三嶋輝夫のレビュー一覧

  • ゴルギアス

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    ソクラテスを含めて登場人物が言う皮肉がすごいなと思ったが、解説を読んでみると自分の読解力不足が恥ずかしくなった。
    この本の内容を実生活で活かせるか?と聞かれると難しい気もするが、なんとなくソクラテスの本が読みたいと思っていた自分がもっとソクラテスの本が読みたいと思うくらいには良い本だった。

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    2026年07月20日
  • ゴルギアス

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     古典は様々に訳される。たとえ同じ作品の翻訳だとしても、全く違った印象を抱くということさえあるのではないだろうか。プラトンのゴルギアスはまさにそのような著作の一つである。最初に読んだ藤沢令夫訳では、完膚(かんぷ)なきまでに論破されしどろもどろになるポロスとカリクレスの姿が、次に読んだ加来彰俊訳では、実にアイロニカルに問い詰めるちょっと嫌味な感じのするソクラテスの姿が印象に残る。そして今回の三嶋輝夫訳では、それぞれの登場人物が対等な立場から一つひとつの言葉の内実を確かめていく様子が印象に残った。
     自堕落という言葉がある。従来、「放埒」と訳されてきたアコラシアを新版アリストテレス全集のニコマコス倫理学で神崎繁訳は「自堕落」と訳したのである。アンソニー・ケニーの英訳ではself-indulgentと訳されており、自堕落という訳語は読者の心にぐさっと刺さるものであり、翻訳の妙と言えよう。アリストテレスのニコマコス倫理学においてアコラシアは節制の徳と対置され、アコラストスな人は倫理的な考察の対象外とされている。アコラシアの言葉の意味そのものは、コラコス(しつけ、懲らしめ)に否定辞のアがついたもので、「不躾」や失礼な人をも想起させ、やりたい放題な人のことを指している。その内実は理性的な反省や葛藤なしに欲望に従う人のことであり、時に獣的な非理性的存在者としてさえ扱われている。自堕落も放埒も、私たちの欲望との向き合い方を内と外から考えさせる訳語であると言えよう。
     なぜ自堕落に言及したかといえば、ゴルギアスに登場するカリクレスがその典型に思われるからである。アリストテレスが考察の対象から外して放っておくべきとさえ見做している節のある種類の人々と粘り強く関わろうとするソクラテスの、あるいはそれを描き出すプラトンの強い意志をそこに感じるのである。そのことに気づいたときは、一見すべての人へと開かれた人間主義でありながら理性的動物の一線を引いて倫理的考察の対象外とするアリストテレスに比して、どこまでも理想を追い求めるプラトンの姿に気づき、感動を禁じ得なかった。
     ゴルギアス篇は問いかけの多い対話篇である。カリクレスをして「人々が思っていながら口に出さないことをよくぞ言ってくれた」とソクラテスに言わしめたその言葉は、あるいは私たちが抱いているものかもしれない。不正に僭主となったアルケラオスを幸福だと見なすポロスのことを果たして読者である私たちは一笑に付すことができるのだろうか。いくつかの翻訳を読み比べて立ち上がる語り手たちの姿の、どこに私たち自身を見出すのか、容易にソクラテスに同調して安住させてはくれないところにプラトンの創造性が表れているのではないだろうか。
     三嶋輝夫訳は、それまでの翻訳の成果を参照しながらも堅実な文体で中立的に訳そうとしていることが印象的である。細部に亘って対話篇を味わわせてくれる訳文はそれぞれの登場人物のアンビバレントな議論の道行きを伺わせてくれるものである。ゴルギアスを精読しようと思う読者はぜひとも手に入れておきたい一冊である。

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    2025年12月08日
  • リュシス 恋がたき

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    友愛について探る“リュシス”と、哲学と知について探る“恋がたき”の2つの対話篇が収録されています。
    ソクラテスと若者が対話を通して真理を求める内容です。
    短編ですが、きちんと理解して読み進める必要があります。
    読み応えもあり、楽しみながらプラトンに触れられる一冊。

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    2018年04月04日
  • 古代ギリシア哲学講義 ――生きるヒントを求めて

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    ネタバレ

    哲学はあまり馴染みがないというか、性に合わないと思って避けて来たが、プラトンとかソクラテスとか名前だけ知っててもなぁと言うことで、とっつきやすそうだし読んでみた。
    古代ギリシアだとキリスト教の影響がないからとっつきやすいのもあるかもしれない。

    結局人間って古今東西変わらんのだなぁ、というのが一番の感想である。
    弁論術に至っては、昔からいたんだな「はい論破」タイプ、という感想である。わかるよ、ウザいよね。論破になってないんだもんな。大体自己満足。
    きっとソクラテスの周りにもそういうタイプが量産されていたんだろう。知らんけど。

    デルフォイの神殿の柱に「汝自身を知れ」と書いてあったのは聞いた記憶があるけど、「度を過ごすことなかれ」とも書かれていたとは知らなかった。度を過ごさないのは大事だと思う。特に権力を握っている人間は、最初は良くても慣れて行くうちに度を過ごすようになるので。というのも、古代ギリシアから変わらないことであったらしい。

    最後に、一番響いたところを引用する。
    【第20講 国のかたち、人のかたち】
    民衆の指導者となった者が、何でもよく言うことを聞く群衆をしっかりと掌握したうえで、同胞の血を流すことを差し控えることなく、よくやる手口で不正な罪を着せては法廷に引き出して殺し、こうしてひとりの人間の生命を消し去り、その汚れた口と舌で同族の血を味わい、さらに人を追放したり死刑にしたりしながら、負債の切り捨てや土地の再分配のことをほのめかすとするならば、このような人間は、その次には、敵対者たちによって殺されるか、それとも僭主となって人間から狼に変身するか、このどちらかの途を選ばなければならない運命にあるのではないだろうか?

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    2026年06月24日
  • リュシス 恋がたき

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    プラトン著作の中から『リュシス』と『恋がたき』の2編を所収。(但し『恋がたき』は偽書の可能性があるとのこと)
    『リュシス』は「友」とはどういう人か、さらに「愛する」とはどういうことかを問うた対話篇で、『恋がたき』は「哲学」とは何か、さらにどんな「知」を愛することなのかを問うた対話篇である。
    根本としてどちらも「愛すること」「愛するとは」をテーマとした対話篇であるが、非常に短い短編となっていて、プラトンの対話篇に親しむにはとっつきやすい作品であるといえる。
    それぞれの対話の構造的解釈は本書の「解説」に詳しい。

    『リュシス』では美少年2人を相手に(しかも、ソクラテスの知人が対話の一方である美少年リュシスに恋をしている!)、『恋がたき』では哲学オタクの文系少年と体育会系少年を相手に、例によってソクラテスは議論をふっかけているのであるが、議論のテーマや対話相手(美少年!)にも関わらず、期待に反して(?)艶やかな場面は一切ない。(笑)
    むしろ、ソクラテスのいつもの議論主導にもかかわらず、『リュシス』では「友とは、友のために、敵のゆえに友の友である」とか「本当の友とは、何かある友のために友であるのではないことになる」とかのようにややこしい議論に発展していき(笑)、結局は似た者同士もお互いに足りないところを補う者同士も友ではないという結論になってしまい、「友」とは何かわからなかった・・・という結末を迎えることになってしまって、読んでいるこちらも頭がくらくらと混乱したままの放置プレイ状態であった。
    大体、病人が医者が友で愛するというのと、父が息子を愛するというのと、同一比較できる対象でないし・・・。逐次、話の論点がすり替わっていくので、議論経過でも頭がくらくらとした・・・。(笑)
    また、『恋がたき』では、哲学が好き!と言っていた文系少年は実は一通りの知識があり専門知識に精通していなくても世の名声は得られるよね!との考えの持ち主であることが判明、哲学魂に火が点いたソクラテスの「哲学ってえのはなあ」という質問攻撃でぼこぼこにして自称・哲学オタクの文系少年を恥じ入らせるという話で、最後はスカっ!とくるものの、いつもの我田引水的な議論の誘導にまたもや頭がくらくらしてしまった。(笑)
    反対に、善い人間と悪い人間の区別がつかないような人間は自分自身も知らないということ、つまり節度がない人間であり正義を全うできない人間で、その「知」を得るのが哲学するということで知識を得るのに2等賞に甘んじてはダメ!というくだりは、自分自身にも身につまされる思いがして、哲学オタク少年とともに恥じ入りそうになってしまった・・・。
    両篇ともに議論の結末としては中途半端さがあるものの、議論だけをみるならテーマがテーマなだけに割と真面目な議論だったのではなないかな。

    いつもの通り議論の展開の仕方に疑問点は相当湧くものの(笑)、プラトンの思想のとっかかりとプラトンそのものに親しむには格好の短さで、そうした議論のわかりにくさの故か「解説」の方は充実しているので、これからプラトンを手にとりたい方にもぴったりの一書かもしれない。
    但し、すぐに結論に飛びつきやすい人、求めやすい人には・・・!?(笑)

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    2018年01月21日
  • リュシス 恋がたき

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    ネタバレ

    久々にプラトンを読んだ。相変わらずソクラテスの対話はしつこく深く考える方向に持っていく感じ。もう少し勉強しないと分からないな~。

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    2026年09月12日
  • アルキビアデス クレイトポン

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    ネタバレ

    『アルキビアデス』はアルキビアデスとソクラテスの対話。ソクラテスの話はやはり分かりにくい部分もあるが徐々に理解していけば面白い。アルキビアデスのその後とかを考えながら読めば色々考えさせられる。ソクラテスが裁判にかけられ死に至る一因になったアルキビアデスとの対話を書いている時にプラトンは何を思っていたのかな~。とか考えてしまう。『クレイトポン』はクレイトポンのソクラテス批判のみでソクラテスの反論や対話はなし。プラトンの意図はどうだったのか興味がつきないな~。

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    2026年09月12日
  • リュシス 恋がたき

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    ネタバレ

    「リュシス」と「恋がたき」の短編二つを収録してある。「リュシス」は「どのような人が友達となるのか」を主題に友愛について議論していく話で、最後にはお決まりのアポリアに陥ってしまう。「恋がたき」は「哲学とは何か」ということを少年を論駁しながら探求していく話。どちらも恋する美少年たちの中にソクラテスが割って入っていって話をするようになっているが、美少年好きのソクラテスにしてはでれでれせず冷静なように感じる(笑)。
    なんでそうなるんだ??と思わされるところもけっこうあるが、短いので読みやすいには読みやすい。

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    2025年01月28日
  • アルキビアデス クレイトポン

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    ネタバレ

    「アルキビアデス」は、うぬぼれ屋のアルキビアデスの「国家の支配者になりたい」という野望のためにという触れ込みでソクラテスの話が始まる。その野望が実際どういうことなのか、何を目指すのかについてのアルキビアデスの無知を対話によって明らかにし、「魂の配慮」へと意識を向けさせるという流れだ。「クレイトポン」はとても短く、ソクラテスは徳を育てることの重要性について目覚めさせる事はできるが、実際に徳をどのように養えばいいのか教えてくれない、というクレイトポンの非難のみで終わってしまう。
    「アルキビアデス」「クレイトポン」は、プラトンの真作かどうかは議論があるらしい。学術的には大議論で結論はついてない(というか、つけられない?)そうだけど、読んでみると確かにソクラテスの性格とか話の運び方に何となく違和感を感じないこともないし、完成度はあまり高くない。なんか深みがないというか…他の著作に比べて完成度が高くないからと言って偽作扱いするのは良くないと解説にはあったが、完成度の落差って無視できないように思う。内容というより、偽作疑惑ばかりが気になってしまう2篇だった。

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    2025年01月15日
  • アルキビアデス クレイトポン

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    昔、所属していたモデル事務所にとてもお世話になった1つ年上の先輩がいた。その頃のモデルはほとんどがお金持ちの子女が暇潰しにやっているような感じで、またそういう人間特有のガッつかないギラギラしてない雰囲気がないと売れない、という業界の不文律のようなものもあったように思う。でもその先輩は逆に仕事にもお金にも苦労して売れたタイプで、そのせいか後輩にもとてもやさしかった。先輩の恋人の彼女にもたくさんお世話になった。今もとても感謝している。

    ある時、そんな先輩にお店を持ちたいと相談されたことがあった。しかしファッションモデルという仕事は、仕事のある日が不規則なうえ拘束時間も長いので、副業やアルバイト的なものは到底出来ない。もちろん実家からの援助も無いし、業界の人間やその繋がりから助けてもらったりするのも嫌だと。そしてその夢のために男に身体を売る仕事をしようかと思っているんだけど、どう思う?と相談された。話を聞いた限りでは売り専のようなものではなく、店舗に所属はするものの今で言うパパ活みたいな感じだった。その後聞いたところによると、お客さんは一部上場企業の役員クラスなどのかなりの富裕層で、必ずしも性行為をするわけでもなく、ホテルのハウスレストランで食事をしておこずかいを貰うだけ…のような事もよくあったらしい。世の中いろんな人がいていろんなシノギがあるんだなと思った。でもそもそもモデルの世界というのは汚いおじさんにも妖怪じみたおばさんにも抱かれろと言われればそこに選択肢などはなく、むしろ夢を叶える事と望まない性行為を天秤に掛けられる人間などは足を踏み入れない世界だった。枕営業?なにそれマジで言ってんの?あの頃のモデルは昨今のゴシップを読むたびに一人残らず全員そう思っているだろう。これは主体の話だ。そういう意味では、心と身体は別のものとして認識されていた時代のこの本を読んで先輩の話を思い出したのはただの偶然ではないのかもしれない…と、もっともらしく前置きが長くなってしまったけど、この本のソクラテスがその先輩から聞かされていたデートクラブの客のおじさんそっくりなのでとにかく気持ち悪かったんです。しつこく完全否定した後に宥めすかす、自分が否定しているものを相手が認めている事実を受け入れない、知っている知らないでマウントを取ってくる、そのくせ挙句には君の事が好きなのは自分だけだと言い始める…若い男に執着しているおじさんは今も昔もこうなのか、そう思うとどんなに興味深い内容もおじさんの口説き文句にしか聞こえなかった。
    哲学書読んでこんなことある??
    ただ一つだけ印象的だったのが、過ちを犯さない人は自分が知らないことは自分では行わず専門的な知識のある誰か他人に任せる、過ちを犯す人間はそもそも自分が知らないという事にすら無自覚で、そして知らないことを知っていると思い込んでいるが故に過ちを犯す、というソクラテスの言葉。なるほどなと刺さった、確かにSNSなどで声高に権利と正義を叫んで暴れているアレの類いはたいていそうだなと。こちらもいつの時代も変わらないのだなと思った。

    ちなみに先輩はおじさま達の相手をしながらかなりの資金を貯めて、とても立派なお店をオープンさせました。アルキビアデスはスパルタの王妃を寝取って暗殺されました。僕がこの本を知ったきっかけである、この文献をテーマにした主体の解釈学という講義をコレージュ・ド・フランスで行ったミシェル・フーコーは1984年にHIVで亡くなりました。
    Survive。

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    2022年01月05日
  • リュシス 恋がたき

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    自分が哲学に詳しくないせいか、結論を見てもピンと来ませんでした。
    友愛とは何か、哲学とは何かを前提知識を使わず検証していくのは面白かったです。

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    2021年05月16日
  • リュシス 恋がたき

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    「○○とはなにか?」と問いがたてられ、いろいろ議論したあげく、「○○ということについて、わたしたちは知らない」ということが確認される、ソクラテス対話シリーズかな?

    こうした「知らない」対話篇は、初期プラトンの特徴なんだけど、解説によると、中期に近い性質もあるとのこと。

    たしかに、議論の展開が複雑というか、精緻で、いろいろな角度から問題にアプローチして、それぞれが論理的に間違っていることが証明されていく。

    その手際は、なぜかデリダの脱構築を思い起こさせる。

    プラトンのなかでは、比較的マイナーな作品とのことだが、議論されているのが「愛」とか、「知」で、知を愛するという意味の「フィロソフィー」であることを考えれば、かなり重要な作品でもあるのかな?

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    2019年11月06日