永井陽右のレビュー一覧
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永井さんの活動内容について読む前は基礎的なことを知っていただけで、こうやって詳細な内容を知れたことでより理解が深まった。
ソマリアという土地で活動をするということは並大抵の覚悟では出来ないと思うし、相当な覚悟で以て活動にあたっていても軍の関係者や友人の家族、話し合いを重ねていた氏族長など、昨日まで生きていた人がどんどん死んでいくのを目の当たりにするのはどんな人間だって辛く苦しいと思う。
永井さんがこの素晴らしい活動の裏で精神的に苦しんでいたことを知って、胸が苦しくなる。
紛争を起こすのが人間ならば、それを解決に導くのもまた人間にしかできないんだなと。
永井さんがこれまで辿ってきた道を知って、こういう人だからこそ投降兵の心に気持ちが届くんだと納得した。
イスラム圏の映画を観ていて、しばし解釈について考えることがあったので、イマームを含むみんなでディスカッションをするという方法がとてもいいなと思った。
地道で途方もない活動ではあるけれど、続けることによって沢山の人に知って欲しいし、沢山の若者が武器を置き、自分の人生を歩むことによって世界が少しずつでも平和になることを願う。
そして紛争地に限らず、未来を担う若者にこの素晴らしい理念がこれから先、未来永劫広がっていって欲しいなと思う。 -
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紛争地の最前線。
兵士であることをやめたいと願う若者の願いを叶えるために行っている支援のリアルが紹介されています。
ケアカウンセリング。
ケアするために、きく。
矯正ではなく、彼らが社会に戻っていけるように、優しさ、愛情の深さ、大切にしていることをきき、背中を押す。
敵ではないこと、心から大切に想っていることを、ともに過ごす時間の中で、自らの言動から伝えていく。
それはどれも言葉にするほどには易しくはなく、命懸けで、覚悟のいることで。共感も理解もできない他者と、それでも交渉を重ね、できることはあると信じ歩み続けること。
「いつか自分の番が来る」ということを胸に刻み、その上でなお活動を続けていくということ。
本書を読み進めるにつれ、人の命を守ること、人を尊重することの真髄にふれていくような感覚を抱きました。私も私のいる場所で、誠実に、目の前にいる人と向き合っていこうと心に誓いました。 -
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危険な紛争地域などに身を投じ「テロリスト」などと対話している活動家の著者が『共感』の負の側面にフォーカスしている内容。だが、決して『共感』を否定しているわけではなく、対立や分断が生まれる可能性がある『共感』というものに対する疑問や違和感に、真摯に向き合っている姿勢だった。
『「かよわい子供・女性」と「キモくて金のないおっさん」が困難な状態にある際にどちらに共感できる?』、『「ここでいま死ぬか仲間になるか」という極限の選択を迫られてテロリストとして活動することとなってしまった人は本当に「悪」であり、共感できないのか』など、立場を自身に置き換えた場合、そういった人たちに出合って対話をした場合、自分ならどうするだろうかと、考えさせられる一節があった。
多様性の時代といっても100%の相互理解・共感は困難で、綺麗事のスローガンを掲げたところで基本的に人はすべてをわかりあえるわけではない。それでも、わからないから考える、話し合う、向き合う、理解に努める、選択肢をあげる、ということが重要だとあらためて感じる。
また、『ルワンダ ジェノサイドメモリアルセンターの言葉「もしあなたが私のことを知っていて、あなた自身もあなたのことを知っていたら、あなたは私を殺したりしないでしょう」』というメッセージが文中にあり、自己の理解から始める、そこを通して同じ人間を、相手を見つめることで理解につながる可能性を信じたいと思う。
最後に、巻末に掲載されている思想家・作家の内田樹氏との対談『私たちは共感と、どう向き合うべきか?』の内容が特に良かったと感じた。内田樹氏のメッセージはとてもシンプルで、ある種の達観をしており、含蓄に富んでいる考え方・視点だった。
『惻隠の情』『集団内での知性の高め方』『合意形成は「Win-Win」ではなくて、「Lose-Lose」=「落としどころ」を考える』など、新しいものの見方を得られたと感じる。こちらの対談内容も考えさせられることが多かった。
#KuToo運動の石川優実氏との対談も掲載されている。 -
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今年読んだ中で1番自分の人生とは何かということを考えさせられた本だと思う。
私は今まで平和に、自由に、幸せに生きてくることができたけれど、その一方でソマリアやイエメンなどの国々では強制的にテロ組織に加入させられている同世代の人たちがいるということを常に忘れてはいけないと思う。
そして、その人たちに対して何ができるかを考え行動し続けている永井さんとアクセプト・インターナショナルの皆さんには頭が上がらない。今までの人生をもっと有効に使うことができたのではないかと思う反面、これからの人生をどう使っていきたいか真剣に考える機会になった。
ぜひ多くの人に読んで欲しい一冊。 -
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2024年
鑑賞作品 No.26
尊敬する永井代表の著書。
実務家として日々世界課題の最前線で闘い、その中で悩み考えている問題意識がストレートに描かれている。
題名からすると共感することが悪のように受け止められるが、読んでみると、普段は目を向けられない共感の負の側面にフォーカスを当てたものだと気づく。
永井代表が常に平和と向き合っているからこそ、そして平和の実現に向けて、文字通り「命をかけ」て行動しているからこそ伝わる一つ一つの言葉の重み。
専門家ではないかもしれないが、実務家にしか、いや永井代表にしか伝えられるものがあると感じた。
特に私がハッとさせられたのは内田樹さんとの特別対談。
実務家と哲学者という真反対にいる2人が織りなす言葉の往来は心に深く刺さった。自分の問題意識と本気で向き合い、思考し続けているからこそ表出する言葉の深み。
私の語彙力では言語化できないため、本書を手にとって、ぜひあの世界観を多くの人に味わってほしい。 -
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紛争地にて、テロ組織の兵士に対しての脱過激派及び社会復帰支援を行う、国際NGO団体『アクセプトインターナショナル』代表の永井陽右氏。
永井氏を知ったのは、YouTubeチャンネル『ReHacQ-リハック-』での出演がきっかけでした。
ソマリアやイエメン等、今もなお危険とされている紛争地での活動については勿論ですが、本書では自身の生い立ちから現在に至るまで。そして、これからの自身の活動についての展望も語られていました。
本書は全てにおいて、痛烈なまでに刺さる内容の数々なのですが、その中でも特に感じるのは、昨今SDGsが掲げられることでよく聞くようになった『持続可能性』という言葉に対する永井氏のアンサー。
『私が関わるような紛争地では、持続可能な対処方法を構築することなど、なかなか出来ないのが現実。むしろ、こうした持続可能な対処法など見つけることができない難しい課題を、どのようにして解決していくか -中略- しかし、こうしたことは、紛争地ではない日本においては、全く議論されてはいない…』
これまで数々の関係者の死も見届け、『いつか自分にもその番が来るだろう』と、悲壮な覚悟を持って活動を続けている永井氏。
氏が志す『テロや紛争のない世界』に向けて、氏のこれからの活躍にも期待しつつ、僕自身もそう言った世界を知り、関心を持つことから始めて行きたい。
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紛争地で憎しみの連鎖を解く前代未聞の挑戦
著者は、「テロや紛争のない世界」の実現をビジョンとして掲げ、ソマリアやイエメンといった熾烈な紛争地の最前線において、テロ組織からの投降兵や逮捕者を脱過激化し、社会復帰へ導くという活動を続けている。
既存の武装解除プログラムが全く通用しないテロ組織へのそうした取り組みは、国内外で高く評価されているが、それは常に、仲間の死や絶望と隣り合わせのなかでおこなわれている。
それではなぜ、著者はこれほどまでに危険な仕事に向き合い続けるのか?
紛争の最前線で、著者が終わりの見えない憎しみの連鎖を解いていくという前代未聞の挑戦を続ける真の目的が、今明かされる。 -
Posted by ブクログ
YouTubeで永井さんのお話を聞いて、危険な戦地での取り組みをもっと知りたいと思い読んだ。
驚くべき行動力だった。
対話すらできない相手に対し、まず相手の言い分をアクセプトすることから始め、ディスカッションを重ねる。考えを矯正するのではなく共に考えるという姿勢が素晴らしい。
本人も精神的に大変苦しみながらも仕事を全うしているその姿に感銘を受けざるを得ない。
最後は若者の権利について触れられている。子供の権利は認められつつあるが、若者にはそれがないと。
例えば凶悪犯罪を犯した子供について、私はどちらかと言えば更生を期待するより厳罰を希望する考えを持っていた。だが、永井さんは更生する機会を子供だけでなく若者(広い意味で~39歳)まで認めるべきという。
もちろん被害者の心情を考えると加害者の未来など議論する余地も無いのかもしれないが、永井さんの寛大な考え方が平和へ近づくための一歩であることに間違いは無さそうだ。
この若さでここまで考え抜いて行動している事に驚きしかない。本当に尊敬する。私は平和ボケの日本にいるが、活動を陰ながら応援したい。 -
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著者の永井陽右さんが田村淳さんのNewsCLUBに出演した時の「イスラエル・ハマス紛争の行方」に関する非常に興味深いコメントがきっかけで、この本を読み始めました。
憎しみの連鎖が拡がる。
みんな傷つき泣いている。
憎しみの連鎖を詳しく見ると、やられたからやり返すということがある。
やられたということにトラウマを持ち、傷つき、泣いている。
お互い泣き合いながら、傷つきながら殴り合いをしている。
傷とかトラウマ的なところに目を向けるという視座が必須。
この視座が無ければ、絵にかいたような憎しみの連鎖が拡大する。
イスラエルにいる方々が全てネタニヤフのような極右ではない。
ガザやパレスチナにいる人々みんながハマスではない。
ではハマスのような組織にいる人々はどうか。
おそらく多くが10代、20代、30代。一人一人に多様性があり、そこに鍵がある。
当事者だったからこそ言えることがあるはずで、ユニークな担い手になれるはず。
二つ目の視座としては、ハマスのような組織にいる若者に対し何が出来るのかということがある。
このような見方、視座が世界にあまりにも無いので、どうにか日本からつくっていきたい。 -
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ソマリア
アル・シャバーブ
若者
テロリスト
自爆テロ
投降兵リハビリテーション施設
リハビリテーションプログラム
ケアカウンセリング
イスラーム教再教育プログラム
NPO法人アクセプト・インターナショナル代表理事
冒頭から私の知らない世界が押し寄せてくる。
著者はいったい何をやっているのか。
読み進むにつれ、少しずつ理解していく。
紛争が酷いソマリアでは、
年端のいかない青年、若者がテロリストに仕立て上げられ、
自爆テロで自分を含め多くの人の命を奪う。
彼らもそうやって自分の肉親を殺され、敵を憎んでいる。
政情不安で数十万人が餓死する。
そのことに気づいた著者は、
何か自分にできること、と思い立ち、
テロリストにされた若者を投降させ、
あるいは刑務所に赴き、
それぞれの人にあった教育を与え、普通の人間に戻していく。
人の役に立つ人間にしていく。
それが最終的に紛争をなくすことだと信じて。
ほぼ半分の3章まではその状況がこれでもかと書かれ、
これがまだ続くのか、と正直つらくなってきた。
ところがそこから話は彼の生い立ちになる。
いかに著者がそういうことを始めたか。
1991年生まれ、まだ30歳そこそこ。
最初から聖人君主だったわけでもなんでもない。
学級崩壊、喧嘩、家庭内暴力、そのさなかにいる、
ある意味落ちこぼれ的な生き方をしていた。
そんな著者がたまたまネットで見た「ツバルが沈む」
記事を読み、何かしなくては、と思い立つ。
そこから一念発起、人間が変わったという。
猛勉強し偏差値40から70にアップし早稲田に合格、
さらに海外に出て現状を知り、NPOを立ち上げ、、、
やはり子供のころから優等生、中高一貫とは何かが違うのだ。
最近の私の説を裏付けるような、地で行くような人。
最初からぬくぬく育つ温室栽培は弱く、
雑草から立ち上がってきたものが強いのだ。
明治日本は今まで苦汁をなめてきた下級武士や農民の中で
地頭がいいものがのし上がり国を作ってきた。
戦後は地方の優秀な人が高度成長をもたらした。
いまは。。東京に集まっている勝組の子息が
恵まれた環境で学習しいい偏差値でいい大学を出て
大手企業、官僚、政治家と国をかじ取りするから、
甘い判断で日本をダメにする。
話がそれた。
こういう著者のような人々を応援したい。
彼もいつ凶弾に倒れるかわからない。
こういう人こそ日本を救うのだ。
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Posted by ブクログ
彼の存在をいつ知ったのだろう。テレビのドキュメンタリー的なものだろうか。その時から、なんと尊敬すべき若者だろうと思ってきた。
本書を読んでますますその思いは強まった。文字通り命を賭けた毎日だ。そのことがありありと伝わる。身近な人も次々に亡くなっていく。あまりにも過酷な環境で、精神の健康も保たなければならない。いつも驚くほどの爽やかさの中の、危うい精神状態もそれはそうだろうと思いながら心配になる。彼のような人に自分の命だけは大切に、とかきれいごとは言えない。そんなことは当たり前なのだが、命を恐れていては何もできないのだ。ガザで働く(そして命を落とす)国連職員や医師の人たち同様、自分にはできない使命を持った方々を心の中で祈るしかしていない自分は一体何?と思う。
どんなに不条理な世界であっても、信念に基づき、一つ一つ実行していく彼のような存在がある限り、絶望することはないと言い聞かせる。
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Posted by ブクログ
すごい人がいるんだなー
生い立ちからして、使命もって生まれてきた人なんだろーなー
素直に育った人はこんな人生にはならないのかな
そこらへんも不思議だし、ちょっと悪いくらいの人じゃないと世の中に影響与えるような人にはなれないんだろーな
(昔のことかもだけど)親子関係よくないというような事が書かれていたけど、これだけの精神力を持つ人を育てるってすごいなーと親目線でも読んでしまう
生き抜いて日本人として世界で活躍してほしい
世界中で戦争してるけど
地球から戦争をなくしたいと大人たちは本当に思っているのか?(自分も大人だけど)
じゃあなんで武器を作るんだろう?
いろんなところでなぜ核実験ばっかりするんだろう?
いろいろ思っているけど
綺麗事なしで現実と向き合っている著者がすごい
タイトルは『私』となってるけど
『私』と書くところと『私たち』と書くところが混在していて
NGOのことなんだろーけど、どこまでが『私たち』なのかいまいちわからなかった -
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平和を追い求める。
自分より若い人が世界で活躍してることを初めて知った。
1番最初はYouTubeを見ていて、こんな活動している人がいるのだと興味本位で本を購入したけど
本当に何にも援助もない0から今の今、ずっと活動していることに頭が上がらないし
世界情勢のことも知ってる様で実は全く見えていないな、と思った。
微力ながら応援し続けていきたいと思うし、著書にも書かれている
「断片的で不正確な情報が蔓延するSNSを眺めているのではなくて、専門書などの本を読み、他者と議論し、何よりも自分を通して考え、行動することだ」
出来ることは限りなく少ないけど、その中でも
やるべきことをひたすらやる。
あぁ、そうだよなと心から納得した
今の自分に喝を入れてくれた本。 -
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紛争地帯の最前線での投降兵の救助、刑務所での再教育、社会復帰、それら活動のための各国政府や軍との交渉・調整など、想像もできないほど大変な業務の数々を知ることができた。自分がいつ死ぬかも分からない中、ときにはPTSDに陥りながらもテロ組織やギャングに入らざるを得なかった若者を助けるために奮闘されている方々には頭が下がる思いである。安全圏にいる人が「好きなことで生きていく」だけでは、救われず死んでしまう人々が確かに存在しているという、残酷な現実を改めて知った。困難な問題を解決するためには、自分に「できること」ではなく「やるべきこと」を見据え続ける信念が必要だと思い知らされた。
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「『共感し合おう』『繋がっていこう』と言うと、なんとなく無条件に良いものである気がしますが、繋がっていくからこそ分断していくとも言えるわけです。」
「共感とは誰かの困難に対してではなく、困難に陥っている自分側の誰かに作用している」
共感について、ネット社会における負の部分くらいのイメージしかなかったけど、もっと深刻な領域にまで及んでいると知ることができた。(ネット社会の行き過ぎた共感も深刻だけど!)
「参加しないと殺す」と脅されテロリストの戦闘員にならざるをえなかったのに、足を洗うことになっても多くの人の共感を得られないがために見捨てられてしまう存在のように、共感で救われるものが一方で分断され、取り残される存在があるのだと知ることができた。もっと客観的視点で自分のバイアスを取り払わなければならない。
たしか高校生の時にモノマネが人を惹きつけるのはなぜだろうと考えたことがあって、ある人に対する自分の中のイメージと、他の人の中のそれが重なる感覚=共感が好きだから人気があるのだろうと思っていた。言い換えれば共感は、湧き出てくるように簡単に反応してしまうという感覚なんだろうと。今回読んでみて、感情的に共感してしまうからこそ、共感できないものに遭遇したときに理性を持ち出せるかが大事だと思った。 -
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ネタバレ本書は、ソマリアでテロ組織からの投降や投降兵・逮捕者の脱過激化と社会復帰支援等をしている著者が、一般的に良いものとされる「共感」の負の面を明らかにしている。
そもそも人は基本的にわかりあえないもの。
その中でどうしたら他者と共存できるのか考えていくべき。
内田樹さんとの対談も面白かった。
たくさんの発見を得れました!
■メモ:
・取り残されがちな社会課題(共感を得ることができない社会課題)はさらに取り残される。そしてそれを取り巻く社会が歪んでいく。
・自らの共感を他者に意図的に使われる怖さ。
・正論は別の視点からは正論でないことが常。
・何を考えていようが個人の自由。脱過激化でなくても、脱行為化していればいい。社会においては脱行為化を維持することが重要。
・私たちは多様性を受け入れることは難しい。「わかりあえない」を前提に、その中でどう他者と共存していくかを考えるべき。
・共感できない、共感されにくいをなおざりにしないために共感に代わるものが必要。それが「権利」。
・人権教育は学校では教えられない。「人としてどう振る舞うべきか」を子どもに刷り込むのは「家風」。子どもたちは親の背中を見て、人間としての生き方を学ぶ。それは教科書で教えることじゃない。
・知性というのは個人のものではなく、集団的に発動するもの。集団的に知性的でなければ、知性は機能しない。
・集団は「弱い者」を支えて、助けるという仕組みのときに最も高い機能を発揮する。弱者を支援する仕組みを整備している集団が強い。