速水敏彦のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ハッキリとした根拠もなく他人を下す若者が増えているという。
その理由を、著者なりに集めたデータに基づいて示した本。
人間本来のもつ「人より優れている人間でありたい」という欲望というか願望と、他人との関わりをあまり持たずとも生きていける現代社会のあり方が相俟って、「他人を見下す若者」が増えている、というのが筆者の見解だといえよう。
人間誰しも、「他人を見下したい」と思うことがあるだけに、身につまされる話も多かったので、この本を読みながら、いろいろと反省をした。
が、本当に読んで欲しい人は、この本すら見下してしまって、読まないんだろうな。
そう思うと、ちょっと悲しい。 -
Posted by ブクログ
「内発的動機づけ」という概念には、かなり胡散臭いところがあるという話は、しばしば学生時代から聞いていて、自分の実感としてもそう思っていたので、いつかきちんと勉強しようと思っていた。あれから数年が経ち、まさに、従来の「内発的動機づけ」の概念に疑義を呈する本が出版されたというから気になっていたのだが、結論が大体読めているだけに、欲しいものリストの中で、長らく眠っていた本が、この本だった。
そんな本を買って、読むことにしたきっかけは、指導改善研修を受け始めた頃に、指導主事から、「内発的に動機を持って取り組むことが、学習効果の向上に上がると思うから、自分なりにこの研修を意味付けてほしい」という趣旨の発言を受けて、非常に違和感を感じたことだった。そもそも、「内発的動機づけ」のために、自分から研修を意味付けるというのが、内面から動機が湧いてくるという「内発的動機づけ」の原義からしておかしくないかと感じたのである。
それ以上に、なぜ、この指導主事は、「内発的動機づけ」を、効果的な学習に取り組む上で必須の要件だと考えているのかも、さっぱり分からなかった。たとえ、「外的」だったとしても、学習効果自体が高まれば、研修としてはいいのではないかというのが、率直な直感である。
この点について、本書でも同じことを指摘していて、ものすごく共感した。
前にも述べたように学校場面では内発的動機づけによって学ばせることが最もよいことであり、そのように授業を構成することが望ましいという考え方がやや神格化している。(p238)
「内発的動機づけ」を持たせることが、望ましいという価値観が、半ば神話化しているという話には、ものすごく共感する。この神話化に乗っかっているというのは、行政側の人間になった元教員の指導主事という立場上、考えられることなのではないかと思われる。
p211で図で示された「学習動機づけの分類と発達に関する新たな枠組みの試案」は、教育現場で働く身の直感にも、ものすごく合致して、納得感があるものだった。「内発的動機づけ」は、興味・関心を基本として形成されるもので、遺伝や環境の影響を受けながら、個性化、多様化していくというのは、昔読んだ行動遺伝学の本で言われていたこととも合致している。
加えて、そうした内発的動機づけは、発達の進展にともなって減少していき、代わりに、社会的な価値を自分の中に取り入れていくにしたがうようにして、「取り入れ的動機づけ」と「同一化的動機づけ」のような「自律的動機づけ」の度合いが高まっていくというのも、データと合わせて説得力がある。「外発的動機づけは教育者側からすれば、子どもたちが成長して世の中で幸せに生きていくために身につけてほしいことを教育する際に子どもの側に形成させるための動機づけである(p211)」と言われているように、上述した「内発的動機づけ」から「自律的動機づけ」への動機づけの変化を、子どもたちの社会化の過程であると捉えて、教師からの働きかけ、つまり「外的動機づけ」を社会化の一段階として位置付けていることも、教育者の役割を明確にしてくれていて、面白いところだと思う。このあたり、ヴィゴツキーの発達の再近接領域を思い出させる理論枠組みである。
こうしたモデルを踏まえて、具体的な教育の提案として外的動機づけから自律的動機づけへの順序性を意識することが大切だと提案されている。学業がうまくいかない学生に対し、ソーシャルサポートを通して、段階的に「内面化された外的動機づけ」を形成していくことが、大切であるという提案は、教育者の役割の具体的な提案として、かなり納得がいく結論になっている。「働きかけの順序性として自立性を求める前に関係性への欲求を充足させることで、まずは有能感を形成させることが肝要である」として、人の基本的欲求が、「有能感」→「関係性」→「自立性」の順序性によって動機づけを高めていく(p223)という知見は、子どもへの働きかけの、有益な方針になっていくように思われる。
というわけで、非常に納得感を持ちながら読んだのだが、最後に筆者が言っていることを一つ引用して考えたい。
内発的動機づけの概念に出会って以来、それに関する多くの学術的研究論文や教育雑誌論文を読むたびに自分の経験や、自分が観察した学校での児童・生徒・学生たちから推測する心象風景とのずれを感じてきた。本書を書き終えてやっとそのもやもやが幾分晴れたという喜びはある。しかし、一方で、ここで論じたことは教育心理学を専門にしていない人や学校教育に関わっていない人にとっては、あまりにも常識的なことのようにも思える。(p252)
「内発的動機づけ」神話への信奉は、むしろ、教育心理学について、若干聞き齧ってしまった程度の人間ほど、持ちやすいものなのではないかという気がする。そもそも、自分が興味を持って頑張っていることの始まりが、他者の働きかけをきっかけにしたものだったという人は、そこらじゅうにいるだろうし、それを考えると、この本で示された動機づけの社会化モデルのような考え方は、むしろ常識的な直感の方にこそ近いように思われる。
であることが、容易に想像できたからこそ、長らくこの本を読んでこなかったのであるが、久しぶりに「内発的動機づけ」神話の信奉者と話す機会を得たことで、これは、自分なりにきちんとした学術的知識を持って説明できるようになっておく必要があると思って、読んだ次第だった。自分の直感を、きちんと学術的な根拠を持って話せるようになるという意味で、今回の読書は、かなり得るものがあったように思う。
経験的に知っているからこそ、わざわざ再確認をしていないこと、勉強していないことは、割と多くある。ただ、今回、この本を読んでみて、やっぱりしっかりと確かめようとして人の話を聞くことは、概念の整理になっていいなと感じた。 -
Posted by ブクログ
自分の立場を高めるために、周りを低くするという説明になるほどなぁと感心した。自分を高めるためには努力が必要でも、他人を低めるのはただ見下すだけでいいんだもんなぁ。それで良く分からない自信にあふれた、他人を見下す若者が出来上がるのか。
とか言って、ニュースを見て「この政治家バカじゃないの?」とか言ってる自分ももしかして他から見たら他人を低く見ている若者の一人なのかもしれない。俺より頭いい大学出てる政治家さんは沢山いるのにね。
中盤から後半(4つの区分に分けるあたり)が、前半に比べ話がちょっと難しくなり流し読みな感じになってしまったが、まず興味深く読むことができた。
今後、年下に見下されているようでなんとも悔しい思いに駆られた時にでも、再び読み返したいと思う。 -
Posted by ブクログ
本書は、教育心理学を専門とする名古屋大学大学院教育発達研究科の現職教授の速水敏彦先生が、若者の他人を無視したような言動と感情の関係について考察し人間理解につなげることを目的として著した解説書であり、タイトルと表紙の口絵の軽さとは裏腹に深い内容かつおじさん世代には「たしかに!」と共感できる部分が多くかなりオススメ。
筆者の考察を要約すると、若者の他人を無視したような言動は、「仮想的有能感」すなわち根拠なき自己肯定に起因するものであり、日本文化の特徴でもある「悲しみの文化」の衰退が招いた社会現象であろうというものだ。仮想的有能感と悲しみの文化とは何か、簡単におさらいしておきたい。
【仮想的有能感】Positive illusion=根拠なき自己肯定
国際社会に通用する日本人の育成を目的とした教育システムのなかでは「アウトサイド・イン」(大人社会の価値基準に従って自己形成すること)による生き方から「インサイド・アウト」(自分の価値基準に従って自己形成すること)による生き方に比重がシフトしつつある。しかしながら、比較対象のない自己基準に基づく絶対評価は自己肯定に陥り易く、自己への期待が、一種の防衛機制としての他者軽視に繋がってしまっており、また、人の欠点を先に指摘した勝ちという風潮もそれを後押ししている。優位にある相手に近づくために自身の絶対的価値を向上させることで追いつこうとするポジティブな感情を生む「ジェラシー型嫉妬」ではなく、相手を攻撃し貶め追い落とすことで自身の相対的価値を向上させようとするネガティブな感情を生む「エンビー型嫉妬」を包含することも仮想的有能感の特徴である。
【悲しみの文化】
怒りと悲しみは同じネガティブな感情でありながらメカニズムが大きく異なる。人間の強さを象徴する感情である「怒り」は、他者(の言動)が介在する外的反応であり、他者に責任がある場合に見られる。一方、人間の弱さを象徴する感情である「悲しみ」は、他者が介在しない内的反応であり、誰にも落ち度がないときにも生じる。目標の喪失や到達・獲得できないことへの反応である悲しみの感情を抱く経験が、物質が豊かな現代では明らかに減少しており、「別れ」や「葛藤」などの悲しみの感情の風化に長い年月を要するということも少なくなった。個人主義傾向が強まった現代社会では、個人の損得には敏感になった反面、社会や他人の損得には共感できず鈍感になってしまっており、悲しみを即座に怒りの感情へと転化させてしまうケースが多く見られるようになった。そのため、自分の奥深くにある善人の部分に触れる機会は益々減少しているといえる。
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Posted by ブクログ
仮想的有能感という、自分自身の経験などに基づかない有能感をテーマにデータをもとに考察している本。
正直、個人的にはデータの分析は良いとして、
筆者の考えに基づいて整理されているような気がした。
データの取り方もなんか納得いかない。
感情を日誌につけたものを使ったり、
教員側からの生徒の感情の評価とか。
「ま、そうなるよね」とは思うけど、
その結果から若者の心理傾向を評価していいのかはすごい不満。
言ってることは理解できなくはないけど、
納得はできない感じ。
もやもやはするけど、
読んでみてもいいかなって感じ。
若者論の一種だよね、これw