ロマン優光のレビュー一覧
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かつて「電波系」、「ドラッグ」、「死体写真」などの露悪的な表現や、盗聴、盗撮などの犯罪スレスレの表現を称揚し、近年では「レイシズム」の源流ともされたりする(野間易通『実録・レイシストをしばき隊』など)「90年代サブカル」こと「鬼畜系・悪趣味系」カルチャー。それを通過しつつも、どハマりはしなかった著者・ロマン優光氏が、90年代サブカルとはどのようなムーブメントであり、今では「諸悪の根源」と呼ばれるようになったのか、マッピングしつつ論じる。
現代日本で最もバランスの良い(言い過ぎたりしない)書き手の一人であるロマン氏の筆致は、本書でも「正しい」。しかし、それは彼が現在も「90年代サブカルの呪い」に悩まされているからなのだろう。私たちが「政治的正しさ」に本当に向き合うには、「90年代サブカルの呪い」をどう解くのかを考えなければならない……のかもしれない。 -
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90年代サブカルについて知りたくて。
私は当時をまったく知らないため、最初は用語や人物名に少し戸惑ったが、読み進めるうちに、普遍的な学びがいくつかあったので書き留めておく。
ひとつは、「場」の中では遊びだったものが、文脈から外れた途端に遊びではなくなってしまうということ。
90年代サブカルにおける「悪趣味系」「鬼畜系」といったムーブメントも、仲間内では世間への異議申し立てや挑発として成立していたものが、ブームになり文脈を理解しない人々に広がることで、文字通りに受け取られてしまうようになり問題視された。こうしたことは、SNS時代の今、より注意が必要だ。
そしてもうひとつは、「何者かになりたい」という若者の切実な思いが、過剰適応や搾取につながってしまうこと。
場の雰囲気に飲まれて過激なことをして一時的な注目を浴びても、本人には何も残らず、悪い大人たちに利用されてしまう。
後者は、自分自身にも思い当たるところがあり、かなり身につまされた。何者かになりたければ、その「何者か」がどういう者なのかを具体化し、そこに近づくための行動を積み重ねるしかない。承認欲求に自我を空け渡してはいけない。
総じてとても穏健でまともな内容で、著者のエキセントリックな見た目や、他の著書の過激なタイトルとのギャップが印象的だった。 -
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カバー袖のアオリ文句によれば、著者のロマン優光氏は『誰よりも正しいミュージシャン』とのこと。二つ名に違わず、徹頭徹尾ケレン味を排して正しい理解のために書かれた文章という感じがした。
あとがきで何気なく書かれていた、「結局のところ、物事というのは突き詰めていくと普通の答えが出てくるものです。(P189)」という著者のスタンス。
過激であればあるほど面白い、が基本スタンスの90年代サブカルという分野において、つまらなくても真実に近いことを語る(語ろうとしてくれる)著者は貴重だ。
僕自身は90年代サブカルの雰囲気を肌で感じて育った世代ではないが、ニコニコ動画やまとめサイトなどの「不謹慎な笑い」は大好きだし、そういう今の(あるいは、既に一昔前の)インターネットに影響を与えた90年代サブカルについて知りたくてこの本に辿り着いた。この本の想定読者としてはかなり理想的なタイプだと思う。上の世代が読んで面白い本かは分からないが、似たような属性の人には手放しでおすすめできる。 -
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ネタバレサブカルの中で特に、鬼畜系と悪趣味など特に尖った部分に着目していて、僕もかなりサブカルにどっぷりだったのだけどそっちは怖いのであまりタッチしていなかった。根本さんと丸尾さんの本は持っていたけど、お化けや神様を信じているので運が下がりそうな怖いのは触れないようにしていた。エロ本もサン出版の『投稿写真』が好きだったのは、切り口にユーモアがあってソフトだったからで、コアマガジンのは過激で恐ろしい。GONは字が小さすぎて、買った雑誌はなるべく完読したかったため、読みきれなくてやめた。
自分が見ていたサブカルと、別のサブカルがあり広いなあと改めて思った。小山田さんのは当時読んでいたけど、井島ちづるさんのことは初めて知った。
枡野浩一さんと一箱古本市の時に本の交換でいただいた。 -
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ネタバレ間違ったサブカルより問題はマウンティングしたがることにあるように思ったのだが、それを考えるとサブカルから離れてしまう。サブカルが間違っていてもマウンティングしたがらなければそれほど問題ないのではないだろうか。マウンティングという言葉に意識が向くようになったので、今後誰かがマウンティングしようとしたら、「あ、今マウンティングしようとしてるぞ」と気づく。議論が上手な人はそういったことをしがちであるが、オレは頭の回転がとても悪いので何も言い返せない。たいてい質問ばかりになってアホみたいだし、言いたいことが帰宅してから思いついて心がギリギリする。
自分がぼんやりしていたため、サブカルという言葉には全然悪い印象がなく、蔑視されていたことに気づいていなかった。町山さんも水道橋さんも著作をたくさん楽しんで読んでいる。ロマンさんのように冷徹に見ている人がいると思うとうかつな言動は慎みたい。 -
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ネタバレ男気説教ユニット「ロマンポルシェ。」のディレイ担当メンバーであるロマン優光によるバカ論。ちなみに相方の掟ポルシェが説教担当。著者によれば愛すべき「ばか」は本書の対象ではなく、不快な「バカ」を対象にしているとのこと。ネトウヨ、学校、サブカル、音楽海周辺に生息する「ばか」どもをバッサバッサと斬りまくっているが、よく考えたら自分も「バカ」だったというオチあり。
昔の「豪さんのポッド」で著者出演の回があり、吉田豪にいじられまくってた時の印象とは打って変わって、文章からは理知的なにおいをぷんぷん感じた。あと、いつのまにか結婚してたらしく、本文の中で何か所か自分の妻についての言及があり、本書の主題とは全く関係のない、どうでもよいところでびっくりした次第。 -
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サブカルについての「語り」は、ともすれば語る当人の知識レベルでのマウンティング合戦の体で炎上することが多いことからもわかるように、そもそも状況論的な分析が多い。
(例:その頃〇〇が☓☓だったことも知らねーのに△△とかwww。)
で、そういった状況論的な語りが過去のものに対するものであった際、今の価値観を過去に当てはめて善悪の判断をくだす式になるのはいかがなものか、というのが今回の著者の問題意識。
そもそも知識レベルでの前提が欠けた段階での誹謗中傷非難については前著『間違ったサブカルで「マウンティング」してくるすべてのクズどもに』で扱っていると思われ。
(未読でスミマセン。どんな分野にだってそれについて何かを語るなら、前提となる知識・教養はあるんだぜ、という主張なんだろうと想像しておりますが。)
具体的には90年代の鬼畜系を巡る言説の本だが、論としてまとまっているわけでもなく、一見すると、いくつかの事象について場当たり的に振り返って感想を述べているに過ぎないように見える。
しかし、今の価値観を過去に当てはめて怒るのはヤバイ、といいながら、当時の価値観でもヤバかったり、当時の価値観のまま今も活動してたりするヤバい人に淡々と触れ、書けば書くほど、ロマン氏のまともさが浮かび上がってきてしまう逆説と面白さ。
そでに書かれた温度の高い文句とは裏腹のこの冷静な文章が心地よい。
当初の発信者はネタでやっていたのに、ベタで捉える読者が出てきたり、ベタな発信者が出てきたり。
そうするとネタでやっていた人は、自身の世間での受け止められ方に耐えられなくなったり、病を抱えるようになったり、命を落としたり、と。
結構ヘビーな人生を歩んだ人たちを取り上げざるを得ないジャンルで、コアマガジンからとはいえ、本人もこれくらいの温度で振り返るのが限界だったのかもしれないな、と。
しかし、題材が題材だけに読み手も限定されると思ったがゆえのこのタイトルだろうか。
こっちは宮沢章夫『東京大学「80年代地下文化論」講義』と同じようなノリで手にとったのですが・・・。
鬼畜系だけとは思わなんだ。 -
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ニューウエーブテクノユニット「ロマンポルシェ」の片割れである著者の3冊目。オタクvs.サブカルについて論じているが、正直どうでも良い話。前半は中森明夫批判主として進んでいくので、中森本人からの反論も聴きたいところだが、中森自身はおそらく歯牙にもかけず、あるいはもしかしたら本書の存在すら知らないのでは。
中森以外にも町山智浩について、好きなんだけど一言物申したいという人物評が延々と続いているが、こちらは中森と違って、町山のことを嫌いになれない、根っからの町山好きが根底に感じられるものであった。
あと、もう少し読みやすい文章にしてくれたら、頭に入ってきやすいと思ったが、このややこしさも著者らしいと思えば納得できる。
ところでロマンポルシェとしては今年が20周年らしいが、ライブを見たことがない筆者としては、今後こまめにライブをやっていただきたい、と感じる今日この頃である。