中村佐喜子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
老兄妹がじぶんたちのために孤児の男の子を引き取る手はずだったが、
やってきた子は女の子。
妹が「役に立たない」といやがるも、
よくわからないながらもその女の子を気にいった兄のマシュウが
「わしらがあの子の役に立つかもしれないよ」というところから始まっていく。
アニメ化されていたり、
名作として認識している作品ではありましたが、
「子供向けにすぎるのではないか?」だとか、
「昔の物語だし?」だとか、
斜にかまえてなかなか読む機会がなかった本書。
『花子とアン』の影響などはまったくないのですけれども、
なんだか気が向いて、本屋さんで手に取っていたのでした。
それで、読んでみたら、もうおもしろくてしかたないです。
第二章からのアンのおしゃべりの中身から、
彼女のきらきらして快活な内面が
うかがい知れるようになっていて気持ちのいい読書感覚。
こころのセンシティブな所って
普段傷つかないように、
外界に触れないよう気をつけて生活するものだけれど、
今回の読書に関しては、
その繊細な部分でなぞって読めるかのよう。
また、脇役たちも、なかなか筋の通ったキャラクターをしていました。
たとえば、リンド夫人などは、
「期待はしないものだ、そのほうが、失望しなくていい」
と、村上龍さんのようなことを言います。
また、アンが言っていたのですけれど、
たとえば豪奢な家具調度にかこまれて
モノに満たされた生活をしていると、
想像力がいらなくなってしまう。
貧乏人のひとつのなぐさめは、
想像するものがいっぱいあるということ。
なるほど、と思います。
11歳から16歳くらいまでのアンが描かれています。
子どもから、大人になるまでの女の子の様子、
それも才媛としてきらめいていく様子(幾度と失敗しながら)は、
読んでいると、胸に感じられるアンや周囲の人たちの豊かな人間性に、
自分の人生に不足しているものが
補給されていくようにすら感じさせられました。
今回読んだのは、角川文庫のもので、420ページくらいでした。
もともとの文章が素晴らしいのでしょうけれども、
翻訳文もよかったです。
おすすめですね。
さすがの名作で、ご満悦です。
また、アンってその後もあって、
10巻くらいのシリーズだったんですね。
全部読みたくなります。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ『赤毛のアン』は小さい頃、日曜日の夜にやってたアニメで見たのよね~。
って言ったら年ばれちゃうけど、『フランダースの犬』とか『アルプスの少女ハイジ』とかも見て、いつも泣いてた。
アニメとしてしか知らなかったけど、実際に小説を読んだのはこれが始めて。
OLしてた頃、本屋さんで手に取ったことあるけど、あまりの字の細かさと多さに買うのやめたこともある。。。(苦笑)
で、何十年目にしてとうとう読みました。
すーーーーごい良かった。
なんかね、心と頭がリフレッシュできた。
こんなに字数が多いのに話に最初から入り込めて、毎日「アンの世界」に入り込むのが楽しかった。
Anneの空想好きで、ちょっとおっちょこちょいでいろいろ騒動を起こすけぢ、何事にもへこたれない一途な性格。読んでて、自分の小さいころに似てると思った。あんなに喋りはしなかったけどね~。
口下手で働き者のマシュー。でも、アンにはいつも優しい言葉をかけるのね。最後、マシューが死ぬ前日に、「わしの娘だ、わしの自慢の娘だからな」って言うとこ、も~~~涙なしには読めなかった。今でも思い出すと泣ける。
そして、マリラ。アンのことをすごい愛してるのに、人を愛することに慣れてなく、ついアンに冷たい口調になってしまうの。そうそう。アニメで見たときも、「こんな冷たい人とクラスなんてアンがかわいそう」と子供ごころに思ったな~。でもね、本を読んでみると、マリラ、そんなに冷たく思えなかったよ。マリラはマリラなりに精一杯の愛情表現をしてたと思う。
最後、アンが自分の進学の道を断念してマリラと生きていくことを選択したとき、初めてマリラが殻を破れた感じで、ほんとよかった。
実はこの本を読んでたとき、ちょっと落ち込んでたんだよね~。でも、今まで忘れてた何か、落としていった何かを取り戻したように元気になった。
ほんと心が浄化された一冊でした。 -
Posted by ブクログ
新潮文庫版でシリーズ全10冊持っていますが、
あずまきよひこさんの表紙にひかれて新たに購入。
考えてみれば新潮文庫版を買い揃えたのは20年近く前・・・。
何度も読んでいるのでお話はわかっていますが、
何度読んでも面白い。
美しい景色と、ユーモアに溢れた出来事。
約100年前の生活を想像するのも楽しい。
固有名詞の訳は新潮文庫版の方が慣れているし好きです。
あと、ときどき不自然な日本語がでてくる
(「楽しいでしたかね」「楽しいでしたわ」など)のが気になりました。
訳されたのも50年以上前なので、
その当時としては普通の言葉遣いだったのでしょうか・・・? -
Posted by ブクログ
タイトルを知っているけど、読んだことなかった本。
なぜ、今まで読んでなかったのか、疑問に思うくらい
読んでみて、よかったと思いました。
小学生や中学生でも読める内容ですが、
大人になってから読んでも、おもしろいです。
(小・中学生の頃に読んでないので、比べようがありませんが・・・)
何がおもしろいって、主人公の「アン」の天真爛漫なところ。
そして、成長していく姿。周囲の人々との関わり合い。
一番の見所は、「アン」の口達者なところ。
テンポ良く、いろんなエピソードの話へ切り替わっていき、
読んでいて楽しい、という表現がぴったりな本だと思います。 -
Posted by ブクログ
この作品は一言で言えば、元孤児のおてんば娘アンネとその家族や仲間達が織り成す、感動ストーリーである。
カスバァト兄妹は自分達の営んでいる畑の働き手となる男の子を孤児院から引き取ることになっていた。しかしやって来たのは、本作の主人公であるアンネだったというところから物語は始まる。
マシュウ・カスバァトはアンネを引き取ることに好意的だった。そこで否定的だったマリラ・カスバァトを有無を言わさぬ態度で説得し、アンネを育てることを決めた。そして次第にマリラも彼女の魅力に気づき、慈しむようになる。
その他にも様々な個性的なキャラクター達が登場し、話を盛り上げていく。そのなかでも、アンネの「心友」(親友)ダイアナは、共に空想話に花を咲かせられる程の仲良し。話のなかで、一度その仲が切り離されるが、アンネの活躍により復縁する。
この話のキーポイントは、アンネの成長と家族の変化である。
アンネは話のなかで数多くの失敗をする。しかしその失敗から反省し、精神的に成長する姿が描かれている。
また最初のマリラとアンネの関係は言うなれば、主人と使用人のようである。この関係が本当の家族のように、お互いにかけがえのない存在になっていく姿は必見だ。
ラストは感動間違いなし!ただし他のところに比べると、かなりあっさりと書かれているような気がする。そこが残念でならない。
また中盤は思わずクスッと笑ってしまう展開が何度もある。そのパターンが続き、ちょっと退屈するかもしれない。だが感動のラストを味わうために、我慢して読んでほしい。
家族について、子どもの可能性について深く考えさせられる作品である。
NHKの朝ドラをきっかけに、(翻訳家は異なるが)作品もぜひ読んでみてほしい。 -
Posted by ブクログ
「あの頃は悩みがなくて良かった」なんて言う人はいるけど、物心ついたときから、思考が止まることはなかった気がする。アンが赤毛を気にしたように、「○○子」と言う自分の名前を妙に気にしたこともあったし、アンが妖精を空想したように、ポケモンがそこの草むらにいたら…と想像して遊んだことがあった。そんなことが無駄だとは、ちっとも思わなかったし、想像を膨らますことへの抵抗感なんか全く抱かなかった。
表紙のイラストに惹かれて思わず買っちゃった本です。本書はアン教師になるところまでですが、あとがきには続編があると書いてありました。んー、すぐにでも読みたいような、想像の余地を残していたいような…。 -
Posted by ブクログ
エヴォンリーをはじめとする、自然の移ろい、そこに広がる豊かな風景の描写がとにかく美しい。
世界はこんなに素晴らしいんだなあ、と、思う。
それと想像力の素晴らしさにも。
ダイヤモンドで着飾った貴婦人になるよりも、グリーン・ゲイブルズのアン・シャーリーであることに幸せを感じる。
このくだりがたまらなく好きで、
それだけに、この後の展開が一層深みを増す。
子供向けの本でハイライトは知っていたけれど、ストーリーだけでは分からない良さが沢山凝縮された本でした。
あと、ギルバートとアンの関係の変化がとても好きだ。
どうなるかと思ったけど、あの終わりでとてもほっこりした。 -
Posted by ブクログ
とにかくおしゃべりなアン。
妄想がすごくて、でもその妄想はとてもHappyなもので、
そして彼女は自然のすばらしさと周りの人達を愛する優しい心を持っている。
この物語は、アンのおしゃべり以外にも会話が多い。
マリラがアンを怒るときの「アン・シャーリイ!」って叫びや、
リンド婦人のつぶやき、なかでも
「ところが、マシュウがそれに気づくとは、まあ!
あの男も、六十年以上眠ってたあげく、めざめかけたんだよ」ってところが私は好きだな。
多分こんな言い方なんだろうな、っていうのが勝手に私の中で決まっているから。
私も妄想家じゃ(笑)
物語はアンが思春期を迎えた頃から大きく動く。
マシュウが死んでしまった時から、私は涙が止まらなかった。
最後、アンとマシュウとマリラは本物の「家族」になった。
涙は止まらずとも、私の涙は悲しいだけのものから、幸せでいっぱいな涙に変わった。