久保田晃弘のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
多摩美 久保田先生、ICC畠中さんによる、メディア・アートの成り立ちに関する対談を収めた本。「原論」とあるとおり、ただ論ずるのではなく、その源流ともなるビデオアートやコンピュータ・アートからポスト・インターネットに至るまで、そして、これから先のニュー・メディア・アートについて、過去・現在・未来の3段階で語られている。
キーとなる作品へのポインタが多く、リファレンスとしても参考になる。巻末にはメディア・アート年表も掲載される。
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新しいメディアがその効力を発揮したときに起こるのは、それ以前と以後が変わってしまうということ
「自分がつくっている作品が美学美術史の本に入るとすれば、どういう章に書いてほしいですか」
情報と物質のハイブリッドであるバイオメディア
デジタル・ファブリケーション技術も、その核心は「ソフトウェアでものをつくる」ということであって、決して(旧来の意味での)モノづくりの復権や手技の復権ではありません。
テクノロジーを使うと制作手段は確かにアップデートされるのですが、芸術観は全然揺らいでないものもまだあります。そうではなく、テクノロジーを使うとそれ以前と以後で芸術観が変わってしまうというようなことを含んでいるものを、テクノロジー・アートだとか。メディア・アートというふうに見なしていこうと思ってます。
個人の自己主張やポジショニングのための創作ではなく、探求のため、そしてはるかなる辺境の地を目指すための創作のあり方が見えてくる
(ライブ・コーディングは)コンピュータを操作している感じを醸し出しているだけの、疑似ライブ・パフォーマンスに対する批評のひとつとして生まれた。
サイバネティック・セレンディピティ
ベンジャミン・H・ブラットン『The Stack』(MIT Press,2016) -
Posted by ブクログ
読むのにすごく時間がかかるのは、訳が悪いせいということにしたいところなんだけれど、ひょっとすると、デザインに携わっている人たちの考え方自体をあまり理解していないせいなのかもしれない。慎重に読んでいくと、この本が、とっても重要なことを言っていることがわかってくる。
本の流れとして、自分たちが今デザイン界の中で気になっていることに名前を付けてみよう。それらを並べてみよう。並べたところから何か共通のメッセージを取り出せるのだろうか?取り出せた。って感じ。
デザインは、商業主義の共犯者という面をどうしても持ってしまう。純粋に理性的な、精神的な、純粋左翼的なアプローチで白いピュアな物体を作り出すんだけど、あれ、この考え方だけでよかったんでしたっけ?
そして、思索は農業、贈与経済に向けて動き出す。商業主義は化石経済とセットになっていて、これらを純粋理性として肯定しているだけでいいんでしたっけ?ってのがスペキュラティブデザインっていうような読み方を私はしました。刺激を受けました。
そして、スプツニ子!はやっぱり事件だったんだね、世界的にということがよくわかりました。
日本のシーンだったらチームラボとかのほうがポピュラーなんだけど、それは、たぶん、そこらへんを論評する遊びが発達してないからかもね。いのこさんのマッチポンプに頼るしかないっていうお寒い現状。アーティストがしゃべらなければならないってのが不幸なんだろうね。むむ、そうすると、そういうメディアを作ればよい!のか!