだろう。23歳の6年前にだと17歳から働いている計算になり兼ねない。
本体価格820円
★★★★ -
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赤松利市『東京棄民』講談社文庫。
初の文庫書下ろし。
まさに今、日本が苦しめられている新型コロナウイルス感染禍を題材に描かれた世紀末近未来サバイバル小説。
リアリティを感じるストーリーであるが、少し欲張り過ぎた感じがする。
国民の自助と自衛に頼るばかりでワクチン接種の一本足打法以外に打つ手の無い政府の新型コロナウイルス対策。政府はスペイン風邪の時のように2年半程度で自然終息すると軽く考えていたのか。それとも集団免疫獲得という幻想を抱いているのか。
政府側近の人材派遣会社トップが労働者派遣制度を歪め、安価な人件費を変動費に変えたことから広がり続ける格差社会。新型コロナウイルス感染禍でさらに広がるばかりの格差社会。世界との経済格差は見る間に広がり、いつの間にか日本は経済大国の地位から陥落した。
新型コロナウイルスの東京株が蔓延し、大量の感染者と死者にどうすることも出来なくなった政府は感染者を見捨て、未感染の都民を全国に分配、移動させる。政府も東京を捨てて淡路島に移り、東京を逆ロックダウンする。
職を失い、マンガ喫茶暮らしの47歳のイサムは政府の避難指示情報を受けられぬまま都内に取り残される。そして、同じマンガ喫茶には宮崎から上京したばかりの27歳のヒカルという女性も取り残されていた。
ある時、マンガ喫茶に入って来たホームレスのグループと共同生活をすることになったイサムとヒカル。
定価748円
★★★★ -
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バブル末期の平成初期年代。
場所も違った場末の風俗にも、その不景気の予兆が訪れる。
新宿二丁目では、もう何人も”飛んで”いる。
北海道の寂れゆく離島には東南アジアからの女が流れ着く。
大阪の道頓堀に子どもが捨てられる。
彼ら彼女らの悲哀が込められた、平成初期の風俗街に焦点を当てる。
「ショコラ」
新宿二丁目のゲイバー、不況の煽りを食らって閉店が相次いでいた。
大吾は金融の世界で家庭も作らずに仕事に没頭し、遊ぶときは二丁目で盛大に金をバラまいていたが、不況の気配を感じて自分の得意な領域のコンサルとして独立する。
なじみの店でNo.1を争うカスミが自分の店を持ち、カスミにはその場の思い付きで、ゲイバー引退後キャスト達ための療養施設建設の夢を語って盛り上がった。
その後、カスミもビルから”飛んだ”ということを耳にする。
時は過ぎ令和2年、大吾のもとにかつてカスミの下で働いていたショコラから、カスミはまだ生きていると連絡が入る。
「マリア」
ここは北海道の寂れた離島。
定期船で行ける街のフィリピンパブで引っかけたフィリピン人マリアと初老を過ぎてから結婚した漁師の清蔵。
結婚前はバブルの景気のいい話があったが、バブルが弾けてからは夢も描けなくなった。
漁に出られない荒れた日は、何かと腹が立ちマリアを殴ったあとに漁業組合で漁師仲間と焼酎をあおる日々だった。
ある日、マリアが持っている女の髪でできた人形に気が付いた。
問い詰めると、それはここに来るまでに会ったタイ人が持っていた呪いの人形だった。
「アキラ」
オカンは小学生の時に家を出た。
そしてオトンには道頓堀に捨てられた。
戎橋にうずくまっていたアカネに声をかけたのは、風俗フリーペーパーを製作しているアキラだった。
見た目は若いが50代手前のアキラは、かつて青少年養護施設を脱走して生きてきた。
アカネを自分の家に住まわせて二人の生活が始まった。
時を経るにつれ、アキラの仕事はだんだんと減り、目に見えてやつれている。
アカネはアキラのためにどうにかしたいと、かつてから風俗で働きたがっていたが、それをアキラは許さなかった。
そして、アキラが限界にきて倒れたあと、アキラは申し訳なさそうに、金になるから学校の制服を着てくれとアカネに頼んだ。 -
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2021年、19冊目は、3年連続、この時期に読む(文庫の刊行ペースがそぅなのか?)、赤松利市。
千葉の海に面した旅館、望海桜。その総支配人が殺された。犯人は、従業員と元従業員の六人。
『藻屑蟹』『鯖』そして、今作が『らんちう』。水性生物括り。と言う冗談は、さておき、今作も社会の歪みの狭間や、下側にいる人々が展開の核を成す。
まづ、驚いたことに、全編そのパートの主人公の主観、一人称で描かれている。
「人はそれぞれ正義があって」何て、どこかで聞いた歌詞を思い浮かべたりもするが、六人の犯人達のベクトルが合致した先に「総支配人殺害」があったのだろう(もちろん、異分子的存在もあったし、果たす役割もある)。それでも、「殺意」「動機」と言う点では十分とは言えない。
第三章で「参考人」達の供述に入ると(もちろんココでも、主人公の一人称で語られる)、今まで見えていなかった側面が見えてくる。
とてもサクサク読める。一部を除き、登場人物達の考え方も納得できる。華美な情景描写も、技巧的表現もほぼなく、ソリッド感さえある。そして、きちんと直前で減速して、第三章の切り替えポイントに進入する。造りは好みのタイプ。少し大雑把な言い方だが、かなり序盤から「怪しい」と自分が思った人物、事象がネックになってて、「やっぱり」的なトコでクライマックス。しかし、ソコで「ランチュウ」をそぅ絡めてくるとは。そして、終章でさらに1/4ひねり加えてきた。★★★★☆評価は決まり。
『奇形は誉れ』そのためには、真っ当な者は躊躇なく葬る。さもなくば……。 -
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2020年、33冊目は、約1年振り、『藻屑蟹』以来の赤松利市。
「海の雑賀衆」一本釣りに特化した游漁船団。時代の変化に呑まれ、船頭、大鋸権座が率いるのは、オンボロ漁船一隻、乗組員四名だけである。現在は日本海の孤島を根城に、割烹料理屋に魚を卸すことで、糊口を凌いでいた。そんな彼らに、ビッグビジネスの話しが舞い込む。
フォーマットは『藻屑蟹』と似た「欲」にとらわれた人間の物語なんだが、コチラは狂気的、デカダンス型。よもや、こんな結末になるとは、予想出来なかった。
ストーリーの緩急。そして、中盤以後は一気に加速する展開。ソコに癖の強いキャラが絡んでくる。
『藻屑蟹』より、読者を選ぶし、評価も様々だと思われるが、個人的には、文句なしに、★★★★☆評価に値する一作。 -
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東日本震災後の復興特需に群がる人間が描かれた「藻屑蟹」「ボダ子」は、あくまで小説だった。
本書は、復興特需に乗っかろうとして、乗り損ねて住所不定無職となった筆者の随筆である。
かつてバブル時代にはゴルフコースのコンサルタントとして120人の従業員を率いていたが、バブルとともに会社は弾けた。
再起をかけて乗り込んだ東日本震災後の東北だったが、そこでは日雇いの土木作業員に揉まれる日々だった。
復興ビジネスの裏表を知り尽くし、そして最後には限界に気づく。
気が付いた時には下流国民へ。
まもなく震災から9年、日本という国自体の下への流れが止まらない。 -
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ネタバレオーディブルで。福島の原発と除染に関連した話。
除染作業員の世界、金の流れ、震災後の歪み、そういう大きな圧には本物の迫力がある。
違和感があったのは、出来事そのものではなく、それに対する人物の心の動き方だ。人を殺すこと、友人が死ぬこと、大金を手にすること、自分が加害者になること、自分が被害者になること。それぞれの場面で、登場人物たちはちゃんと悩み、苦しんでいる。罪悪感も喪失感も書かれている。けれど、その苦しみがリアルに迫ってくるというより、「苦しんだ」と書かれているように感じた。感情は説明され、出来事は興味深いが、読者としてその苦しみの中に入る感じは薄かった。
特にマキという女性人物にはかなり違和感があった。マキはキャバ嬢で、語尾に「だっちゃ」とつける。これはぶりっ子ではなく石巻の訛りだという。東北随一の大学出身で、社会心理学を専攻していた。東日本大震災で家族三人を失い、遺体は見つからないまま弔慰金を申請した。そのことに罪悪感を抱いている。さらに、同じような経験をした人のカウンセリングをしており、相手が癒されるなら肉体関係を持つこともある。それによって自分の存在価値を確認しているが、その経験が彼女を病ませ、左腕には無数の自傷痕がある。
この人物造形は、「男性が望む女性像」が盛られすぎているように感じた。
狙ったのではない純粋な方言としての「だっちゃ」。東北随一の大学出身という頭の良さ。しかし現職はキャバ嬢で、知性そのものの描写は薄い。無償でカウンセリングを行う聖母性。カウンセリング相手に身体を許す女神性。心を病み、自傷痕があるという脆弱性とつけ入りやすさ。休日にもかかわらず白の上下の下着。そしてラストで「助けなさいよ」と言いながら服を脱ぐ。
これらが重なると、人物としてのマキというより、男性主人公の救済や欲望のために配置された「傷ついた女」のパッケージに見えてしまう。傷、知性、方言、性、聖母性、脆さ、白い下着。意味が盛られすぎている。
ラストの「さっさと助けなさいよ」は良かった。ここを、弱者権力への転換として読むなら面白い。つまり、マキがただ救われるべき女なのではなく、「私は傷ついている。だからあなたは私を助ける義務がある」と他者を縛る側に回る瞬間として読めるなら、再生に向かうことの難しさを突きつける、恐怖を伴った良いラストだと思う。
主人公には金の力に抗えず沈んでいく段があるので、マキは「弱さ」や「傷ついた立場」が持つ権力に沈んでいく人物として描けたのではないか。主人公は金に溺れる。マキは人を救いたいと思いながら、弱者であること、救われるべき存在であること、相手に罪悪感を抱かせることの心地よさに溺れていく。そうであれば、金と傷という二種類の権力が対比され、物語としてかなり面白くなったのではと思う。
「助けなさいよ」は、その可能性を持っている。しかし、そこに至るまでのマキの描写が、男性に都合のよい傷ついた女性像に寄りすぎているため、主体性の爆発というより唐突な演出に見えてしまった。