「禅とは、あるがままの自分を取り戻し、幸せに生きる方法」
仏様は
「如来」
→ 「さとりの世界に安住する者」という意味で、釈迦如来、阿弥陀如来、薬師如来
「菩薩」
→ 、「さとりの一歩手前の修行者」、あるいは、「さとりを得たあともこの世にとどまり、人々を救いつづける者」をいい、文殊菩薩、観音菩薩
...続きを読む、弥勒菩薩
「明王」
→ 人々を仏法に導くために如来が化身した仏様です。不動明王、愛染明王など
「天」
→ 仏法の守護神です。古代インドの神々といわれ、帝釈天(インドラ神)、四天王、大黒天、弁才(財)天、鬼子母神などが
の四種類に大別
今やるべきことを全力で行なう、これが後悔のない生き方
■お釈迦様の教え
・「縁起」の法則
→すべてのものごとは原因があって起こった結果であり、その結果が原因となってまた別の結果を生む
・人間を苦しめている原因
→無明(無知のこと
諸行無常
→この世のすべてはたえず変化し、影響し合っている。
諸法無我
→何ひとつとして、独立して存在するものはない。
涅槃寂静
→ものごとを自分の思いどおりにしたいという執着の気持ちを捨てた、さとりの境地はやすらかなもの
全ての人が救われなければ人は幸せになれない
→すべては、影響しあっているから
大乗仏教
→日本
上座部仏教
→インド、スリランカ、タイ
般若心経
→空の境地を解いたお経
空とは?
→こだわらないこと、とらわれないこと
禅から生まれた言葉
億劫→元は気の遠くなるような長い時間のことから
我慢→元は己に慢心すること、こら我慢を抑え込もうとしたことから
出世→本来お釈迦様がこの世に出現したこと
挨拶→挨も拶も迫るという意味、前では隣り合うものに手を合わせて拝み合いお辞儀をしたことから
葛藤→悟りについて色々と考え巡らすことをカズラや藤の枝が絡み合うのに例えて葛藤と言った
玄関→さとり(玄妙)への入り口を、意味する
言語道断→ さとりの境地は言葉(道)では表すことができないという意味、転じて、言葉にできないほど酷いこと
主人公→「仏心を持つ本来の自己」という意味
座禅はまさに主人公に出会う修行。転じて物語の中心人物
自業自得→そのまま
知事→中国の重役のこと
■座禅
道元の教え
「只管打坐──ただひたすら坐りなさい」
坐禅をするときのポイントは、
調身(姿勢を調える)、
調息(呼吸を調える)、
調心(心を調える)の三点
■道元の言葉
濁りなき 心の水に すむ月は 波も砕けて 光とぞなる
どのような場合でも柔和な気持ち態度で
物事に接しましょう
思いやりの言葉をかけられると
思わず微笑んで嬉しくなります
間接的に、思いやりの言葉を聞いたときには、
魂に響くものです
人の心には、もともと善悪というものはありません。善人になるのも、悪人になるのも、あなた次第です。
昔の人が言っています
「霧の中を歩いているとしらないうちに衣服が湿る」と、それと同様に、善人に親しめば、知らないうちに自分も善人になっているものです。
原石は磨くことで宝石になります。
人は磨かれることで立派な人間になります。
■お墓
卒塔婆(板塔婆)
→ストゥーパから来ている
→五重塔などになり、その形を模した板となった"