横田徹のレビュー一覧

  • 戦場で笑う 砲声響くウクライナで兵士は寿司をほおばり、老婆たちは談笑する

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    「戦争」、いつも思うこと。命じる側、戦争で儲かる側は絶対、戦地には行かない。行かされるのは・・・。
    そして、いつも思うこと。こういった体制を壊していくためには、庶民の一人一人が賢くなって、そういったカラクリを見抜き、選挙といった形で平和の思いを反映させていくと。これに尽きる。。

    〈本から〉
    「遺体を一体一体掘り起こして、死亡理由を調べる必要があります。虐待や拷問を受けたと思われる遺体もすでに発見されています」
    戦争犯罪調査官は語った。これまでに445人の遺体が確認された。手首を結束バンドで縛られた遺体や、子どもの遺体までもが見つかった。ロシア軍が侵攻しなければ今も生きていた人たちだ。恐怖、悲しみ、怒りという感情を封じ込めて撮影に専念する。私がやるべきことは、ここで起きた悲劇を記録することだ。カメラだけが私の正気を保たせ、力を与えてくれる。

    略奪、強姦、殺人、軍の腐敗など第二次世界大戦中からロシア軍は変わっていない。

    その日の夜、私はホテルのベッドに横たわり放心状態になっていた。肌に染み込んだ死臭は気にならないが、墓地の光景が次々と頭に浮かびまったく眠れない。手首を縛られて殺された若い女性、老女の姿は心の奥底に留まり、帰国後もしばらく私を苦しめることになるとは、この時は思いもよらなかった。

    「敵とはいえ、彼らにも親や友達がいて、様々な人生を送っていています。たった1発の銃弾がその命を奪ってしまう。むろん敵も同様で、それを承知でこちらを攻撃しています。戦場で敵を殺すことについて、モラルを考えては駄目です」

    “戦時下のウクライナで生きるには「笑い」がなければ精神がもたないよ“

    タブレットを見ながら無言で操作し、爆撃が命中しても感情を表さない二人。破壊される光景を見ながら、ついさっき私の目の前で装填された爆弾が一瞬で人間の命を奪ったのだと考える。日本でも農薬散布などで使われるドローンとタブレットという身近なツールで、建物を簡単に破壊してしてしまうことに戦慄を覚えた。これが現代の戦争なのだ。

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    2026年09月26日
  • 戦場で笑う 砲声響くウクライナで兵士は寿司をほおばり、老婆たちは談笑する

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    2025年に、とても印象に残った本。ウクライナの戦場のリアルと、日本人が海岸の戦争にどう向き合うか、示唆に富む本。描かれているひとりひとりがキャラが濃い(筆者も飛び切り)

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    2025年12月27日
  • 戦場で笑う 砲声響くウクライナで兵士は寿司をほおばり、老婆たちは談笑する

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    戦場カメラマンである横田徹さんの、迫真のウクライナ戦争ルポ。
    胸が潰れる思いだった。
    自分は戦争のことなど何も知らないのだと実感した。


    タイトルの「戦場で笑う」には、2つの意味があると思う。

    1つ目は、戦場で兵士の精神を保つためには笑いが必要だということ。
    彼らはまるでピクニックにでも行くかのように、ノリのいいBGMをかけ、ジョークを言い合いながら戦場に向かう。
    そして「今日もロシア兵を殺しに行くぞ!」と楽しそうにはしゃぐ。

    遠い国の人々は彼らを、不謹慎だ、残酷だと非難するかもしれない。
    しかしその資格はあるだろうのか?
    少なくとも、なぜ笑っているのかを理解しようとしたことはあるのか?
    そう考えると何も言えなくなってしまう。

    そして2つ目の意味は、戦場にも日常があるということ。

    戦争をしている国でも人々は生きている。日常を送っている。
    当たり前だけど見落としがちな事だ。

    笑ったり、恋をしたり、がめつく稼いだり。
    残酷な現実を受け止めて、それでもたくましく生きている。
    その姿には、言葉にできない感動がある。


    また巻末の小泉氏(軍事の専門家)との対談は、学ぶことが多い。

    ・日本人にとって戦争とは、太平洋戦争末期のイメージが強すぎる。しかし現代の戦争はかなり違う。
     ・SNSの使い方、ドローンの使い方など
    ・戦争の姿や悲惨さを正しく捉える必要がある。そうしなければ、頭の中の想像の怪物と闘うことになってしまう。
    ・戦争を正しく知らなければ、正しい安全保障の議論すら出来ないではないか。

    その通りで重要な指摘だと思う。

    世界の不安定さは増し、今後どうなるのかは誰にも分からない。
    日本にとっても戦争は他人事ではない。開戦の可能性も十分にある。

    だからこそ、一つの戦争の現実を捉えた本書の価値は非常に高い。

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    2025年12月24日
  • 戦場で笑う 砲声響くウクライナで兵士は寿司をほおばり、老婆たちは談笑する

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    朝日新聞でたまたまインタビュー記事を目にして読んだのだが、本当に読んで良かった。
    めちゃくちゃ人に推したい本。
    なんでこの本が話題になっていないの?
    みんなに読んでほしい、いや読むべき本だと感じた。

    今も戦争が続くウクライナに合計7回渡航し、取材した内容をまとめた本。
    兵士へのインタビューや実際に戦闘地まで同行した内容など、めちゃくちゃミクロな視点でこの戦争について知ることができた。
    文字通り命懸けの取材ばかりで、そんな危険な現場に飛び込んでいくのが凄いと思う。
    現地での様子がすごく伝わってくる文章で、兵士たちとのやり取りが時には面白く時には緊張感たっぷりに書かれている。
    ノンフィクションはあまり得意ではないが、この本にはすごく引き込まれた。

    一冊を通して、日常の中に戦争があるということが一番心に残った。
    若者が出会い結婚したり、大学のオンライン授業を受けたり、親子の暮らしがあったり、そういう日常に戦争が混ざり合っているというか。
    当たり前のことなのだが、自分はその意味を分かっていなかったな、と。
    平和な場所では、戦争の話をするときは深刻に、悲しい顔で、辛い声でするものだが、それは戦争の話をやめたらまた笑える日常が待っているから。
    日常の中に戦争があるウクライナでは、そこに同時に笑いも存在するのが必然なのだということ。
    時には正気を保つために、戦場に向かう気持ちを高めるために、笑っているのだということ。
    タイトルに込められた思いを感じ、戦争のニュースを見聞きしていても、そこにいる一人ひとりをリアルに感じられていなかったことに気付かされた。

    あとは、戦場での取材は待つ時間が長いこと(そして待つのが辛いということ)、ウクライナの兵士が皆強い意志を持って戦争に参加していること、ドローンが主要な戦略となっていること、ウクライナ人の日本に対する思いについてなど、他にも印象に残ったことを挙げればキリがない…。
    それぐらい、この本でたくさんのことを知った。

    最後のインタビューでは今後のロシアとの行末についても触れられており、勉強不足の私にも分かりやすい内容ですごく腑に落ちた。

    危険なウクライナで取材し、現地の人々のミクロな視点でこの戦争について教えてくれた横田さんに感謝したい。
    そして、今後も戦場カメラマンとしてお仕事をされるのなら、娘さんのためにもどうか命を大切にして欲しい。
    あとがきで触れられていた、編集者さんの手が入る前の「昭和のハードボイルドチックな荒々しい原稿」も気になる…。

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    2025年12月22日
  • ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか――取材現場からの自己検証

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    非常に難しい問題。戦場へ向かうジャーナリストの主張も分かるし、それを引き止める側も理解できる。リスクを冒した報道がなければ、「世界を見る目」は失われていくだろうし、世界情勢から目を背けてはならない点は大いに賛同。政府が必要以上に干渉や行動規制をかけることにはジャーナリズムの観点からも批判的であるべき。ただ現地での安全が十分に確保されているのかどうかも重要な点で、時に周りが止めることも必要になるとは思った。いずれにせよ、迷惑とか自己責任とかそんな簡単な言葉処理する問題ではないと認識。

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    2022年03月04日
  • ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか――取材現場からの自己検証

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    2015年年初にフリージャーナリストの後藤健二氏らがISに拘束・殺害されたことをきっかけに高まった、危険地域の取材・報道に否定的な世論に対し、危険地域報道を主たる仕事とする現役のジャーナリスト10名が、その意義や自らの体験、更に今後の在り方などを語ったもの。
    執筆者は、2014年にジャーナリストとして世界で初めてISの拠点ラッカを取材した(同時に、拘束されかけた)報道カメラマン・横田徹、世界的な映像ジャーナリスト・綿井健陽、フリージャーナリスト・土井敏邦、アジアプレス大阪オフィス代表・石丸次郎らである。
    まず、「なぜ、ジャーナリストが危険地域へ行く必要があるのか?」については、「(紛争における)ジャーナリズムの使命は、紛争当事者(国)の発表ではわからない、現地で起こっている真実を世界中の人々に伝えることである。それにより、当該紛争にどのように対応するべきかを、人々が客観的に判断する材料を提供することである」という主張で全員がほぼ一致する。
    そして、当然ながら次には、「なぜ、“日本人”ジャーナリストが行く必要があるのか?なぜ、世界的な巨大メディア(ロイター、AP、CNN、NYタイムズ等)の取材・報道ではダメなのか?」という疑問が湧いてくるが、これに対する答えは、いくつかに分れる。大勢は、「イラク戦争後の自衛隊のサマワでの活動のような事象は、他国のメディアで取り上げられることはほとんどなく、日本の関心事については日本のメディアが取材・報道することが必要」というものである。
    しかし、私が印象に残ったのは、もう一つの少数派の主張で、それは、世界各地で起こる戦争や大惨事も “日本人絡み”でないとメディアは詳細に伝えず、国民も関心を示さない日本の現状に問題を提起し、「日本人が他国の出来事を“同じ人間のこと”として捉えられるようにするために、日本のメディアが日本人に共感できる感覚・切り口で“同じ人間のこと”を伝えることが必要」というものである。私は常々、他国で起こった事故などの報道の際に、日本人の死傷者の有無を殊更に伝える日本のメディアに違和感を覚えており(もちろん、自分の知人が巻き込まれていないかを知る上で大事な情報ではあるが)、この主張には強く共感する。
    更に、ジャーナリストの取材中の死について、そのリスクをどのように引き受けるべきなのか、メディアはその事実をどのように報道するべきなのか、残ったジャーナリストはその事象をどのように検証してその後に活かすべきなのかなどについて、それぞれの執筆者が語っている。
    ジャーナリストのほかにも、本書でも取り上げられている国境なき医師団などの医療関係者、外務省スタッフ、インフラ関連企業・商社の社員など様々な人々が危険地域で活動する現在、日本人として為すべきことは何か、そのためにどのような対策をとり、どこまでのリスクを引き受けるのかを考えさせる一冊である。
    (2016年1月了)

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    2016年01月11日
  • ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか――取材現場からの自己検証

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    戦場やテロ、災害地など危険な場所に自ら深くまで入り込み、最前線の実態を見続けるジャーナリスト達。日本でも稀にニュースで彼らが拘束されたり、殺害されると大きなニュースになる。一時期イスラム過激派に拘束されて殺害されたジャーナリストの報道では、多額の身代金が要求され、世論は自己責任で行う行為に、何故国民の血税で彼らを救わなければならないのか、といった風潮が沸き起こった。私も心のうちでは何処かそうした想いがあった様に記憶している。本書を読んで果たして同じ気持ちのままいる事ができるだろうか。
    世界各地で未だ止まない紛争や自然災害。誰もがその実態がどうなっているのか、今現場で人々がどの様な状況に陥っているか知りたがっている。大半は欧米メディアの伝える報道や、現地のテレビ、ニュースメディアの流す映像を、時には邦人カメラマンの撮った映像・写真などから想像している。それらは画像という意味では真実に限りなく近いであろうが、一緒に掲載される文章はそのまま真実として受け入れてしまって良いものだろうか。実際にイスラム世界が流す報道と欧米メディア、ロシアとウクライナでは同じ映像でも違った見方、表現で流しているのを、インターネットで繋がれた世界で同時に見ることができている。
    流す側、報道する側の立場によって、映像や写真は如何様にでも変わる。真実は自分の目で見て話を聞く以外に無いのが現実だ。危険地域に飛び込むジャーナリスト達は何を目的に死の危険を伴う現場を訪れるのか。歴史的な現場を収めれば確かに巨額の金にはなる。だがそれだけで死地に飛び込むことができるのだろうか。
    本書はそうした危険を犯しながらも、真実を伝えようとするジャーナリスト達の何故に迫る一冊だ。だが確かに本書すらも真実であるかはわからない。本の売れ行きにも利益がつきまとうからである。だが読み終わった瞬間に、彼らがそれぞれ様々な使命感やリアルな感情によって動かされていることを知る。表面に見えている映像だけでなく、その背景にある「構造」を知るために彼らは危険を顧みず現場にいる。そこに至るまでには国家権力との戦い、言葉の壁、現地の真の情報、ゲリラが構える武器、そして必要となる資金、様々な困難を乗り越えてようやく目にすることが出来ても、そこで命を落とす者も多い。
    それでも尚追い続ける姿勢には、感動や衝撃以上の何か特別な感情を抱く。自分には無い何かが彼らを支配し突き動かしているという事実。
    私にそこまでして相対する物事が、取り組む仕事があるだろうか。自分に対する疑問が湧き起こる中、いつしか彼らに対する尊敬の念すら起こっている。理由はどうあれ、彼らの生き方、考え方に触れて刺激を受ける事は無駄では無い。

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    2023年09月01日
  • ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか――取材現場からの自己検証

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    日本では拘束等が報じられると自己責任論が前面に突出し、半面万一不幸にして亡くなれば、英雄視といったワンパターン報道になり、戦場に何故ジャーナリストが向かうのか、その戦場の現実はどうなっているかなどの本質論は捨て置かれている現状がある。
    10人のジャーナリストの生の体験と声を聴くことで、その心理をある程度理解することができる。
    ただ、拘束拉致された場合の国や住民側の対応についてはほとんど触れられていないので、その辺の本音も聴ければなお理解が深まったかもしれない。

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    2016年03月13日
  • ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか――取材現場からの自己検証

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    10人のジャーナリストによる共著で、一貫性を持たせているというよりは、それぞれの体験や主張が展開されていて、各自のジャーナリストとしての個性が見える。
    ただ、内容的には不満が残る。著者の多くが、外務省による旅券返納命令事件を取り上げ、取材の自由の侵害や政府による都合の悪い情報の統制であると問題視している。また、その契機となった「後藤さん事件」に対するマスコミや世論の自己責任論やジャーナリストへの批判に違和感を表明している。確かに、そういう側面もあるのだろうが、「ジャーナリスト」特有の政府批判、批判をしてもあまり非難を受けるおそれのない主張に聞こえる。それよりも、こういう場面にあって、一般の読者が知りたいのは、リスクを侵して危険地域に入ったジャーナリストが拘束され、人質となって、身代金や日本の政策変更を要求されたときに、政府や国民がどうすべきか、どうしてほしいのかについて、ジャーナリスト側の意見ではないだろうか。人質を盾にした要求には一切応じないという国ならともかく、日本は、人の命は地球よりも重いとして、超法規的措置で犯罪者を釈放するような国だ。人質救出のために、大臣やら副大臣やらが現地入りし、また、政府の対応について一々国会で議論になったり政治問題化して、国全体にとってもっと重要な政策課題が停滞したりするコストまで考えれば、自己責任論が出てきてもおかしくないと思うのだが、そこで日本という国がどうすべきなのかについて、本書では誰も何も言っていない。そういうことに思いが至っていてないのか、それとも、これに関する主張をすることを逃げているのか。
    本書については、このような不満があるが、土井敏邦氏が、ジャーナリストは一種の生業で、真実を伝えたいという純粋な気持ちの一方で、スクープを取りたいという色気があるのも事実であると告白していることは高く評価したい。また、玉本英子氏の誠実なジャーナリストとしての姿勢も、「旬の現場」や特ダネを追って危険地域を駆け回る「戦場ジャーナリスト」とは異なり、地道な取組みに共感を覚えた。

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    2016年01月24日