内藤里永子のレビュー一覧
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Emily Elizabeth Dickinson
I’m Nobody! Who are you?
エミリー・ディキンスン詩集 内藤里永子編・訳
「わたしには名前がない。あなたはだれ?」
装幀・装画 伊勢功治
世に知られずひっそりと生きて、55歳で亡くなったEmily Dickinson の詩集です。原文を知りませんが詩の一つ一つにはタイトルはありません。日記のように心の赴くままに綴られた詩からは、混沌とした時代を、その人生を生きた彼女の想いが伝わってきます。
*巻末の【Emily Dickinson 年譜】から引用*
1830年12月10日アメリカ、マサチューセッツ州アマーストの名家に生まれる。
1848年(18歳)マウント・ホリョーク大学を退学。信仰復興運動が激しさを増す中、告白を固辞して孤立したことも要因か。
1861年(31歳)南北戦争勃発。
1862年(33歳)エミリーが敬愛、思慕する二人の人物ワーズワス牧師と新聞先週者サミュエル・ボウルズ氏がアマーストを離れていく。このころ、トマス・W・ヒギンスンに当て手紙を出す。一番の危機の時にも、手紙ですがっている。
1864年(34歳)目の治療、失明の恐怖を味わう。
1865年(35歳)南北戦争終戦。
1878年(48歳)ボウルズ氏死去。この頃から妻に先立たれたロード判事と恋の手紙を交わす。
1880年(50最近)ワーズワス牧師と再会。
二年後ワーズワス牧師、死去。母、死去。
1883年(53歳)甥のギルバート(8歳)が、突然の病死。心が挫けるほどの衝撃を受ける。
1884年(54歳)ロード判事、死去。
1886年5月15日 エミリー永眠。享年55歳。
33歳から敷地の外へ歩み出ることのなかったひっそりとした生活の中で、彼女が遺した1775編の詩稿と手紙から73編が収められています。
彼女の人生を振り返ることだけで、長くなってしまいましたので、短めの詩を少しだけご紹介させてください。
“ 小さき勇者たちー
花ひとつ 本一冊が
ほほえみの種を植えています
闇の中に 咲きます ”
“ 言葉が死ぬ
口にされると
と、人はいう
でも あの日
言葉が生き始めたの
と、わたし ”
“ 「希望」は背中に翼をつけている
人の心の中に止まっている
言葉のないメロディーをうたっている
歌いやむことはない
疾風の中で聞いたとき ああ ほんとうに
優しかった。荒れ狂う嵐が凄まじくても
たくさんの心を温めた「希望」という
小鳥を打ち砕けるだろうか
極寒の地で わたしは「希望」の歌を聞いた
まよい出た海の上でも聞こえた
「希望」は しかも困窮したときにも わたしに
パンくずひとつ ねだりはしなかった “
他にも柔らかな感性を感じる作品なども多くあります。彼女の死後に発見され、本となった遺稿、時代に埋もれてしまわず、遺されたことに感謝です。
他の出版物も読んでみたくなりました。
(ひだまりトマトさんの本棚でこちらの本を知りました。伊勢功治の装画も好みで購入したお気に入りです。(*´︶`*)ひだまりトマトさん、いつもありがとうございます。エミリーを知るきっかけになりました〜(*´꒳`*)) -
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ネタバレ谷川俊太郎さんと、詩を書き始めて一年の内藤里永子さんが初めて顔を合わせて、打ち合わせなしで、一夜の詩遊び(朗読披露)をしたときの記録だそうです。
私は谷川さんの大ファンなのでやはり谷川さんファンであられる内藤さんが谷川さんに向けて詠まれた詩がすごく新鮮にかんじられました。
内藤さんの詩では
「谷川俊太郎さんに」
「白い部屋見つけたの」
「気分はこんな風」
がいいと思いました。
谷川さんの詩では
「夢の中の設計図」
がいいと思いました。
内藤さんが巻末にかかれた「ひと夜の詩遊び・ノート」も会場の雰囲気が伝わってきて、楽しかったです。
和歌は人麻呂、俳句は芭蕉、詩は(わたしたちの世紀に)谷川俊太郎。
だそうです。 -
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ターシャさんの
絵本作家としての仕事が
網羅されていて
非常にありがたい。
描かれた折々の状況も紹介される。
ターシャさんの絵本も
ターシャさんの生き方そのもの、
というのが、よくわかる。
私は、
小さい頃から繰り返し読んで想像していた
「大きな森の小さな家」の世界が
目の前で写真になっている!
という驚きと喜びで、
当時無理して買い
大事に抱えて帰った写真集が
ターシャさんとの出会いだった。
洋書だったため、
拙い英語力…というより写真から
なんとなく
今も生きている(当時)人で
絵本作家らしい
ということがわかった。
その後見かける度に
絵本を見てきたが
まだまだ一部だけだった。
たくさんあって嬉しい。
ターシャさんのことが書かれた本に
触れるたび
生きている事を大事にしようと
思うとともに
あー、今サボっているなぁと反省もする。
進歩ないなぁ。 -
Posted by ブクログ
テーマを決めて二人で詩を読みあう。
一夜限りの楽しげな遊びである。
谷川俊太郎さんは詩人である。
言葉が何も見ていない所がすごい。
彼の言葉は、きっと記憶すら届かぬ深部から掬いとったもの。
内藤里永子さんは詩を詠む人である。
その言葉はしっかり「生」を直視している。
ぴったりとくっついた詩をはぎ取る様に詠まれた詩。
お互いが
お互いの透き通った体の向こうにある<遥か>を見据えている。
100年後、きっとこの場に彼らはいない彼らを見捨てて、終わりから放たれた詩は自由奔放に飛び回る。
しかし実は…
>潜んでいる言葉を紙の上に引っ張り出したい!
>ぼんやりとした影でしかない言葉を現像したい!
>光速で飛び回る言葉にタックルしたい!
詩人でさえも、容易に捕まらないのが言葉なんだなぁ~ -
Posted by ブクログ
谷川俊太郎さんと内藤里永子の詩遊びの詩集ですね。
内藤里永子さんは、詩を書きはじめて一年ほどしての試みだそうですが、エミリー・ディキンソンやターシャ・デューダーの訳でお馴染みですね。
『詩遊びとは、声のことばを、たくさんの聴く耳に触れる、その触れ方の工夫なのでした。つどった聴く耳に声が喜びを伝えます。朗読詩と詩のあいまに、詩人の即興の、即妙のおしゃべりが
笑いさざめきの風の渦を生み出すのも、見えた
ひと夜でした。』と、ごあいさつで、内藤里永子が語られています。
お題は十一題です。
『芽生え』のお題で
「春に」 谷川俊太郎
この気もちはなんだろう
目に見えないエネルギーの流れが
大地からあしのうらを伝わって
ぼくの腹へ胸へそうしてのどへ
声にならないさけびとなってこみあげる
この気持ちはなんだろう
枝の先のふくらんだ新芽がこころをつつく
よろこびだ しかしかなしみでもある
いらだちだ しかもやすらぎがある
あこがれだ そしていかりがかくれている
心のダムにせきとめられ
よどみ渦まきせめぎあい
いまあふれようとする
この気持ちはなんだろう
あの空のあの青に手をひたしたい
まだ会ったことのないすべての人と
会ってみたい話してみたい
あしたとあさってが一度にくるといい
ぼくはもどかしい
地平線のかなたへと歩きつづけたい
そのくせこの草の上でじっとしていたい
大声でだれかを呼びたい
そのくせひとりで黙っていたい
この気持ちはなんだろう
「谷川俊太郎さんに」 内藤里永子
若者は遠くからやってきた、
一九五一年に。
(どのような遠くからという
携えたノートから星々がこぼれた)
星の詩の種子を持つものとしての
出現。
月日のまにまに
若者は
ノートを開いた。
はるかな星の詩の種子が
地表に舞う。
風に
種子は乗って、
地球の子らの
ひとりの
わたしの
心にも下りた。
心は嬉しく
受けた。
わたしは眺めるのです。
心に着床した種子を。
ある日、
芽生えはとてもみどり色。
よろこびに ふるえる
詩の葉っぱ。
『魂の記憶』のお題
「芝生」 谷川俊太郎
そして私はいつか
どこかから来て
不意にこの芝生の上に立っていた
なすべきことはすべて
私の細胞が記憶していた
だから私は人間の形をし
幸せについて語りさえしたのだ
「お日さま」 内藤里永子
空のお日さまはみんなの
お日さまなのに
不思議、
わたしに話かけるのです。
お日さまは話すときに
光の球体とは違う姿をして見せます。
空の、みんなのお日さまは
わたしに語りかけるのです。
あまりに旅立た話かけられて、
そのたびにわたしは若返って、
いまでは 古代の地球の上に立っています。
古代の土を踏んで、ひとりとひとり
身にまとうものもわずかに、
日の神さまにわたしは向き合っています。
とても楽しい『詩遊び』ですね。会場の雰囲気を内藤里永子さんが巻末に述べられています。
楽しい一夜の経験は、生涯の宝物になったことでしょうね。詩の朗読会と云うのを私は経験した事が無いので、内藤里永子さんの感想は、喜びと共感のシンフォニーでした(=^ェ^=)
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Posted by ブクログ
エミリー・ディキンスンさんの詩集ですね。
エミリー・ディキンスンさん(1980ー1886)は、アメリカ、マサチューセッツ州生まれ、詩人。
訳は、内藤里永子さん、詩人、翻訳家。
エミリー・ディキンスンさんは三十歳半ばから家の敷地から外に出ることなくなくなりました。作品は死後に発見されて、アメリカ文学史上の奇跡と言われたそうです。
この詩集は、内藤さんが谷川俊太郎さんとポエムドラマ「女 そして 男」で共演した折りに、谷川俊太郎さんから『エミリーの訳詩集を出しなさい』と勧められて世に出ました。
精緻に溢れた自然と唱和した詩の響きが感じられます。
詩人の内なる宇宙と大自然の宇宙が共鳴したような美しさがあります。端的で清楚な言葉に深い意識が籠められています。
心地好い言葉の響きが良いですね。訳も良いおかげですね。