泉秀一のレビュー一覧
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箱根駅伝大好き。山梨学院の初出場、最終兵器彼女の高橋しんがアンカーを努めた最下位の時からの、わずか数年での初優勝。あの時に見たオツオリの驚異的な走り。その後、次のアフリカ人留学生として来たマヤカ。最終学年では素晴らしい走りをするのだが、その一年目はニット帽を被ったオドオドした感じで、ホームシックにかかってるとかで大失速。
彼らも人間だものね。
経済成長をしているとはいえ、やはり圧倒的貧困の中で、ハングリー精神とともに、意地でも這い上がろうと日本に来た彼らが、
現地ではどんなバックグラウンドで過ごしてきて、その後どうなったかのルポ程度なら、ふーんで終わったのだが、やはり面白かったのが、
一時期、どんだけ名門だよと思ったガル高校。あの頃の駅伝ファンなら一度は名前を見たあの学校を追った章。
そうか、やはりそうか。
そういうこともあるよなー
箱根駅伝に興味ない人には全く興味ない本。
箱根駅伝ずっとラブ名僕にはまさに名著。
ケニアには、お金持ちの子だが、ランナーになっちゃうなんて人はいないんだろか?? -
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箱根駅伝は若い頃から毎回見ている
お正月はずっとテレビの前から離れられない
山梨学院大学の最初のケニア人ランナーの走りも見た
あれから各大学にケニア人ランナーが
増えていった
ごぼう抜き 細くて長い手足
明らかにアジア系とは違う
それから高校駅伝にも出現
鹿児島の神村学園の最終ランナーの
逆転優勝も見た
衝撃が走った
抜かれたランナー達が可哀想と感じた
ランナー達の母国ケニア
なぜ彼らは日本にやって来たのか
引退後どうしているのか
そこに根ざす貧困 教育すら受けられない
ランナーとして才能があると
経済的にも恵まれて家族や親戚の世話
まで可能になる
だから走る
日本や世界で成功した後の生きようは
様々でアルコールに溺れるもの
社会貢献するもの 事業を起こすもの
いろいろだけど
影響するのは子どもの頃のやはり教育
学歴ではなく
日頃の親の教え
このノンフィクションは凄い
一気に引き込まれて読んだ
生きる為に走る彼ら背景にある国の生活 文化 考え方
久しぶりに圧倒された
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アフリカから来たランナーたち 箱根駅伝のケニア人留学生
著:泉 秀一
出版社:文藝春秋
文春新書 1518
よかった。
東京、メキシコ五輪のアベベの印象が強くて、マラソンは、エチオピアとどこかでおもっていたが、本書を手にしてから、それは、間違いであったことに気が付く
生きるためには、走るしかない。家族を背負って、異国の地にやってきた、彼らを待つものは、すさまじいプレッシャーに違いない。
ケニアから、走り屋として、日本にやってきた少年、少女たちは、その重荷を背負って、日本の長距離界を席巻していく。
リチャード・エディーリー、箱根駅伝にて、2025年花の二区で、14位から2位へ、脅威の区間新をたたき出した
ケニアが「ランナーの聖地」として知られるようになったのは、数多くの中長距離ランナーを生み出してきたからである。
貧困から抜け出したかったら、とにかく走れ。①大きな大会で優勝すること、②アメリカの大学チームで活躍すること、そして、③日本の駅伝などのチームで活躍することである。これを本書では、日本ルートという
現在は、100人以上のケニア人アスリートが日本にいるが、もとになったのは、小林俊一という男であった。そして、丸川正人、2人の日本人が、ケニアと日本の地を取り持つこととなる。人買いとして、SB食品、仙台育英、山梨学院等へアスリートを送り込んでいる。そして、そのアスリートがエージェントとして、さらに、ケニア人のアスリートが来日することになる。
彼らは留学生として来日しているので、本来のプロの「走り屋」としての成績をのこしながら、日本で学業を修めなければならない。教科書を持ち歩いで暇なときは、どこでも勉強をする。そして、アスリートとしての練習もする。そのストイックな生活は、誰でも真似ができるようなものではない。地元の人々も留学生を支えていく。
なんだか読んでいくうちに、自分が恥ずかしくなっていく。
ケニアの少年少女には、日本でサクセスストーリーを描くのがひとつの夢なのである。
目次
プロローグ
視えないランナーたち
だって「留学生だから」
「なんじゃこりゃ、全然違うやん」
駅伝界の都市伝説「ガル高校」
色彩を帯びる「走り屋」たち
第一章 助っ人ランナーの素顔
「箱根駅伝なんて、知らないよ」
走ることは、働くこと
一日十八時間の猛勉強
四百万円の「大豪邸」をプレゼント
ランナーが稼ぐ「三つのルート」
駅伝がつくる独自のエコシステム
家族全員でランナーに「投資」
第二章 「人買い」と呼ばれた男
二十万年の時を超えて
カメラマンとして現場に潜入
駅伝界を変えた「ワキウリショック」
年間「百五十万円」の顧問料
「人買い小林」と呼ばれて
語られざる、もう一人の日本人
エージェント群雄割拠の時代
第三章 幻の名門校「ガル高」を探して
ついに「ガル高校」を発見
都市伝説化する「幻の学校」
「一枚の資料」が語ること
出身者たちの共通点
「オルナルアに通っていたよ」
「ガル高」を写した三十年前の写真
諦めきれずに「ケニア再訪」
謎のキーマン「ミアノ」との対面
「ガル高」とは何だったのか
第四章 日本人監督の葛藤──山梨学院、仙台育英、世羅
「旅の後の日常」で気がつくこと
山梨学院「上田監督」の葛藤
箱根優勝で「批判」が殺到
仙台育英「アベック優勝」の余波
優勝後に届いた「殺人予告」
留学生の「年齢」問題
「日の丸・君が代問題」の衝撃
町の「シンボル」を立て直せ
第五章 駅伝スター「その後」の明暗
対照的な二人のランナー
尊敬される町の兄貴分
送金アプリでお金を配る
陸上で得たお金をビジネスに投資
「ペースメーカー」で稼ぐ男
チャリティで学校・病院を運営
ワンジルの母を訪ねて
検死報告書が語る疑惑
何が二人を分けたのか
第六章 商品化するランナーたち
陸上の聖地「イテン」の朝
世界一「ストイック」な町
有名キャンプに潜入
ケニアが「中長距離大国」になるまで
商業化する「キャンプ」システム
ランナービジネスの弊害
稼げない「走り屋」たちの生活
第七章 走り屋たちの未来
終わりの始まり
「日本人選手がかわいそう」
「勝利至上主義」と言うけれど
神村学園、有川監督の変心
来日できないケニア人たち
残された「高校ルート」
コインの「表と裏」
走り屋たちの未来
あとがき
参考文献
ISBN:9784166615186
判型:新書
ページ数:288ページ
定価:1100円(本体)
2025年12月20日 第1刷発行 -
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箱根駅伝や高校駅伝あるいは実業団駅伝で日本のチームに属して走るケニア出身のランナーたち。彼らはなぜ日本に来て、走る様になったのかまた、その後の人生はどうなっているのか?この本は何度もケニアに足を運び、有名ランナーを輩出しながらその存在が長らくベールに包まれていたガル高校を突き止め、またケニア人ランナーの日本輸出の黎明期に尽力した2名をとりあげ、また留学生ランナーを受け入れる日本側の事情などについても取材して書かれている。
画面越しにしかわからなかったケニア人ランナーの思いや生活が窺い知れる良書だった。ネットニュースとは対局の長年の取材と信念と経費の賜物である。
ケニア人ランナーにとってモラルの維持にはしっかりした父親の存在が大事であり、それは裏を返せば女性の教育が大切ということで母親が世の中の仕組みを教えると子供を変わるという丸川正人さんの指摘はもっともだと思えた。
好記録が出せないで駅伝を走る黒人ランナーを応援せざるを得なくなる本だった。 -
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面白かった。外国人という記号や、異なる人種として一括りに見てしまっていたが、彼らにも当然人生があることに思いいたれた。人生背負っている分、大人だよ。最後に書いてあったように、人を理解しようと思い行動することが、社会の形を変えて行くんだ。とても素敵にまとめた文章があったので、ここに引用させていただきます。
「誰かを知ろうとすることは、世界を少しだけ優しくする行為だと信じている。完全に理解することはできなくても、その人の背景に想像を巡らせること。その存在を、数字や記号ではなく、自分と同じ一つの人生として感じ取ること。それだけで、世界の輪郭が少し変わる。一人ひとりの世界の輪郭が変わると、いつしかそれが集合意識となって、本当に世界の輪郭が変わっていく。そうして世の中は、少しずつ進んでいくものだ。」 98 -
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熱心な駅伝ファンではないが、1月2日、3日はつい観入ってしまう。
2区は特に。
いや、2区だけに注目している、といってもいいかも。
そんな天邪鬼な自分。
淡々と表情を変えずに走る留学生ランナー。
区間記録を出してインタビューを受ける。
片言の日本語。
普段の生活はどんな感じだろう。
◯◯高出身とあっても、日本の高校生とは全く違う生活を送ってきたのは容易に想像できてしまうが、誰も話題にしないはなぜか。
彼らも人であり、故郷には家族がいる。
遠くの国からやってきて、周りの子達とうまくやれているのか。
ゴール直後の様子を観察しながらそんなことを思う。
どんなに素晴らしい記録でも、さほど話題にならない。
ましてや記録を残せなかったランナーは…。
新聞の書評で見つけて、これは!と思い読んでみた。
私のモヤモヤを払拭してくれたライターさんには感謝しかない。
まず、とても丁寧に取材されている印象。
ランナー達が「視え」始めるに従い、勝手に涙まで出てきてしまう。
前半はそんな感じでうるうるしながら読んでいたが、後半、ランナーの光と影、ドーピング、商品化されるランナー…現実を知り読み進めていくうちに気持ちは沈んでしまう。
それでも彼らは日々走っているのだろう。
才能と努力によって輝き、成功を夢見て。
もちろんどの世界でも成功するのは一握りで、貧しいからとか、裕福だからは関係ない。
来年も感動させてもらえるだろうか。
箱根駅伝2区のコアなファンもいるということ、彼らは知らないだろうな…。
泉さんには今後も彼らを見守って欲しい。 -
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近年箱根駅伝に数多くエントリーし好記録を連発してきた留学生ランナーたち、そのほとんどは東アフリカのケニアの若者たちである
本書はそのケニア人ランナーたちにスポットをあて、「助っ人ランナー」という記号ではなく、それぞれが持つ「物語」を感じさせる一冊となっている
まず自分が衝撃を受けたのは、故郷のケニアでインタビューに答える若者を写した写真である
Σ(゚Д゚)
「パーカー着てるやん!」
そう、ケニアは涼しいのだ!
赤道直下の国ではあるが、一部に平野はあるものの国土の大部分は標高1.100〜1,800mの高原となっており、平均気温は26℃
日本の夏のがよっぽど暑いいやもう熱い(STOP温暖化!)
そんな風土も優秀な中長距離ランナーを輩出する土壌となっておるんですな
そして本書では、日本にケニア人ランナーたちが集まってきた歴史、ランナーたちを受け入れてきた側の苦悩や葛藤、ランナーたちの思いや未来、そしてケニア社会が抱える光と闇についても解き明かしていく
非常に読み応えがありました
そして箱根駅伝を走るケニアのランナーたちを、圧倒的能力で日本人ランナーたちを打ち倒す「敵」としてではなく、様々な想いを抱えた「人間」として応援したくなる
そんな一冊でもありました -
Posted by ブクログ
ネタバレそういわれてみれば、どうやって。のアフリカから来たランナーの謎が解決していく。
帯に書かれていた、
「スポーツを通じて日本とアフリカを多面的に描く。新しい視点を開くノンフィクション」
まさにそう。
成功するランナーと道を踏み外すランナーの違いについても書かれていた。
重要なのは、家庭環境、特に教育とのこと。
留学生受け入れは賛否両論あるかもしれないけど、留学生は日本競技力強化だけでなく、他の文化の受け入れや、努力の姿勢•態度など、日本人とは違った視点から視野を広げてくれる存在なように私は感じた。
2023年全国高校駅伝(女子)の展開は、ラジオで聴いていた当時を思い出した。 -
Posted by ブクログ
駅伝を走るケニア人ランナーにスポットライトをあて、そこからケニアからの中長距離ランナーを日本に受け入れる歴史的な過程や、ケニアでのランナーの実情に、ランナーと同じ時間を過ごすことで迫ったノンフィクション。
箱根駅伝などでテレビ越しに視界に入ってはいて「見えて」はいるが、その素性は知らない(というより“異質“なものとして存在を認めているだけ。その異質さの背景を知ろうとしない)という「視えない存在」であるランナーたちに迫っている。著者は彼らと同じ時間を過ごすことで視えなさを解消していく。
日本では東南アジアからくる実習生や留学生の個々人にもこれらランナー同様、当然ながらそれぞれの物語がある。しかし我々はこれらの人たちを記号的にとらて「見て」はいるが、意思を持って対象を理解しようとして「視て」はいないことにも気付かさられる。そして、視ないまま感情的に遠ざけようとする。
人を付属情報やレッテルで「見る」ことなく、その人の背景に想いを巡らせその人個別の一つの人生を感じ入ることで、「視る」ことができ、それだけで世界の輪郭が変わるものだと気付かせてくれる。 -
Posted by ブクログ
自分は箱根駅伝を見たことはないし(たぶん今後も興味を持つことはないと思う)、ランナーのなかにケニア人が多くいたこともよく知らなかったけれも、この本はおもしろかった。
この本はおおまかにいえば、(陸上競技という舞台はあるものの)日本人とケニア人たちとの関係性を描いている。そのため、結末部分で昨今の排外主義的なナショナリズムへの警鐘へ至るのもわかるといえばわかる。
内容はとてもおもしろく、全ページ知らないことが書いてあったといっても過言ではない。それは自分がまったく陸上競技の知識がないから、ということだけではなく、おそらく陸上ファンが読んでも目新しいことが書いてあるのではないかと思う。
本書内で、一時期ケニア人ランナーたちの出身高校として紹介されていた「ガル高校」という謎めいた学校について調査しているのだが、これは陸上ファンたちもよくわかってなかったようだ。そもそも著者が現地でリサーチして、ようやく真実に近い推測が完成したようだ。
ひとつ欠点を言うとすれば、内容ではなく形式。
たとえば、ケニア人ランナーのその後を描く章では、引退後もしっかりと生活して後進の育成だけでなくケニア社会全体のことを考えるようなランナーの美談を書いたあと、稼いだ金を使うだけ使い女性問題に振り回されて限りなく殺人に近い事故死を遂げたランナーの話を書く。
このような、ある物事の明暗を書く構成が毎回おなじで、途中から飽きる。「良い面を書いてるから、どうせ次で悪い面を書くんだろ」と思ってしまう。で、実際そうなる。書いてある内容はおもしろいのだが、このパターンの繰り返しに食傷気味になってしまった。