西谷修のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「隷属への道」に続く隷従シリーズ。この本が描かれたのは16世紀のフランス。まだ民主主義など遠い理想でしかなかった時代のものだが、今の時代にも当てはまることが多くて何やら冷んやりする。「自発的に隷従する」というのは単語としても矛盾しているが、状態をよく表しているとも言える。つまり、指導者たるものの何らかの魔力に惹かれ、あるいは無気力となり、悪に耐え、善を希求する力を失う。第一世代はまだ闘争の記憶を持つが、世代を経るごとに疑問もなく隷従するし先人が強制されていたことを疑いなく進んで行うようになる。言われてみると、国、企業などに隷従していないか。日米関係は?など、しっかり考えるべきことが多いことに気づかされる。著者は、人間は、自由でありたいという本性と、従いたいという第二の本性を持つからだと指摘する。こうなることを防ぐ手立てとして「友愛」を掲げている。あと、知識というか学びも必要なんだろうなあ。
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Posted by ブクログ
借りたもの。
17世紀半ば~現代の“戦争”の概念の変容を歴史の流れから理解するには良いと思う。
現代のテロ事件の根底にあるものが、歴史の中で連綿と受け継がれているわだかまりである事が理解できよう。
よく言われる「狩猟民族の発想が戦争を引き起こす」ではなく、「農耕による定住と蓄えが、その集団内部で管理や分配に関する争いが生まれる」という視点に、「狩猟民族が扱うものは、そのまま武器となる」という先入観でしかないという事に気づかされる。(農具である鍬・鋤や手鎌も武器になり得るのだから)
戦争の定義――人と人がかかわる限り争いは必ずあるものだが、殺人が解禁されるという究極的な非常時への言及から、それが近現代の国家間戦争へと規模が大きくなったことを簡単にまとめている。
無法状態と思われる戦争にも“法”があることなど。
ウェストファリア体制について。
そこから見出されるものは、「国とは何か」「平和とは何か」という秩序の根本を問うものだった。
一定の領土と領民を有し一元的な国王=国家という体制の主権国家の成立から、和平と相互承認秩序によって成り立っている。
ただ、著者は軍事力とは異なる“もの”で平和を守るのか、明言はしていない。
911テロが、アメリカにとって「カミカゼ」の再来のようなものであったという指摘は腑に落ちる。
自殺攻撃という「狂気」――「生存への執着」「存在への固執」「自己保存の原理」という意味の「コナトゥス」という西洋哲学からくるもので、それは「善」ではない、すなわち「悪」――への怒り、拒絶があるという視点は、目から鱗だった。
イスラーム過激派の手段が、戦時中の日本に似ていると……確かに終戦間際は未熟な兵を起用していたのかもしれない。しかし、女性や子供、被戦闘員に爆弾を巻き付けるというそれは、果たして同義なのか?
死んでしまった人達から、真意を聞くことはできないのだが……
本書の最後で、“日本を再び戦争をする国にしようとする人たちが理想とするのはそういう国でしょう(p.181)”は、話が飛躍しすぎているように思えた。
その理由がロジカルに書かれていない。
感情論だった。
この国の為政者が軍をどうしたいのか、著者も誰も、理解していないという印象が強くなっただけだった。
日本の戦後反省とは、必ずしも過去にたち戻るものではないと思う。
それすら、私が信じているものに過ぎないのかもしれないが……