みののレビュー一覧
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Posted by ブクログ
YouTubeで「みのミュージック」という国内外のロックやポップスの解説動画をよく見ている。みのさんのロックやポップスについての愛と知識が半端なく守備範囲も広いので面白いのだが、ある回では「ペリー来航」と日本の音楽の関係について語っていて、「守備範囲どこまで?!」と驚き、この「にほんのうた」の通史についての本を書かれていることを知った。
普通、ロックやポップス専門の方なら日本の大衆音楽の歴史として、せいぜい昭和に入ってからの歴史を書かれるのではないかと思うが、この本ではなんと「縄文時代」から始まっている。出土した縄文時代の楽器を博物館から提供された写真を掲載して説明している。そして明治の前まで約70ページを割いて日本の音楽の歴史を書いている。
飛鳥、奈良時代: 国が必要とする音楽のために置かれた「雅楽寮」(うたまいのつかさ)で「国風歌舞」のほか、中国や朝鮮の音楽や舞も伝承された。
平安時代: 民間の間では長歌、田歌、法門歌、神歌などの「今様」と呼ばれる「流行歌」が流行した。今様を好んだ後白川法皇は、今様をはじめとした雑芸の歌詞をまとめた「梁塵秘抄」を編纂した。
鎌倉時代: 踊り念仏が始まり、「盆踊り」のルーツとなった。
室町時代: 「小歌」と「猿楽」が流行った。それらは1518年に成立した歌謡集「閑吟集」に収められている。
江戸時代: 三味線、箏曲、尺八が普及した。東海道などの道の整備や北前船などの海路の整備に伴って、地方の歌が都に伝わり、都の歌が地方へ伝わった。鎖国していたとはいえ、朝鮮や中国、琉球、アイヌとは交流があったので音楽も伝わった。
そして、明治維新前夜、日本に最初に広く浸透した「洋楽」があった。
それはペリーの来航でもたらされた「軍楽」であった。当時の日本の上層部の人たちは太鼓のリズムによって軍隊がピッと揃うのを見て、軍隊を組織的に動かすには集団行動を均一に維持するためのリズムの重要性を思い知らされたらしい。
明治になり、ボストンで大きなコンサートに足を運んだ岩倉施設団も大観衆の興奮ぶりを「愛国心」の強さと捉え、日本で富国強兵を目指すには、西洋式のドレミファソラシドで表す音楽教育が必要だと言う考えにいたり、小学校で無理矢理五線譜の音楽教育を始め、従来の日本の音曲や歌謡(端歌、小唄、都都逸など)は全て「低俗」だと切り捨てられた。しかし、民衆は簡単には変われず、明治10年ごろには女性による義太夫「娘義太夫」が大流行し、志賀直哉や高浜虚子もファンだったそうだ。娘義太夫が語る物語が佳境を迎えると、客席からは拍手と共に熱狂的なファンが「どうする、どうする」と声をかけるようになり、かれらは「常摺連」と呼ばれ、まるで昭和のころのアイドル親衛隊のようだった。
明治10年代、自由民権運動が始まると民権運動の活動家である「壮士」と呼ばれる若者たちは、政府や警察による干渉を避けるために、演説の一部を歌に変えていった。これが「演説家」つまり「演歌」の先駆けとなったが、昭和のころに登場した歌謡曲の一ジャンルの「演歌」とは全く異なる。最初の壮士節とよばれている「ダイナマイト節」の歌詞を見ると、まるで現代の「ラップ」のようである。やがて添田唖然坊という人によって「演歌」は政治批判だけではなく娯楽にも発展した。社会問題や政治風刺を取り上げた添田唖然坊の歌は1960年代の社会派フォークシンガーへと受け継がれた。
子供のための歌としては文部省により全曲日本人作曲の「尋常小学読本唱歌」が刊行された。それに対して、鈴木三重吉らが刊行した児童文学雑誌「赤い鳥」に載せられた創作詩に曲を付けた「赤い鳥曲譜集」が掲載されるようになった。ここから「赤い鳥小鳥」「十五夜お月さん」」うさぎのダンス」などの童謡が生まれた。
明治の終わりまでで163ページ。全体の3分の1だ。
前書きに「日本の芸術の多くは残念ながら国外から逆輸入的に自信を獲得する傾向があることを指摘したい。つまり、海外の人に褒めていただいて、ようやく自分たちの文化に自信や誇りを持ち始めるのである。」と書かれている。
ロックやポップスの評論をしているみのさんが、日本の音楽を語るのに、遡れるかぎりどの時代も丁寧に同じ熱量で書かれている訳が分かった。
私も今の日本のポップスやロックは一重に洋楽の影響だと思っていたが、実は明治時代の「壮志」が今のラップに似ていたり、添田唖然坊という明治後期から大正時代の演歌師が1960年代のフォークシンガーに影響を与えていたりしていたのだ。
もっと時代は下って、日本でエレキブームの始まった1965念仏には阿波踊りをエレキギターで演奏したアルバムも発表されていた。
時代の流れに沿って読んでみると、日本では「官」が外国に倣い、日本の民衆の音楽は低俗と決めつけたり、「治安が乱れる」といって取り締まったりしてきたが、その圧力に負けずに日本独自のカウンターカルチャーを発展させてきて、今のポップスも技法的には西洋ルーツでも古くからの日本文化を受け継いでいると分かった。だから、日本人はもっと邦楽に自信を持つべきなのだ。
巻末には膨大な量の参考文献が挙げられている。本当に日本の大衆音楽を学究的に突き詰めて書いた大学の講義みたいな本。
まだお若いのに、みのさん、リスペクトしてます。
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Posted by ブクログ
YouTubeチャンネル「みのミュージック」で幅広い音楽知識、アート、社会情勢、テクノロジーの発展から独自の音楽評論を展開し、さらに自らアーティストとして活躍しているみのさんの初書籍!20世紀初頭のブルース、ゴスペル、フォーク、カントリーから90年代のグランジ、ブリットポップまでザクッとコンパクトに解説した内容。巻頭のツリー図やページ下段の重要アーティスト解説も情報の整理や補完にとても役に立ちます!
特に1.英米ロック史の流れとの対比での邦楽ロック史解説、2.現代ポップスでは外せないヒップホップの70年代から80年代の歴史解説の2点は今まであまり無かったポイントで楽しめました!
自分の好きなアーティストのバックボーンの理解やその周辺の掘り下げのため、読んだ後いろいろ聴きたくなる本です❗️YouTube動画もお勧めです‼️
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Posted by ブクログ
80年代まではよくまとまっている。90年代がまだ評価が定まっていない感を受ける。
アメリカの黒人奴隷が歌っていた労働歌のジャンルのひとつ「フィールド・ハラー」が、個人的な感情や欲求を表現するものへ変化してブルースと呼ばれるようになった。一方、奴隷制が廃止されて黒人たちの教会がつくられると、 1920年代にゴスペルが誕生した。 1920年代以降、ブルースのミュージシャンたちがレコードを発売し始めたが、レイス・ミュージックとして差別された。 1941年にテレビ放送が開始されると、ラジオの空いたチャンネル枠で黒人音楽の番組が作られるようになり、 1949年に黒人音楽のヒットチャートができて、リズム&ブルースと改名された。 1950年代には、ゴスペルの歌詞の内容が世俗的なものに変えられたソウルが誕生。 1960年代半ばに、リズムをより強調したファンクが生まれ、 1970年代後半には4つ打ちリズムのディスコが爆発的なブームになった。また、ドラムのリズムだけになる部分をリプレイして再構築するブレイクビーツを特徴とするヒップホップが登場した。
アパラチア山脈地方に入植したヨーロッパからの移民が楽しんでいた音楽は、 1930年代にヒルビリー、1940年代にカントリーと呼ばれるようになった。
1940年代、ブルースにエレキギターを持ち込んでバンドスタイルに発展させたものがロックの源流の一つとなった。 1950年代初めにエルビス・プレスリーが登場し、白人のリスナーに向けて白人たちが好みそうな黒人のR&Bをかけるラジオ番組のタイトルにロックンロールという言葉が用いられ、ジャンル名として定着した。しかし、 1950年代の末に担い手のスターたちが相次いでいなくなって下火となった。
1962年にビートルズがデビューし、それ以降、メンバーが書いた曲を自ら歌うスタイルが主流になった。 1964年にビートルズがアメリカに進出すると、ローリングストーンズなどの多くのバンドがそれに続き、ブリティッシュ・インベージョンと呼ばれる現象となった。一方、社会の不公平や不正といった社会問題を告発したり、抗議したりするプロテストソングとしてフォークがリバイバルし、ボブ・ディランやピート・シーガーが活躍した。アメリカでビートルズ旋風が巻き起こり、ボブ・ディランがロックに転向した1965年頃から、ロックがジャンルとして定着した。
1960年代終わりから1970年代の初めにかけて、イギリスでエリック・クラプトン(クリームを結成)、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジ(レッドツェッペリンを結成)が登場し、ハードロックの礎が築かれた。また、ロックにクラシックやジャズの要素を取り入れたプログレッシブ・ロックも展開され、キング・クリムゾンやピンク・フロイドによるコンセプトアルバムが作られた。
日本では、明治時代に外国曲の旋律を採用して日本的な内容の歌詞をつける翻訳唱歌が生まれた。また、西洋音楽を勉強した日本人の作曲家が作曲した唱歌が学校の授業で用いられた。大正時代に、明治以降の西洋音楽への傾倒の反省から、詩人や作曲家による新民謡運動が起こり、プロの民謡歌手が生まれてレコードが発売され、流行歌としての民謡のジャンルができた。 1930年代後半のNHKラジオの番組で「歌謡」の冠のついた番組が生まれ、歌謡曲という言葉が定着することになった。
1920年代からジャズバンドが活躍していたが、戦後になると、進駐軍キャンプやナイトクラブで日本人のジャズバンドが演奏するようになった。 1950年代半ば、ロックンロールとヒルビリーが融合したロカビリーがアメリカから入ってきて、カバー曲が歌われた。 1960年代にはベンチャーズが人気を博し、エレキギターのブームを起こした。 1966年にビートルズが来日すると、グループサウンズというバンド形態の音楽が流行した。 -
Posted by ブクログ
特定のジャンルに特化した音楽史やディスクガイドはよく見るが、こういう「20世紀の各年代に登場したポピュラー音楽」の概観って、そういえば確かに新鮮だな
私はロックについてはある程度詳しいつもりでいるけれど、ヒップホップはよく知らない。そういう立場から読むと、ロックについての記述はそりゃ知ってるよということばかりなわけで、じゃあこれくらいのことを知っておけばヒップホップの基礎中の基礎は押さえられるのだな、と新たなジャンルへの扉を開かせてくれる役割をこの本は担ってくれた。
注文をつけるなら、米の音楽と日本のポップス双方に影響を与えている(はず)のラテン音楽について、私も学びたいので書いてくれたら嬉しいなぁと思ったりします。