河添房江のレビュー一覧

  • 唐物の文化史 舶来品からみた日本

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    古代から近世までの日本史を、唐物=舶来の文物(唐もの~南蛮もの)を軸に通してみる。その模倣品もふくめて、なにが贈答され、なにが交換されたのか。物自体より、その稀少で権力的なシンボリズムの互酬関係が問題なのですね。 

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    2014年08月10日
  • 唐物の文化史 舶来品からみた日本

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    本書は唐物、すなわち古の輸入品を中心として歴史的背景などを記されたものであり、一般的な美術書や歴史書とは立ち位置が大きく異なります。

    日本の地政学的な優位性は大陸より文化的に劣りながらも朝貢へと繋がり、貴族文化に唐物が必須となっていきます。
    それがどのように使われ、なぜ重宝されたのか。好きだった人、嫌いだった人。そして茶の湯によって棗ひとつで城ひとつの価値を与えたその背景も見えてきます。

    歴史で「〜より伝来した」としか習わなかった物の背景を知る事がこんなに楽しいとは思いませんでした。
    多くの方にお勧めしたい良書です。

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    2014年08月07日
  • 紫式部と王朝文化のモノを読み解く 唐物と源氏物語

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    本書は大河ドラマで紫式部が取り上げられたころ出版されたが、原著は2008年。
    その後の研究成果を盛り込み、改訂増補したとのこと。

    川添房江さんの本は、ずいぶん前に読んだことがある。
    『源氏物語と東アジア世界』だったか?
    著者には申し訳ないが、あまりピンとこないまま読んだ記憶しかない。

    が、本書は面白く読むことができた。
    「唐物」(当時の輸入品)をキーワードに、それを持つこと、身につけることが物語や当時の社会の中でどんな意味を持ちうるのかが説明されていく。
    一般向けに親しみやすい書き方がされているので、まるでカルチャーセンターの講座を聞いているかのようだった。

    かつて『源氏物語』や『栄花物語』を読んで、衣装や調度品の描写が延々と続くのに値を上げてしまった。
    でも、この本で、例えば唐綾の社会的評価を知ると、中宮定子の積善寺法要の衣装の豪華さが理解でき、『源氏物語』の衣配りの場面では、六条院の栄華を象徴する場面とはいえ、それに匹敵する格の衣装は現れないということを知ると、ちょっと見方が変わってくる。

    薫物に関して、源氏物語以外ではあまり特定のお香と四季を結び付ける発想がないという指摘も、意外で印象に残った。

    渤海国、高麗(光源氏に「光る君」と命名するのは高麗人という設定になっているが、著者によればそれは天子に相当する呼び名で、帝位につく可能性を失った代償ではないかとのこと)といったネットワークについては、きっと以前自分が読んだ本にあったと思うが、あらためて読むと面白い。

    ガラス器については、平安期には厚手で大きなものもt来ることができたイスラムガラスと、それを模倣して宋で作られたガラスがあったということで、両方とも貴重品ではあるが、源氏物語の朝顔の斎院に関わる描写の美しさが印象的だった。
    これまであまり注目しなかった人物だが、すばらしくセンスのいい人だとわかった。

    巻末には舶来のペットが取り上げられ、「唐猫」がフォーカスされる。
    猫好きの一条天皇が、生まれたばかりの飼い猫の産養をしたという「小右記」の記事については、ここで初めて知った。
    その猫ののちの姿が「枕草子」の「命婦のおとと」だったとされていた。
    本当かどうかはわからないが、そんなつながりがあったら楽しい。

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    2026年04月25日
  • 新訂 枕草子 下 現代語訳付き

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    やっぱり「光る君へ」の副読本は、源氏物語でなくて枕草子ですね。紫式部が御堂関白陣営とはいっても源氏物語はしょせんフィクションで、それに対して枕草子は中関白陣営どまんなかなわけで。
    当時の政治的状況を知ると、これほどポリティカルな著作はないんじゃないかと思う。

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    2025年12月13日
  • 新訂 枕草子 下 現代語訳付き

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    20240719-0726 下巻もサクサクよめた。今ふうに言うならTwitter、ブログ?放映中の光る君へ、に出てきたエピソードとか、まさに脳内に映像が浮かんできた。

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    2024年07月28日
  • 唐物の文化史 舶来品からみた日本

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    文化交流、異文化憧憬、文化と政治のダイナミクスを存分に味わった。

    唐物の羅列はいささか面倒だが、唐物と日本の文化的通史は珍しいのではないか。

    戦国大名と茶の湯、最後の日本文化論のところは特に面白い。

    ・元冦の背景。一方的な攻撃ではない。
    ・鎖国という言葉は正確ではない。国家により貿易の管理。

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    2016年06月09日
  • 唐物の文化史 舶来品からみた日本

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    日本人の生活に、ここまで唐物が関わっていたことを知らなかったから面白かった。
    分かりやすく書かれていたから、ちょっと日本史をかじっただけな私でも無理なく読めてよかった。

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    2014年09月29日
  • 唐物の文化史 舶来品からみた日本

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    久々に面白い新書を読んだ。


    「唐物」と総称される外国からもたらされる品々を、日本人はどのように受け取り、利用していったのかということを概説している。著者の河添房江氏は、源氏物語の研究者であり、作中に登場する品々についての著作もある。題名が「唐物」なので、明治以降の舶来品についての言及はほとんどない。


    唐物に着目して歴史を語る、というのは面白い着眼点だけれど、かなり難しい試みだっただろうなぁと思う。


    本書では、唐物は聖武天皇の時代では、国家の管理下で輸入・分配されていたのが、次第に摂関家や平家などの権力者が仕入れるようになり、「文化材」としての性格から、「威信材」としての性格に変わっていく。それが、戦国時代から江戸時代になると、市場規模の拡大によって、「贅沢品」として徐々に底辺まで唐物が広がっていくさまが論じられている。


    日本人が唐物を珍重するのは、第一には進んだ文明だった中国・朝鮮の文化を尊んだということがあるだろうし、そもそも得難いものを得ることは、それだけで権威と権力を示すものになる。日本における唐物の位置付けは、古代では先進国だった中国・朝鮮と遜色ない文化を持ち、また世界の広まり(ポルトガルやオランダ)によって変遷していくが、やはり「得難い」ということが一番最後まで唐物を唐物とした魅力であったと思う。


    明治になると、文物の移動も人の移動も容易になり、「唐物」という概念は個々の輸入品に細分化されていく。本書が明治以降の「唐物」について語らないのは、その把握がまず不可能であるからと言ってもいい。しかし、舶来品の信仰は現在でも続いている。例えば、映画では「洋画しか見ない」という人はたくさんいる。個々の分野では、舶来を尊ぶ心はまだ残っているが、それもインターネットの発達によって、早晩消えるのかもしれない。


    唐物を通して、日本人の精神性を探る、という着眼点は良かった。東アジアの大きな文化圏の中で、和物と唐物を別個のものと考えるのではなく、国内でお互いが影響しあって文化を洗練させてきた。個人的には、日本人が中国(とアジアの国々、ポルトガル、オランダなどなど)をどのように認識していたのか、ということを唐物の取り扱いともっと結びつけてほしかった。でも、それは、国際政治史などでもっと詳しい本があるかもしれない。


    また、本書は唐物史の概説なので、どうしても時々の権力者に焦点を当てざるをえないが、もっと古代においても民間に唐物の広まりはあったと思う。もちろん、そういうことは文献には出てこないが、考古学の分野での成果ももっと詳しく知りたいと思った。

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    2014年05月01日
  • 紫式部と王朝文化のモノを読み解く 唐物と源氏物語

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    ・河添房江「紫式部と王朝文化のモノを読み解く 唐物と源氏物語」(角川文庫)は書名そのままの書である。「本書では、紫式部が体験した王朝文化の世界を、特に唐物とよばれる異国のモノを通じて」 紹介するものである。だから「源氏物語」からの引用が多くあり、更に「枕草子」等のさま ざまな王朝文学からの引用もある。本書の原題を「光源氏が愛した王朝ブランド品」といふ。 この書名からして、一般受けを ねらつた書であるらしい。それを内容に即して改題し、文庫化したのが本書なのであらう。第一章「紫式部の人生と唐物」に始まり、第十六章「舶来ペットの功罪」で終はる。最初だけは モノではなく人である。ここを読んだら、後は自由に適当に読めば良い。香から猫まである。実に様々である。紫式部の身の回りは唐物、今少し広く言ふと舶来品に取り囲まれてゐたのだと知れる。そんな書であるが、個人的にはかういふ文体と次を予告するやうな章の進め方には違和感を覚える。それを気にしながら読んでゐた。
    ・平安時代の唐物といつても私はほとんど知らない。ネコといつても、現在のネコと同じか違ふのか、ここから分からない。 すべてがさうである。第十五章 は「王朝の紙の使いみち」である。紙がなければ王朝文化がかうして残つてゐるのかと思ふのだが、しかし、その紙はいかなるモノでいかにして作られてゐたのか、つまり紙の使用以前の状況を私は知らない。使ふ人がゐれば作る人がゐる。平安時代は、「平城天皇の大同年間(八 〇六〜八一〇)は朝廷の製紙所である紙屋院(『かんやいん』とも)が、図書寮の別所として、紙屋川のほとりに設けられ、多くの紙が生産されてい」(238頁)たさうである。この先は書いてないが、しかし、どうやらこの時代にも紙屋院の紙が使はれてゐたらしい。「美しかった紙屋院の紙」(251頁)にその一端が見える。国産の紙が美しかつたのなら唐物の紙はどうであつたのか。唐の紙 とは「狭義の意味では、北宋から輸入された紋唐紙とか、具引 雲母刷紙とよばれる鮮やかな色 彩と雲母刷りが特徴の紙をさ」(242頁)すさうで、これは 「おもに竹を原料とした紙の表面に胡粉を塗り、さらに唐草や亀甲などの文様を刻んだ版木を用いて、雲母で型文様を摺り出した美しい紙で」(同前)あつた。こんなモノだから、「唐の紙の格調の高さ、そのフォーマル度は万能で(中略)まさに贅沢品であり、唐物らしい威信財(スティタス・シンボル)としての使われ方」(238頁)をされた。つまり、美しい写本にはこれが使はれてゐる。これ以外には高麗紙があり、これは「高句麗・新羅・百済の三国時代から、中国の諸王朝への朝貢品で」(248頁)あり、これも日本に輸入されてゐた。更に は地方製造の紙もあつといふから、貴族に紙の選択肢は結構あつたと思はれる。だからこそいくつもの写本が残り、その紙もその作品に合はせたりしてあつた。かういふことを私は知らなかつた。いろいろな紙の写本があるのは知つてゐたが、唐や高麗からの紙もあり、地方でも作つてゐたとはである。本書にはかういふのが多い。ガラスもある。私の知るガラスではあるが、さすがに現在とは違ふ。「『瑠璃壺』は唐物を代表する品で」(115頁)あつた。この頃、日本で作ることができたのはせいぜい「蜻蛉玉といわれるガラス玉」(同前)であつ た。かうしていたらきりがない。書きたいモノはいくつもある。といふより、知らないから皆書きたくなるのである。それではきりがない。「王朝ブランド品」は実に豊富であつたと最後に書いておく。その豊富さを眼前に見せてくれるのが本書である。おもしろいことはおもしろいが……。

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    2023年12月16日
  • 唐物の文化史 舶来品からみた日本

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    「日本の文化や社会において、“唐物”と呼ばれる舶来品がどのように受容されてきたのか」を考察する一冊。興味深い内容だったが、初版が2014年なので現在(2022年)ではやや古い学説を用いた箇所が幾つかあった。

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    2022年07月13日
  • 唐物の文化史 舶来品からみた日本

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    「からもの」から見た日本史という着眼点がいいよね。
    審美眼とはいいますが、昔から尚古趣味があったといいますから、本当の芸術性を見極めるのは難しい。
    文化装置であり、威信財であった「輸入物」という観点も珍しくはありませんが、それなりに納得。

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    2014年04月19日