広田照幸のレビュー一覧
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馬を水飲み場に連れて行く事は出来るが、
水を飲ませる事は出来ない。
好きなことわざ。
学校が好きじゃない次男の事だけ考えると、
個別最適化でいいじゃない、
通学する必要ってあるの?と思ってしまうけど、
学校がなければ学習機会が得られない子供、
というのも確かにいるだろうなあ。
集団でいる事が苦痛、という子供もいるだろうけど。
オプションがいろいろあるといいのかなぁ。
登校すべき子が来なくなったりしちゃうだろうか。
道徳は教えるのが難しいけど、
頑張ってる授業はあるな、と思う。
劇にしてロールプレイやらせるとか、
現場は工夫してて感心しています。
むしろ大人の道徳教育が必要かも、と時々思う。
個人的に犯罪者の再犯防止のための教育は、
本当に研究進めてほしい。
フランスでは3歳から義務教育。
ってどこかで読んだ。移民については2歳半からで、フランス語と文化を早い内に身につけさせるって。
ドイツのサッカークラブは
二学年毎のまとまりでチーム作って練習させるって。上下関係で下の学年の子が不利にならない様な配慮。実戦経験が積めるらしい。
みんなあれこれ工夫してる。
知見を集めてより良い方向に行けるといい。
その準備をするために必要なのが学校ってこと?
長い廊下はつまらないけどね、確かに。
読みたい関連本が増えました。
憲法前文も全文きちんと読みたいです。
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Posted by ブクログ
最後にある「第七章 身のまわりの世界とグローバルな世界」の部分は抽象度が高く具体例がいまいちピンときませんでしたが、それまでの部分は説得力のある議論が展開されていました。
ちくまプリマ―新書として中高生も手に取ることを想定した話し言葉での語り口は読みやすく、「学校の勉強は意味ない」と考える/感じる中高生にとって、目を開かされるきっかけになるのではないかと思います。
その意味でも、タイトルもセンスがあると思いました。
学校で各教科の勉強をする目的を、漠然とした、「将来の選択肢を広げるため」という言葉で説明するのではなく、「学校」という教育機関の仕組みがどのような背景で成立してきたのかというところから紐解いて解説されていることも好感が持てました。
その他にも現代の教育が抱える課題について取り上げたトピックも多く、特に「教育の個別最適化」をめぐる議論は何となく感覚的に疑問を抱いていたところが言語化されていてとても参考になりました。 -
Posted by ブクログ
・「教育とはかくあるべき」という期待や願望を、教育の定義(教育とは何か)の中に盛り込んでしまうという方法的態度である p6
・教育とは、誰かが意図的に、他者の学習を組織化しようとすることである p9
・(教育とは)目の前の出来事を別の次元で概念的にとらえなおそうとする「メタ思考」の次元の言葉なのである p12
・私は、近代の教育思想の一つの源流を、社会の改革や変化をプログラム的に計画しようとする思想に求めることができるのではないかと考えている p16
・一九世紀の一〇〇年の間に、教師の仕事は以前とは比べ物にならないほど、微妙で複雑なものになった。
・つまり、規範を語ろうとすると、教育科学を踏みこえねばならないのである。
・実践的教育学と教育科学の整理 p52
・技術知とは、硬い表現でいえば、手段の合理化の追求に特化した知である。ー 反省知としての教育学は、既存の現実や現実認識を相対化する知である。 p56
・ただ、教師になる人が個人としてもっている実践理論や、現場の教師たちが集団的に共有している実践理論は、狭くて危うい p61
・教育は、他者に対する行為であるかぎり、結末は予見しきれない確率論的な「賭け」なのである。 p70
・社会の変動の中で教育目的論の練り直しが必要になってきたにもかかわらず、現代の教育学者は、実践的教育学の規範の部分に真正面から取り組むのを避けてきたりその空隙は、教育の実情をよく知らない外部者たちによって埋められてしまったわけである。それが近年の状況である。そして、その結果生じているのが、経済や政治への教育の従属、という事態である。 p118 -
Posted by ブクログ
学校教育の目的について再確認できたし、学校教育の役割や孕んでいる問題などについて新たな視点も得られた。
第3章『知識と経験』は共感できる部分が多く、生徒、学生側が読んでくれたら最高だなと思ったけど、まず読まないだろうな。
日常経験からかけ離れたことを記号などを通して学ぶから、学校は退屈。だけど、日常経験から離れているからこそ、学ぶ価値がある。
第5章『平等と卓越』で書かれている、教育が目指す所で生じる矛盾というか、ジレンマみたいなものは、永遠のテーマかもしれない。
中高生はなかなかこの本は手に取らないかもだけど、保護者の立場の方が読んでくれたら、「教師って色々考えてやってんだなー」くらいは思ってくれるかな。
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ネタバレ読みやすい、分かりやすい。そして、時事ネタも。
・教育とは、誰かが意図的に、他者の学習を組織化しようとすること。
・条文より…素案は「人格の完成」ではなく「人間性の開発」だった。「一人ひとりが未来の新しい社会を作り出していく主人公のような存在になること」が目指されている。
・「偏向」よりも「教育内容の過度の画一化」の方こそ警戒すべき。
・学校は、この世界がどうなっているかということを、言葉や記号を使って子どもたちに学ばせる役割を果たす。
・高卒で仕事ができる人は、自分でお手本となる人を見つけて成長できる。経験から学ぶ人。大卒の人は、自分で勉強をする人が、仕事ができる人になっていく。
・精神的な距離が遠くなると道徳的無関心が生じる。
・AIが導き出した最適解を拒否することの正当性を主張する論拠を提示することは、困難になるはず。 -
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私が学んでいた高等教育や大学政策は、どうも教育学の中でもかなり外れに位置しているようだ。また学問としての「教育学」には、おおよその範囲があることがわかった。隣接する学問としては心理学・医学・社会学だった。こうしたディシプリン間の関連を、ミクロ―マクロ、学問志向―教職志向で整理した田中による図表を用いて、教育学を概括した。大きく分けて、教師養成のための技術の開発と、教育を通じた人間・社会の考察という2つから、この学問は発達したとしている。そしてこれらの本流は教育と学習の結びつき方の検討にある。またこうした教育学を分類する方法は、技術知と反省知という区分もある。入門書としてとてもわかりやすい内容だった。
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Posted by ブクログ
ネタバレタイトル通り、日本人のしつけ観をまとめた一冊です。
大まかな流れとして、子供のしつけの責任所在は
①周囲の環境
②学校
③学校と家庭(主に親)
④家庭(主に親)
と変遷してきたようです。
その背景には高度経済成長による貧困層の縮小及びそれに付随する親たちの余暇時間の増加
としています。今の親たちはしつけがなっていない、等の世間的イメージや、
昔は良かったとする懐古主義を否定し、
寧ろこんなにも教育熱心になった親たち(子供のしつけは親に責任がある)が
『熱心にならざるを得ない』逼塞した状態になっていると反論しています。
少年の凶悪事件についても、マクロ的に見れば激減していて世間が過剰反応を起こしている。
また凶悪事件も昔から多数存在していたと報告しています。
道徳教育や教師の質の問題等、その問題の捉え方を根本から覆す様は痛快そのもので、
橋本元総理や安倍元総理の教育改革に対し、
言明はせずも暗に否定しています。
この点に関しては山岸俊男氏と共通するものがあり先駆的です。
総じて面白い。
歴史の変遷を踏まえて発言しないと、言葉に重みが無いなぁ~(政治家に対して)と思いました。
歴史を学ぶって、こんなにも重要だなと感心させられました。
内容も良く、新書と呼ぶに相応しい一冊です。 -
Posted by ブクログ
前半は教育学説史、後半は現代の教育学説と社会の関連性のようなもの。
個人的には、後半に強く興味を持った。
ポストモダン以降、「教育の目的」が語り得なくなってしまった。
その教育学の空隙を埋めたのが、政治家やエコノミストの言論である。
彼らの持ち込んだ「経済のための教育」というイデオロギーは、教育に市場原理主義や競争、評価を導入しようとした。
彼らは教育を、「労働者の生産能力を高める手段」と考えている。
また、冷戦の終結により勢いづいた保守派が、教育にナショナリズムや道徳保守主義を導入しようともしている。
そんな中、20世紀初頭の知の巨人デューイが教育の目的について行った議論が、現代にも通じる有益性を持っていることを著者は指摘した。
…詳しくは、本書を読んでみてほしい。