山脇智志のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
プログラミングとは何か、プログラミングで何ができるか?を導入に日本のプログラミング教育の過去、現在、未来を解説。また、とても素晴らしい地域創生や街角でのプログラミング教育の実態もとても興味深く読みました。そして、2020年からの学習指導要領等本書によると、どうやら政府は本気でITのプロフェッショナルを養成していこうとしているのが読み取れます。
零細IT企業で未経験者からITエンジニアを育てた(偉そう^^;)経験から言わせて貰うと、プログラミング教育はそれほど難しくないのです。むしろビッグデータ、人工知能に向けての数学(確率統計、微分積分等)の知識が圧倒的に不足していて、こちらの方が、学んだり、教えたりすることがとても大変です。本気でIT立国を目指すなら、数学教育の充実、先ずは数IIIを必須にしろやと言いたい! -
Posted by ブクログ
ネタバレ今年初の五つ星評価。
筆者が言いたいことは次のとおり。
「ソーシャルメディアはあなたが参加しようとしまいと、とにかく始まってしまっている。社交性(ソーシャル性)を持ち合わせた人は、この新しいテクノロジーを活用してさっさと自分のつながりをもっと強化していくだろう。あなたは2つの選択肢の前に立たされている。「妨害者となるか」(邪魔をするか)あるいは、「遅れずに参加するか」(乗船するか)だ。」(p215)
そのほか、
・ソーシャルメディアはマーケティング用途と同じくらい、学習に対しても有効(p4)
・ソーシャルラーニングは人々の仕事の進め方を根本から変える(p18)
・ソーシャルラーニングは情報共有、コラボレーション、自律的な協調作業が中心となる(p41)
・生活と仕事の境界線が薄くなるにつれ、(マイクロシェアリング)ツールの活用は忠誠心と生産性の両方の向上につながる(p121)
・マイクロシェアリングの鍵は自分の情報のアップデート(更新)である(p123)
・マイクロシェアリングは(中略)有言実行のツール(p137)
などなど、facebookを初めて1年あまりの私にとっては腑に落ちる言葉がいくつもある。
また、各章に「批判の声に答える」や「お勧めのアプローチ」があり実践的な内容でもある。
今後何度も目をとおす本になるだろう。 -
Posted by ブクログ
いわゆる、語学を教えあうLang-8みたいな、そういう類のSNSの紹介、または使い方のマニュアル的なものを想像していたが、かなり違っていたようだ。
「ソーシャルラーニング」とタイトルされてはいるが、SNS上で「学習」する、という意味ではなく、SNS・または集合知をうまくつかって情報を効率的にPULL(引き出して)していこう、そのための心構えや大企業等での採用例を紹介している本である。
「つながっていることがデフォルト」の世代が主役になるこれからの時代。
「わからなければ聞きに来い」という我々を含むそれより前の世代の考え方のままでは生きて行けない。
「わたしはこんなことを知っている」をどんどんシェアしてもらうこと。
こうして出来たつながりが引いては自分に返ってくる。
『情けは人の為ならず』を、身の回り、身近な人にだけでなく、ネットを介して世界レベルでそれを実現させる。またそうなりたい、と突き動かされる内容でもある。 -
Posted by ブクログ
本書は、ソーシャルメディアを利用した「学び」の体型(ソーシャルラーニング)の提案。
このソーシャルラーニングを企業や様々な組織に導入することで、新たな研修の形を生むことだけではく、自発的な学習を促すツールとしても多くの可能性があると言っています。
僕が主催している勉強会でも、メンバーの日頃の学習をサポートする目的で、TwitterやFacebookを利用しているので、本書であがっているソーシャルラーニングの意味やその効果は非常に理解できるものでした。
より効率良く生きるためには、多くの情報を集め、その複雑な概念を理解しなければなりません。
しかし、情報過多と言われるこの時代、もはやそれは、1人単独で行えるものではなくなってきています。
だからこそ、ソーシャルラーニングという考え方が必要になるわけです。
リアルタイムで多くの知恵を集結させ、問題を解決する。そして、その過程を多くの人で共有することで、経験をシェアする。
これにより、1人で行なうよりも何倍もの学習効果を生み出す。
これからは、学校教育や企業研修でも、このソーシャルラーニングが当たり前になるかもしれません。
そんな可能性を本書を読んで感じました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレSNSの普及は、私たちのコミュニケーションやビジネスだけでなく、学びのスタイルも変えます。野中郁次郎氏の知識創造プロセス(SECIモデル)に従えば、異なる知識が重なる場があれば知識は生まれるわけです。そしてSNSは間違いなく、その場をバーチャルに増やし、リアルな場をつくるきっかけを与えます。では、どのようにかわるのか。そしてどうかつようしていくべきなのか。私たちがSNSを通じて何を学びとして得れるのか、そんなポイントを「ソーシャル・ラーニング」として整理されているのがこの本です。
以下、要点と解釈の整理です。
○ソーシャル・ラーニングの基本的な考え方
もっとも根本的な考え方は「船にのれ」です。サントリーの言葉を借りるなら「やってみなはれ」、Facebookの言葉を借りるなら「Done is better then parfect」です。ようするに、まずは取り掛かること、試すことが必要ということです。
そしてソーシャル・ラーニングは一人で行うものではありません。しかし、だれか仲間を探さないとできないものでもありません。普及し続けるSNSを利用し、つながりをつくっていくなかで、誰かとかかわりを持ちながら学んでいけばよいのです。これはビッグデータ時代で学びを重ねていくため(ビッグデータを手なづけるため)のアプローチともいえます。
○ソーシャル・ラーニングの特徴
ソーシャル・ラーニングの特徴を整理すると、誰もが今の生活にアドオンして活用できる学びの機会であることが良くわかります。
・誰しもが利用できる
・大学の授業や研修と共存でき、シナジーを生む
・知識を詰め込むのではなく、経験を通じて学び取れる
そして今までよりも
・より多くの情報
・より多くの接点
・より幅のある広がり
を学びに提供するものでもあります。
このとき、学びのメカニズムを整理すると、学びの効果の大半を占める経験部分をソーシャル・ラーニングが補完することもわかります。
・70%は経験を通じて得られる
・20%は他社からの指摘によって得られる
・10%は知識を詰め込むこと(大学の授業や企業研修)で得られる
学びを、知識と経験により情報を取り込み新たな変革を生み出すもの、と定義するのであれば、ソーシャル・ラーニングが経験という側面から非常に高い学びの効果をもたらすことが期待できるわけです。
○ソーシャル・ラーニングのアプローチ
ソーシャル・ラーニングのアプローチは、目的や利用するサービスによって多少違いがありますが、ポイントは変わりません。まず何より、楽しむこと。楽しくなければ継続することは困難です。
その上で、
・できることから始める(無理はしない)
・互いを歓迎し、敬意を払う
・情報を発信する
・相手からの情報に傾聴する
・シンプルに、わかりやすく
といったところを念頭に置き、特定のトピックスに対してソーシャルを通じてコミュニケーションを重ねていくことが必要になるのです。
また、ソーシャル・ラーニングの実施ガイドラインといて
・情報の透明性 : 参加者に対して情報が明確に伝えられること
・情報の保護 : 個人情報等の管理
・相手への敬意 : 互いの権利を守り、尊厳を守る
・責任範囲 : ツール利用は個々人の責任において利用する
・貢献・目的 : 何が得られるのか、何に貢献すべきなのかを明確にする
などを明らかにしてアプローチすることで、より高い効果を得ることが可能になります。 -
Posted by ブクログ
ネタバレプログラミング教育ではコーディングとかあまりやらない。教養としてプログラミングの考え方を身につけさせます。
プログラミング教育のことを優しく解説してくれる。けれど、ちょっと風呂敷を広げてる感じかなぁ。クリティカルじゃないと感じられる。
でも、いろんな意味でプログラミング学習が大事ってことが知れるから、良い。
結局、人間は生きている中で自然と自分をプログラミングしているんだよね。それを自覚していないだけ。それを自覚させることがプログラミング教育では重要なのかな。
プログラミングって家事をする人にとって重要な教養だと思った。料理をするときに、順序をきちんと考えてから調理をすれば時間も短縮できるし、味付けの失敗も少ない。掃除も、順序が大事である。
だから、プログラミングによるアルゴリズムトレーニングってのは「家庭科」で大いに生かせるんじゃないかと思っている。だから、料理の手順をアルゴリズムトレーニングできる学習アプリって需要あるんじゃないかと思う。 -
Posted by ブクログ
ソーシャルラーニングといわれるとなにか身構えてしまうが、そもそも学ぶとかどういうことなのかを考えさせられる本。本著に書かれているのはblogを使う意味、マイクロシェアリング(Twitterのようなマイクロブログ)を使う意義、ウィキの有効性など単体で捉えると、知っていることばかりを勧められるように感じる。しかし、その背後にあるソーシャルであることで、間違った概念を指摘しあったり、ちょっとした疑問を答えてくれたり、今までは教室や講義室など大きな空間ででしかできなかったことが、IT空間で広がることで新たな学びの可能性を指摘してくれているようにも感じるのだ。
もしかしたら教育空間というのは今後企業や学校という単位ではなく、世代や空間を越えて共有する知的空間こそ学びが実践されるのではないかと思う。ダイレクトな指摘はないが、そういう思考をこの本の向こう側で行いたいという思わせる中身だ。