2008年9月に文藝春秋から出た指揮者・朝比奈隆(1908-2001)の評伝の文庫化。
朝比奈隆という日本を代表する指揮者の生涯は、とてつもなく長い。
すでに戦前から京大オケ、大阪中央放送局オケさらには上海、ハルビンのオケと指揮者としてのキャリアをスタートさせていた。
そして、戦後にあっては大フィ
...続きを読むルの設立、育成・発展に尽力すること半世紀。
本書はその出生の秘密から紐解き、朝比奈の暗い生い立ちを描く。朝比奈自身が父母に対して複雑な思いを抱くのは分かるが、それをさらに投射するように息子の千足が父への思いを吐露している。家族に対して愛情を注ぎきれない朝比奈隆の内面である。
一方、表の姿である指揮者としての朝比奈の活躍を支えたのが、東京高校や京都帝大時代の豊富な人脈であったのは、本書で最も興味深かった。ことオーケストラの運営には莫大な費用がかかるものだが、それを引っ張ってくる才能は音楽的な技量とは全く違う次元である。しかし、朝比奈にはその才能が備わっていた。
朝比奈の音楽性は「緻密」とは全く疎遠なものであった。どちらかと言えば、曲の勢いとかスケール感に乗っかっている音作りである。指揮ぶりについても、映像を見ればわかるが、楽団員の証言にもあるように大まかなものに過ぎない。
まして、オーケストラの楽隊に対しては独裁的であり、1980年代末から90年代初頭には組合からの突き上げをくらってストまで打たれて。
そのような素人的な指揮者がこれほどまでに長く指揮台立ち続けられたのはなぜだろうか?
演奏録音だけではなく、その生き様から見えてくることもある。