アイドゥン・ブユクタシのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
二次元界(フラットランド)に住む四角形が主人公の物語。
ある日、主人公の四角形氏はほかの次元に行って帰ってくる。数学者である彼は次元の違いを理解する。お話としてはそれだけだが、二次元の世界の歴史や文化、そこに住む図形たちの生活を四角形氏が丁寧に説明してくれ、異世界を描くファンタジー作品として読みごたえがある。
ほかのファンタジーと一線を画すのが、この世界の「認識」の仕方について多くを割いているところだろう。二次元界の住人は四角形も三角形も円もそのまま見ることはできない。見えるのは線と点である。何角形かで身分の決まるフラットランドで、図形の彼らがどう図形を認識するのかということが説明される。こ -
Posted by ブクログ
"こんな国では、いわゆる「立体」が存在しないことには、すぐに気づくだろう。(中略)三角形や四角形やその他の図形を見分けることぐらいできるはず。そう思うだろう?ところが違うんだ。そんなもの見えるどころか、ひとつの形と別の形を区別することすらできない。見えるのは直線だけ。"
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(以下、長くメンドくさいですが、要するに超オススメです)
1次元、線。
2次元、平面。
3次元、立体。
4次元、、、、
我々は何次元に生きているのか?というのは中々に面白い問題です。宇宙兄弟にもでてきた野口宇宙飛行士の「3次元アリ」の話とも遠からず。メタに考えることの難しさと面白 -
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Posted by ブクログ
主人公は二次元世界に生きているため、三次元の存在を知らないし、立体を見ることはできない。その主人公が「三次元の福音」を受けるべき存在として選ばれ、三次元世界を経験する。
三次元世界で見る平面は、二次元世界の存在から見ると「内部」なんだなぁ、と。二次元世界から見る線も、一次元世界の存在から見ると内部なのも理解できた。
ということは、四次元世界の存在には私たちの内部が見えちゃうということ、なんだろう。
二次元の世界にない「上」という方向。三次元の私の世界にないどこかの方向のどこかの空間を知る四次元の存在に想いを馳せた。
ところで特別収録の「アイドゥン・ブユクタシによる三次元の外へ誘う写真シリーズ -
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Posted by ブクログ
フラットランドの二次元人が一次元のラインランドを思考し、三次元のスペースランドを垣間見たお話。
二次元世界なんて想像したこともなかったが、そこで見られる世界の様子は確かに納得感がある。
一次元は更に難解ではあった。
二次元人がひょんなことから三次元世界に踏み込んだ途端、自分の世界の真理を悟り更に奥に潜む世界に想像を巡らす。
三次元人間の自分は四次元世界を想像することは出来ないが、理解することは出来る。
別の本だが三次元人間の消化器官は口から1本でつながっているが、二次元人間でその構造は身体を二つに分断してしまうため機能しないことを思い出した。 -
Posted by ブクログ
19世紀末の英国で書かれた奇想小説。2次元の平面世界であるフラットランドの数学者である主人公の正方形が前半はフラットランドのその奇妙な世界を解説、後半は3次元世界からやってきた球と遭遇するという話。次元の解説は判りやすく、フラットランドの描写も興味深い。ただ風刺小説としての傾向が強く、フラットランドの世界は持つ辺の数による厳格な階級社会であり、中でも女性は辺を一つしか持たない最下級の存在である直線とされ差別されているという、スィフトを思わせるディストピアとして描かれている。作中、女性はかなり酷い扱いだが翻訳は原作の差別的表現を削除した改訂版とのことなので、オリジナルがどれほどのものなのか気にな
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Posted by ブクログ
『科学道100冊』の1冊。
原著の発刊は古く、1884年、ヴィクトリア朝時代である。
ちょっと変わったお話で、主人公は二次元世界に住む正方形である。
「えっと、二次元世界ってなんだ?」というところから話を始めなければならないが、タイトルにもなっている通り、フラットランド、つまり、すべてのものが平面上に存在するのが二次元世界。縦と横の世界である。
我々が普段暮らしているのはこれに高さが加わった三次元の世界、スペースランド(空間世界)である。
一方、次元を下げていくと一次元の世界となり、つまりは線の世界、ラインランド。さらに次元を下げてゼロ次元の世界となると、点だけの世界、ポイントランドとなる。 -