堀栄三のレビュー一覧
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情報があふれる時代に生きる私たちは果たして本当に情報を活用できているのだろうか。かつて日本は「情報なき国家の悲劇」を味わった。大本営参謀だった堀栄三は自らの経験をもとに戦局を誤った背景には情報の軽視があったと指摘する。
彼が重視したのは敵の行動から実態を読み取る「状況判断」だった。しかし当時の日本軍は根拠なき精神論に頼り冷静な分析を怠った。その結果戦局は悪化し敗戦へと向かう。
情報が多いだけでは意味がない。大切なのは正しい情報を選び活用する力だ。
現代もまた情報戦の時代である。膨大な情報に振り回されず本質を見極める目を養うことが求められている。
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得るところの多い本だった。
「情報は手取り足取り教えてもらうものではなく、自ら学び取るもの」という筆者の考え方は厳しい。情報の収集と分析、レポートを業務としている自分としても、改めて痛感せざるを得ない。情報軽視が組織を滅ぼすという主張もその通りだろう。現状認識すら出来ずに散った歴史上の人物も多い。
情報が難しい仕事であるのは確かで、だからこそ重視され、優秀な人物を当てなければならない。向き不向きもあるだろうし、楽に答えを得られないことへの忍耐も必要だろう。
本としては、随所で筆者が「制限のある中で自分はよくやった」と言うのではなく、「十分な仕事ができなくて悲しい」と言うのが印象的だった。 -
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著者の堀栄三は太平洋戦争時に大本営陸軍部参謀として情報業務に携わった経歴を持つ人物で、本書は著者の実体験をもとに、情報との関わり方が書かれている。この本を読むと、情報収集のプロでさえも、必ずしも正常な判断を下せるわけではないこと、また時には職人芸のように肌感覚で正しい情報を得るという、非常に神経をすり減らす仕事だと理解できる。
本書で気になった箇所をいくつか取り上げると、まず土肥原賢二の人物像である。著者が陸軍大学校入試で悩んだ際に、著者の父親である堀丈夫が土肥原の私邸を訪問するよう勧めて、実際に私邸を訪ねた。そのとき、土肥原は特におごり高ぶることなく対等な関係で、著者に戦術のあり方を説い -
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相当面白い。自明と思っていた考え方を揺さぶられる。
本書は、二次大戦中、日本陸軍の大本営で情報部に勤務し、戦後自衛隊の情報室長も務めた著者による、日本の弱い情報戦略に関する歴史ノンフィクションといえる。話の中心は、情報戦略の観点でなぜ日本が米国に敗戦したかの歴史的分析であるが、それだけではなく、情報を収集し審査する考え方、情報の活用法とその具体例、また歴史的分析に紐付く具体的な戦中のエピソードなど、単なる学問的な本とは一線を画す面白い話が読める。国防にせよ企業の知的財産権にせよ、自分の思う以上に情報をめぐる激しい戦いが行われている可能性が高い、と危機感を持たされる本であった。自分が著者と同じ立 -
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名著中の名著。先人のや遺言として何度も噛み締めたい。
クラウゼビィッツの制高点を飛行機という文明の技術で作ろうと米国は考えたとのこと。高いとは、どういうことか?物理的、精神的など意味を拡張できる。サイバー空間での高いとは?自分からは見えて、相手から見えない状態を作り出す。
エビデンス、数字に基づく作戦立案の重要性。
明確な戦略を描く。敵国に勝つ、一番になるだけでなく、その先の状態を明確に設定する。
戦略の失敗は、戦術や戦闘では取り返せない。
補給の重要性、システムとして、完全な最前線を構築する。
相手の立場に立って、作戦立案する。
技術や物量に、精神や人員の消耗で対抗しようとするのは、今も昔 -
購入済み
情報軽視の問題は今も変わらずか
情報の軽視が、太平洋戦争で日本に何をもたらしたかが、部外者の分析ではなく、情報職人だった著者本人により、克明に記された名著。組織での情報軽視、情報を扱う人への軽視が、国や軍隊だけで無く、企業やあらゆる組織に何をもたらすかについて、深く考えさせる。
孫子の兵法にも、情報、間=諜報員の将による重用こそ戦の肝と書かれているが、意思決定、戦略決定の鍵を握る情報の重用、不確かな中で如何に少しでも確からしい情報を導くかの戒め、教科書として、何度も読み返したい。 -
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ネタバレちょっとメモ:著者が陸軍入営前、著者の父君と部下の話で「やはり山本(五十六)が癌か」って会話があって度肝を抜かれるほど意外だった。なんでも戦前既に航続力の短い陸軍機と長い海軍機を統合して適材適所で運用する空軍を作る計画が進行中だったのだあと一歩のところで山本が潰したのだという。
ちょっとメモ2:本書後半、筆者もまめ知識として話しているもの。軍や警察で手を顔の横に持ってくる敬礼の由来。フルアーマーの甲冑を身に着けた騎士が城(ブルク)へ戻ったとき国王や領主に報告するときバイザーを上げるときの仕草がもとになったという。それを上げないと顔がわからないゆえ。