ダライ・ラマ14世のレビュー一覧

  • ゆるす言葉

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    読みながらずっと涙が止まりませんでした。
    戒律のため朝昼しか食事をとらないけど時々お腹がすいてビスケットなどを食べてしまうそうで、
    大変失礼ながら萌えてしまいました。

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    2011年01月07日
  • ゆるす言葉

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    うえつじといえば、テンジン・ギャツォが大好きであることで、日本ではつとに有名ですが、今回はそんなダライ・ラマ14世のお言葉を紹介します。

    ・怒りや憎しみでは、問題を解決することはできません。それらを解決できるのは、思いやりと真の優しさによる癒しだけなのです。世界平和を持続するための手段は、「思いやりによるゆるし」しかない。私はそう思うのです。

    ・人類、さらにはすべての生きとし生けるもの--人間も動物も--には、幸福を求め平和に暮らす権利があります。これとは反対に、他人に痛みや苦しみを与える権利を持つ者など一人もいません。

    ・ゆるしの気持ちを身につければ、その記憶にまつわる負の感情だけを心から手放すことができるのです。ゆるしとは「相手を無罪放免にする手段」ではなく、「自分を自由にする手段」なのです。

    ・愛、ゆるし、思いやりにより、私たちはさらなる希望と決意を手にし、より明るい未来に向かって進むことができます。怒りや憎しみに負けてしまえば、道に迷い、苦痛に満ちた人生を送ることになってしまいます。

    ・利己的な考え方は他者を害するだけでなく、まさに自分が望んでいる幸福を阻害します。

    ・本当の意味の思いやりは、まず自分自身に対して向けられるべきものだと思います。まず自分自身に思いやりを持ち、それを周りの多くの人たちに向けて広げていくのです。つまり、自分自身を忌み嫌い、嫌悪しているような人は、他者を思いやることなど不可能なことだからです。

    ・私たちは知らず知らずのうちに、愛や思いやり、協力、いたわりといった人間になくてはならない最も基本的なものを育むことを忘れるほどに、物質的進歩に夢中になってしまったのです。

    ・今の自分の幸福があるのは、すべて他人の勤勉な努力のおかげです。自分の周囲を見回して、住んでいる家も、働いている建物も、使っている道路も、着ている服も、食べている食物も、すべて他人が提供してくれたものであることを認識しなくてはなりません。見知らぬ無数の人々の親切がなかったら、これらのどれ一つとして存在せず、享受することも利用することもできないのです。

    ・人権は万人共通の関心事です。なぜなら自由と平等、そして尊厳を求めることは人類に本来備わっている性質であり、私たちにはそれを獲得する権利があるからです。

    ・不幸なことに、最も声をあげられない人々こそが、人権を奪われている人々なのです。したがって、こうした自由を享受している私たちこそが責任を負っているのです。

    ・どんなにひどいやり方で強制しようと、暴力は人間が根源的に求める自由への願望を押さえつけることは決してできません。

    ・政治それ自体はなんら汚いものではありません。人が政治をそうしているのです。

    ・経済は大切です。しかし、人間性はもっと大切です。人権や環境問題など、経済より大切なことはたくさんあります。利益を求めてビジネスの世界で関係を築いていくときにも、大義を見失わないことが肝心です。

    ・怒りと憎しみこそが、私たちの本当の敵なのです。これこそ私たちが全面的に立ち向かい克服すべき相手なのであり、人生に時として現れる一時的な「敵」は真の敵とはいえないのです。

    ・普段、あなたの怒りが10分間続くのなら、8分に減らしてみてください。次の週は5分に、次の月は2分に減らしてください。そうして怒りをゼロの状態まで持っていってください。そうやって、心を鍛えてください。

    ・宗教の目的は、美しい教会や寺院を建てることではなく、寛容、高潔、愛といった肯定的な人間の資質を培うことにあります。

    ・裕福であれ貧しくあれ、教育を受けていてもいなくても、どの国家に、どの宗教に属していようと、どのイデオロギーを信じていようと、最終的に私たちひとりひとりは、他の誰とも変わらないひとりの人類にすぎないのです。私たちすべては幸福を望み、そして苦しみを望みません。

    ・たとえ過去に深く傷ついたとしても、怒りや憤りを手放すことができます。我慢強さと寛大さでそのときの状況を冷静に分析すれば、「過去は過去だ。だから怒りや憎しみを抱え続けていても意味がない」ということに気付くことができます。

    ・心の内なる平和と社会的調和を同時に体験するには、物質的進歩に精神的進歩が伴わなければなりません。心の内なる平和なくしては、心のやすらぎが欠けていては、平和を保ち続けるのは不可能です。

    ・精神的な幸福は、五感で味わう快楽よりはるかに大切なのです。快楽が続くのは短い間ですが、本当の幸福とは長期にわたって続くものです。

    ・古くからの友人は去ってしまいましたが、新しい友人がやって来ます。毎日の生活と同じことです。古い一日が過ぎていき、新しい一日がやって来る。重要なのは、それを意味のあるものにするということです。つまり大切な友人、あるいは有意義な一日にするということなのです。

    ・自分の欠点にひとつでも気付くことは、他人の百個の欠点に気付くことより、ずっと有益なことです。

    ・自信を喪失してはいけません。人間には皆、同じ能力が備わっています。「私は、価値のない人間だ」と考えるのは、間違っています。全くの誤りです。自己を欺いているのです。自信を失い、「私のような者に一体何ができるのか」と思うなら、成功への道は閉ざされてしまいます。

    ・世界は美しく平和だ、ととらえることは間違っています。この世に苦しみがあり、この世に悲劇があるかぎり、私たちはそれを自分の体験として感じていかなければならないのです。飢えている人がいるのに、自分だけが飽食してはいけないのです。心が痛む現実や、他の人が苦しんでいる状況をしっかりと見据えて、ひとりひとりが考えていくべきです。

    ・宗教を信じようと信じまいと、思いやりの心は私たちが生きていくのに役に立つものです。なぜなら、身体に調和をもたらしてくれるからです。思いやりの心を育めば心身ともに健やかになれます。

    ダライ・ラマ14世も今年でもう75歳。なんとかならんものかしら。中国次第なんだけどね…。う~ん…(-""-;)

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    2010年09月21日
  • 抱くことば

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    当たり前のことなんだけど、できてない人が多いんだと思う。
    みんながこれを実行したら素晴らしい世の中になるでしょう。

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    2009年10月04日
  • 抱くことば

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    2008.11

    ダライ・ラマのメッセージ集。
    グレート・ザ・歌舞伎町の写真が素敵。
    ダライ・ラマの笑顔、素朴、無邪気な表情。

    ☆大きくなるにつれて、
    愛情、友情、助け合いということに
    重きをおかなくります
    ☆必要なときに行動しないのも
    一つの悪い行動だということです。

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    2009年10月04日
  • 抱くことば

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    以前勤めていた会社を退職するとき、
    尊敬する女性社長から餞別にいただきました。
    ダライ・ラマ法王の言葉がストレートに響く珠玉のことば集。

    「人生の目的は、幸せになることです。」

    と、はじめのページにあります。
    ほっとします。温かい気持ちになります。
    私はこのチャーミングなじいさんがめちゃくちゃ好きです。

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    2009年10月04日
  • 抱くことば

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    難しい宗教書ではなく、わかりやすい言葉で語られ、スンナリと読みやすい一冊。

    ダライ・ラマ14世が偉大であることよりも、むしろ身近で懐の深さを感じた。

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    2009年10月04日
  • 声なきものの声 中国との闘争 ダライ・ラマ自伝

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    ネタバレ

     今年(2026年)7月、御歳九十一を迎えたダライ・ラマの、おそらく最後の自伝であろう。
     1959年のインド亡命以来、70年にわたる闘争の日々、思いを綴ったものだ。

     中国国内のみならず、周辺諸国への圧も増す、現在の習近平政権。その将来、方向性も本書の記述から窺い知れる。「百年国恥」を拭い、失地回復を目論む中国の動向に、一層、注目すべきことを、チベットの舐めた辛酸の歴史から垣間見ることができる。

     とはいえ、インド古代哲学由来の非暴力(アヒンサー)に徹することの是非も、今は問わねばならないのかもしれない。 悲しいことに……。

     ダライ・ラマ十三世(ひとつ前のダライ・ラマ)の遺言を引いて、著者自身も、こう語る。

    ===(以下、本書より引用)===

    「差し迫った災厄から自らを守るためにあらゆる努力をすべきである。それが適切なら、平和的な手段を用いなさい。しかし、必要とあれば、力に訴えることをためらってはいけない。」

    ダライ・ラマ十三世亡き後、チベット政治を率いる者たちも摂政も、彼の警告の深刻さや緊急性を理解できなかったのはまさに悲劇といえよう。つまるところ、この遺言はほとんどにおいて正しかったことが証明されたのだ。

    ===(引用、以上)====

     でも、最後まで人間性(ヒューマニティ)に期待したいとも、著者は言う。

     難しい問題だ。

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    2026年08月10日
  • ゆるす言葉

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    「ゆるす」言葉という題名と著者が「ダライ・ラマ」であるので、読み始めました。
    チベットをチベットの人のものとしてあげたいものです。
    私が毎日拝んでいる言葉「生きとし生けるものが全て幸せになりますように」は、ダライ・ラマの言葉だったような気がします。
    この言葉を唱えるようにしてから、人生が良い方向に動き出した気がします。

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    2025年01月13日
  • 小さないじわるを消すだけで

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    文字も大きいし、薄い本なので、
    内容も薄いかなと思ったが、
    最初、サラッと読んだだけでも驚きがあり、
    (旅費の足しにアンティーク持ち出し推奨!)
    更に読み返すと、ダライ・ラマ様の実利を
    重んじる考え方(英語学習の勧め)や
    不平不満を持たない心のありよう(鍛え方)に
    頭が下がる思いがした。


    一方、よしもとさんの新幹線のエピソードは、
    愚痴ではないと言いつつも、
    恨みの気持ちがあるように見える。

    「愚痴やクレームではない」と言って語ることで、
    「こちらの言ってることが真っ当」感が
    出てしまう(ように思える)が、
    このエピソードの結論に違和感を覚える
    自分がいて、意図する以前のところで
    モヤモヤしてしまった。

    彼女の方に色々事情があるように、
    車掌さんの方にも事情があるかもしれない。
    (席譲った客が、実は聞こえないとこで、
    車掌にありえないくらい嫌味を言ったとか)

    なので
    「愚痴になっちゃうんですけど、
    小さな意地悪された例で...」と
    愚痴(恨みの感情)を否定しないで
    説明してくれた方が、読んでいて
    余分なこと(車掌の心情とか)を考えずに
    本来の内容について感じることが
    出来た気がして、ちょっと残念。

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    2021年05月31日
  • 傷ついた日本人へ

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    ◯ダライラマが東日本大震災の後、高野山大学で講演した際の言葉を一冊の本としたもの。
    ◯タイトルの通り、震災に対してお悔やみやこれからの生き方への励ましが描かれているのかと思ったら、意外にも般若心経や空に関する解説が主だったところであった。読めるには読めるが、何故この話が?と思ってしまう。その点。それぞれの話のテーマを区切った章題によって、この本が成り立ってるようにも思った。詰まるところ、章題がないとわかりにくい。
    ◯これらの解説を踏まえて、東日本大震災からの復興への励ましがあったと考えれば必要な文脈だったんだろうと思うが、空の解説はやはり難解であった。と言っても空の話ばかりではないため、他の本よりは幾分読みやすい。
    ◯仏教は人がどう生きていくべきなのか、ということに対する考え方を教えてくれるものと認識している。震災で傷付いた個人として、これからどう生きていくべきなのか、難解ではあるが示してくれていると思う。

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    2021年02月28日
  • 小さないじわるを消すだけで

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    ネタバレ

    ダライ・ラマも、素晴らしいのではないかとは思うけど、私にはよくわからない。それよりも印象に残ったのは、よしもとばななの人間観。
    以下、引用。

    人ひとりひとりは、歯車ではなく細胞のひとつひとつと考えるといいのではないか。人間ひとりひとりが細胞で、皆で大きなな「人類」という人間を、作っているのだと思うと、いろんなことがよくわかるようになります。
    髪の毛の細胞の人、お尻の細胞の人、まぶたの人、唇の人、心臓の人、各部位の人にそれぞれ不満があり、それぞれの自負心があります。自分の部署でない機能に対して憧れを抱いたり、妬んだり、自分の部署の仕事をおろそかにしたり、それもすべてそんなふうに説明できると思います。お尻の人には頭の人のことがよくわからないくらい遠いが、確実につながっている。そんなところもよく理解できるような気がします。それから、異様な罪を犯したり、人を殺すのに心底喜びを覚えるような人たちに関しては、がん細胞のような異形の細胞だととらえると、しっくりきます。だとすると、その細胞全部が集まった人間という存在をひとつにつなぎとめているもの、それこそが魂と呼ばれるものであり、特定の宗教ではなく、生命への畏怖心を呼び覚ます、大きな物を、思うときの感覚ではないでしょうか。
    目の前の人を自分の一部だと思うことができれば、その弱さを理解することも、人を攻撃することはすなわち自分に対する攻撃だと言うことも分かり、相手に対する怒りもなくなるはずです。
    人類は全員で一人の人間であるという考え方になりました。人は皆根本のところでは同じ物を共有していて、それぞれに得意なことと不得意なことがあり、できることとできないことがあり、小さな細胞が集まって支え合って、人類という一つの大きな生き物を有機的に機能させている。たったひとつの共通項は、魂なのです。

    自分が持って生まれた物を十全に全うすることが大切なことだと理解しています。私が自分の役割を、放棄してしまったら、私には細胞の代わりができる人はいないのです。

    それを皆が身体的に、精神的ではなく身体的に、生活の感覚の中で真に理解できたら、この世は随分変わって行くと思います。

    ただ自分を十全に生ききるとき、それぞれの個人は初めて元々持って生まれた自分の枠を超え、他の人と本当に同じになることができます。仏教的に言うなら、カルマを解消し、越えるということなのかもしれません。

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    2019年01月14日
  • 小さないじわるを消すだけで

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    小さな棘、ささいな悪魔を徹底的にとりのぞくと何がおこるだろう。

    「小さないじわる」
    この言葉にドキッとしました。
    自分のプライドを守るためとか、ちょっとした憂さ晴らしから、小さないじわるをしてしまう。
    心の中から小さな悪魔が、ちょっとだけいじめちゃえ!とそそのかす。

    自分に余裕がないと、やってしまいます。

    面倒だから、自分を認めてほしいから、許せないから、理由はいろいろ。

    自分が知らないうちに、小さないじわるをしていたことに気づかせてくれます。

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    2018年02月27日
  • 小さないじわるを消すだけで

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    ネタバレ

    「小さないじわる」…思い当たる節がありすぎて反省した。やられてきたからやり返す、それが大きないじわるに発展していくこと。私という細胞が変われば良い。それを突き通すだけの気持ちを私は今からでも持つことが出来るだろうか?
    「慈悲の心と、論理性の共存」... あまり感情的にならず、正しい心を持つこと。感情は持ちすぎると偏見が含まれてくるのだという。私も正しい心を訓練する必要がありそうだ。
    本書に出てくる出来事は些細なことだけど誰にでも経験があるはず。だからこそ、私は私に出来ることを、私が大切にしたいものを大切にする。『この人は私と違う、まあいっか』ではなく、『なんだか私と違うけれど、この人も細胞の一部分である』ということ。忘れないように長々と記すことにする。

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    2017年10月16日
  • 傷ついた日本人へ

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    仏教の考え方に基づき、苦難を乗り越えるにはどうしたらよいか、分かりやすく論理的に説いた講演録です。仏教思想の解説が大部分を占めるのは少し取っ付きにくいですが致し方ありません(とはいえ、たいへん分かりやすく語られています)。
    宗教への対し方、倫理の重要性、外因的な幸福から内的幸福への転換、感銘することが多くありました。何度も読み返したい一冊です。

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    2017年04月20日
  • 小さないじわるを消すだけで

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    「相手が自分に何かしてくれたり、優しくしてくれるから愛するのであれば、もしいやなことをされたら私達はもう愛することができなくなってしまいます。」確かに!これが今の私の課題か…。ダライ・ラマ14世×ばななさん×タイトルに惹かれて読んだら「上書き」がここにも出て来てびっくり。今の私に必要なキーワードを発見した1冊でした。

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    2015年07月06日
  • 小さないじわるを消すだけで

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    自分に余裕がないときに「小さないじわる」をしてしまう。
    そして、後で振り返って、とても恥ずかしく思う。
    自分の疲れなんて、温かいごはんとお風呂、ひと晩眠れば解消される程度。
    後悔でぐちぐち悩む方がよっぽど疲れる。
    「親切をする」より、「いじわるを消す」。
    一つずつでも消していこうと思う。

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    2015年03月19日
  • 小さないじわるを消すだけで

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    タイトル、装丁、文字の大きさがぜんぶ、やさしさを感じさせる。
    このなかでよしもとばななさんが書いてる「小さないじわる」が、ああこれあるよなぁ、とすごく共感。
    ほんとうに、ひとにやさしくすることってちょっとしたことなはずやねんなぁ。でも、それがとてもむずかしいんだ。

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    2014年12月31日
  • 小さないじわるを消すだけで

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    小さないじわる、誰にも思い当たることだろう。考え方を早速かえていこうと思いました。シンプルな内容で、無理なく焦点が絞れて良かったです。30分位でざっと読めました。

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    2014年12月24日
  • ゆるす言葉

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    言葉にすると嘘臭く陳腐に感じ、言葉の限界を思い知らされます。それでも目に見える物にすがろうとする自分が嫌になりました。
    ゆるす、とはとらわれない事だとも思いました。

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    2014年09月27日
  • 抱くことば

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     ”心の本質は、池の水のようなものです。
     嵐で水がかき乱されれば、
     池の底の泥が浮き上がって水をにごらせます。
     しかし水の本質は汚いものではありません。”
               (本文24ページ)

    ダライ・ラマ14世の温かな心が、
    短い言葉の数々ににじみ出ている。

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    2014年02月19日