岩瀬徳子のレビュー一覧
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私の読み方が悪かったのか、アリックスがエミラに執着(恋?)しはじめるのが、急に思えた
アリックスやケリーは、エミラをとても気に入っているし、黒人差別をしていると直接的には言い難い。
しかし、本当に些細な、微妙なところで認識や行動に引っかかりを感じる。最後の方、アリックスは、自分のキャリアのためにエミラを利用しているように感じられたし、そもそも無断で動画をばら撒き、それでいてエミラのためを思ってのことだとその行為を正当化している時点で独りよがりであるのは間違いない。
アリックスの過去のケリーに関する事実を曲げての正当化もそうだけど、自分の都合のいいように物事を解釈し、歪めていっている様がちょっと気持ち悪かった。
あとがきで、差別に関して意識が高い人でも、無意識の偏見や行動の現れを完全に無くすことは難しいといっていたが、その通りであるし、それを鮮明にユーモアを交えて描いてくれたこの作品が好きだなと思う。
最後のテレビの生放送のシーン、スカッとしたし、ケリーとよりを戻さなかったことも含め、エミラの聡明さ、最後の自立した彼女の姿を心地よく思える物語だった。
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黒人のベビーシッター、エミラが、休みの日のパーティの夜に急遽ベビーシッターの要請で子供を預かって近くのマーケットへ連れて行った際、「白人の子供を連れた、派手な身なりの黒人」として警備員にしつこく追及されるところから話は始まります。
その事件を中心に彼女の周囲の人間関係に変化が現れ、主人公の「もう私のことはほっといて!」という切なる願いも裏腹に、様々な事件が起きる話です。
簡単に言うと「善意の差別」と言えばわかりやすいでしょうか?
静かに暮らしたいだけのエミラに対し優しさを向けながらも、「かわいそうな黒人を私が助けてやってる」という型に当てはめた考え方で接する、当事者不在の「善行」が、たびたびエミラを辟易させることになります。
いっぱいいっぱいになったエミラはついに・・・
差別というのは、暴力を受けたり、搾取されたりするだけではない。
黒人大統領も当選する現代では見えにくくなってしまった、現代ならではの「黒人の生きづらさ」が描かれていて、大変興味深い本です。 -
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記憶が定かでないのだが、すべての小説は探偵小説であるという意味の言葉をどこかで読んだ覚えがある。すべてかどうかは知らないが、たしかに面白い小説に探偵小説的興趣があるのはまちがいない。ページターナーと称される作品には、読者の前に必ず何らかの謎が提出されている。馬の鼻先に吊るされた人参のように。それを手にしようとして読者は我知らずページを繰らされるのだ。
カリフォルニア州オークランドに住む若い女性ピップは、奨学ローンで苦しんでいた。母親はシングル・マザーでレジ係の職に就いているが、うつ気味でフェルトン郊外セコイアの森に建つキャビンに引きこもっている。ピップはときどき母の家を訪ねる。主人公の名前と境遇から、ある小説を思い出した。ピップなる人物が定期的に隠遁生活を送る女の家を訪ねる設定はディケンズのそれを踏襲している。ピップはどんな父親であれ、資金援助が得られれば有難いと考え、父について尋ねるのだが、ピップを愛することでは誰にも負けない母も、それについては頑なに口を閉ざすばかりだ。
アパート代にも事欠くピップは核軍縮勉強会で知り合った知人の家に居候していた。そこで会ったドイツ人女性に、あるプロジェクトのインターンシップを受けることを勧められる。プロジェクト・リーダーのアンドレアスは、つい先日逮捕されたばかりのジュリアン・アサンジやエドワード・スノーデンの同類で、インターネット上に情報を流して社会悪を暴く<リーカー>。女性はアンドレアスにピップが優れた資質を持つ女性だと売り込んでいた。
容易に他人を信じることができず、周囲にとげとげしい態度をとるために変人だと思われているピップは、自分にそんな価値があるとは信じられなかったが、アンドレアスからのメールで、父親捜しを手伝えると示唆され、その気になる。<サンライズ・プロジェクト>の本拠地は南米ボリビアの山間にあるシャングリ・ラを思わせる地上の楽園。そこには、世界中から様々な能力を持つハッカーが集まっていた。特に美しくもなければ、何の資格もないピップは明らかに場違いだったが、アンドレアスとの相性はよかった。
結果的にアンドレアスはピップに資金援助を約束する。ピップに与えられる恩恵は、どこからきているのか。また、父親は誰なのか、七章からなる長篇の第一章「オークランドのピュリティ」を読むだけで、わくわくしてくる。しかも、辛辣な皮肉や歯に衣着せぬ毒舌が飛び交う会話はアイロニーに充ち、どこかずれてるピップの行動は哀切なユーモアにあふれている。ページを繰る手は止まらない。
ところが、次章「悪趣味共和国」で視点人物をつとめるのはアンドレアスで、時代もベルリンの壁の崩壊前夜。舞台となるのは東ドイツ。若き日のアンドレアスがシュタージの監視の目を逃れ、小説の核となる事件を起こすに至った顛末が本人の心理を含め、詳細に描かれる。本作で、アンドレアスの役どころはディケンズ作品における囚人マグウィッチ。小説自体は現代アメリカの陽光溢れる西海岸を主な舞台にしていながら、物資が乏しく自由のない東独時代を対比的に配することで、ゴシック小説的な怪奇味を演出している。
それ以後も、ピップが勤めることになる<デンバー・インディペンデント>の主筆トムをはじめ、章がかわるたびに視点人物がころころ変わる。それらの人物はみなピップを軸にしてつながっている。ピップの数奇な人生をめぐる物語を角度を変え、時間をさかのぼり、多視点的に眺めることで、めぐり合わせの奇矯さが立体視できる仕組みである。綿密に仕組まれたプロットといい、深く掘りさげた人物造形といい、完成度は高い。
しかも、主たる話題は独立系報道機関による秘密情報の暴露という、極めて今日的なものである。オバマに落胆したアメリカ人の心理がそこかしこに顔を出し、ハリウッド映画や女優の名前が会話の中に出てくる、リアルタイムな世界を描いた小説が、最も力を入れているのが人間関係の愛おしさと厭わしさであるのが興味深い。男と女、男と男、女と女、夫と妻、父と娘、母と娘、母と息子、血のつながらない父と息子、と対になる関係を網羅して、その二律背反する愛と憎しみの深さをここまでえぐるかというほど突き詰めている。
情景描写も巧みである。セコイアの落葉の降り積もるカリフォルニア州フェルトン郊外の森の描写に始まり、ル・カレの小説を原作とするスパイ映画を思い出させる息詰まるような東ベルリンの闇、そして様々な色彩の鳥が飛び交うボリビアのエル・ボルカネスの南国的、官能的な自然描写。書かれた文字を読んでいるだけなのに、色やら匂いやらが五感を襲う。
登場人物のほとんどが人並み外れた知性と教養の持ち主なので、会話にはシェイクスピアの引用が挿まれ、時には激しい心理分析の応酬となり、思弁的な洞察が混じる。深く愛し合いながらも、一緒に暮らすと傷つけ合わずにいられないトムとアナベルを描いた場面など、既婚者なら他人事とは思えない。昔を思い出し身につまされた。脇役ながらピップの家の家主で統合失調症を病むドレイファスの感情を一切排したもの言いの底にある切情、或いは車椅子生活を送る小説家が韜晦気味に漏らす不埒なユーモア等々、なかなか読ませてくれる。
そうきたか、と思わず膝を打つことになる奇手、突拍子もないようでいてそれしかないと思わせる解決策、とミステリやサスペンスの向こうを張ったハラハラドキドキ感も半端ではない。それでいて「潔白」を意味するピップの本名「ピュリティ」の字義通り、この世の中がいくら汚濁に満ちているとしても、人間はまだまだ捨てた物ではないという気にさせてくれる。外国文学好きを自称しながら、こんな作家を知らずにいたとは。また一人好きな作家を見つけることができてうれしくなった。 -
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ネタバレ不定期ベビーシッターとして働く黒人女性が主人公の小説。
西加奈子が「雲を探す」で触れてたので読んだ
とあるスーパーで人種差別を受けたのをきっかけに出会った白人の彼氏と、その事件について不憫に思い加害者を非難して晒し上げたい雇い主、その事件について特に声を上げず、ただ定職を目指す主人公が最終的に何を求めたのか、どうなっていくのか〜を書いた作品!
いままで生きてきた中で露骨な人種差別を受けたことがなかったので、なんというか、別次元の目線で、当事者目線で考えさせられる本だったな〜
黒人好きな白人彼氏、人種差別はしてないけども「黒人」を特別視し自分の世間体を守りたい&良くしたいであろう雇い主。自分が主人公だったら、彼らに対してどう思ってどういう行動をするのかな〜とおもう。。
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ネタバレ2026年の26冊目は、エリン・E・アダムスの「贄の森」です。
舞台は、ペンシルベニア州のジョンズタウンです。架空の町と思ったら、どうやら実在するようです。洪水により大打撃を受けたという所もそのままです。
富める者(白人)は高台に貧しき者(黒人)は低地に住んでいるという構図は、いかにもステレオタイプ的だとも思いますが、それが紛れもない現実なのでしょう。
主人公のリズは、黒人で有りながら母親が医師の為、高台に住み、白人が通う学校に通いました。メルという白人の大親友もいます。白人社会の中の異質な存在と言えるリズのアイデンティティと精神の不安定さが、物語の肝と言えます。
リズは、親友メルの結婚式に参列する為、故郷のジョンズタウンに帰省します。森で行われた結婚式の途中で、メルの一人娘キャロラインが行方不明となります。
タイトルに有るように森と森に存在する邪悪なものが、物語の重要なファクターです。
ジョンズタウンでは、以前から6月に黒人の少女が行方不明となり、何人かの少女は遺体で発見されるという事件が続いていました。キャロラインの行方不明も一連の事件に関係しているのかどうなのか?関係しない訳は有りませんが。キャロラインを最後に見たリズは、キャロラインの搜索と事件の真相を追及して行きます。
森に存在する邪悪なものは、好みが分かれるかもしれません。キング程のホラーさは感じないとだけ言っておきましょう。一連の行方不明事件の真相、ミステリー要素の部分は、伏線含めて、良く出来ていると思います。
☆4.5 -
Posted by ブクログ
アメリカの出版業界が舞台。前提知識が無かったが、描写が細かかったので、イメージしやすかった。最初主人公の黒人女性(ネラ)は思想が強い人という印象を受けたので、なかなか感情移入できなかった。むしろ新しい黒人の同僚(ヘイゼル)の方が上手く立ち回っていて、なかなか良いキャラだと思った。
ただ、白人と黒人のあからさまな対立構造が無かったので、その分人種の壁の深さを感じた。なんだろうな。同僚の白人たちはちゃんと仕事仲間として接しているようにも思える。むしろ、ネラは気張り過ぎだ。だが、彼女に意見を聞いてる風でそこまで聞いてなかったり、いざ踏み込んだ意見を述べれば、差別主義的と言いたいのかと、作家と拗れたりと、生きにくそうな場面があった。それに直面してばかりでは、しんどいだろうとは思った。そういう生きづらさもあるんだと感じた。難しいなあ。 -
Posted by ブクログ
舞台はアメリカのフィラデルフィア。
ニューヨークから引っ越して来たばかりの裕福な共働き夫婦と3歳と0歳の娘。
母親は執筆活動のために黒人の26歳ベビーシッターを雇う。
父親の職場でのいざこざから自宅に警察が来ることに…
長女を自宅から避難させたい夫婦は、深夜にも関わらずベビーシッターに連絡し、近くのスーパーマーケットまで行って来て欲しいと頼む。
そこで、彼女は警備員に誘拐を疑われ、その事がこの夫婦とベビーシッター、更にはその時に出会う白人の男性(後にベビーシッターの恋人になるひと)との関係を複雑なものにして行く…
まず、私は翻訳の本を読むのは少し苦手だ。
翻訳家さんにもよるのだろうと思うけど。
それと、人種差別を考える時、どうしても自分には知識が無さすぎる…
勉強不足なだけなのだけど。
なので、人種差別のもっと深いところを知っていれば、もっと理解できたようにも思う。
でも、、、難しいのかな。
例えば、白人の恋人が黒人の彼女を連れて夜中に入ったバーの描写。
「白人の男性が何人かカウンターで飲んでいて、壁にはジョンウェインとカウボーイの写真が飾られている。」
この場所に来た事を、後で彼女は「2度とあそこには連れて行かないで」と激怒する。
初めのお店の描写の時に、私は彼女が嫌がるだろうなと想像できなかった。
そのため、また戻って読み返すことになった。
それに、度々出てくるベビーシッターであるエミラと友達たちが集まるお店やバー、それから頼む食べ物。
きっと黒人の好きなテイストで、それが好きな人たちが集まる場所として描写されていると思うのだけど、自分にはイマイチ「ピン」と来てない。
これもまた後から読み戻って、なるほどそうなのかなと思う。。
エミラが友達とシッター宅へ行った時、友達が放った言葉。
「この家プランテーションの雰囲気があるね」
きっとこの言葉も、差別的な何かを感じ取った友達の言葉なのだろう。
そんな細かな「もっと理解できたら」な点があっても、この本の内容は刺さるものがある。
この本には、潜在的な差別、それは人種だけでなく貧富の差や、都会と田舎の差だったり、親の子供達への愛情の偏り、そういった差別が描かれていて、
かつ親からの自立や、自分の将来への展望、労働環境、、、様々な問題が描かれている。
それにしても、、
雇い主であるミセス・チェンバレンも、エミラの白人の恋人も、無意識にいつも上から目線だ。
私達はあなたの味方よ、家族と思っているのよ、君のためを思って言ってるんだよ、そんな感じが満載。
白人が黒人を救ったり敬ったりする事に対して、もちろんそれはとても良い事だけど、この人たちの場合、それを自分の為の道具としている感じにも受ける。
あぁ。なんて難しい問題。
だけど、その問題をダイレクトに書いたこの作品だから、様々な賞を受賞したのだと思う。
日本は日本で島国であるが故の差別や偏見がある。
自分の中にもあるだろう潜在的偏見や差別を考えざるおえない内容だった。 -
Posted by ブクログ
物語の序盤にフィラデルフィアのスーパーマーケットの近くを白人の子供ブライヤーと歩く黒人のベビーシッターのエミラ・タッカーに、警備員が誘拐を疑い声をかけるエピソードが描かれ、人種、特権階級、ジェンダーに対するマイクロアグレッション、無意識の偏見(unconscious bias)を体験させられる。雇い主である白人のアリックス・チェンバレンのように善意の持ち主だと信じる教養ある白人が最も多く行っている「自分でも気づいていない日常の家庭内偏見」(everyday domestic biases that we don’t even know we have.)が物語の各所に描かれる。