津村マミのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
『コタローは一人暮らし』がなぁ…怒涛の増刷されてるようだが、それも当然だろうと思う。コタローが被虐待児童と言う事は明らかである。それでも父親と母親から愛されたいと思っているのも事実、但し、彼は4歳児にして恐怖に怯えながらも父上と母上を理解しようと生きている様が切なすぎるんだよ…そう言う子供が健気に生きている!!と言う物語は描き易かろうと思う。この漫画はそうじゃないんだよなぁ…4歳児が自立してる!!のを面白がるだけでは読めない凄さがある。本当に、鬼灯の生贄から親のいない鬼子になった時のエピソードを読んだ時の感触に凄く似ていて、目が逸らせない。親は子を愛して当たり前などとは思わない、親にも足りない部分や自覚のなさもある、それくらい未熟な成人でも子供は作れるのが現実。子供を育てるには20代の体力がいる、だが一人の人間がある程度成熟した精神力を得るのは40代くらいじゃないかと、心底思うんだよな、この漫画読んでると。コタローの目は「凍り付いた瞳」「フローズンアイ」と呼ばれるものである。コタローの個性ではない。作者はそれが解って描いているのだ…。誰か特定のターゲットに読んで欲しいとは思わないが、若い時から結婚願望ゼロ、子供を自分が産む事など考えた事もない自分が手に取ったのは運命に近い。
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Posted by ブクログ
うーん、話の重さが増してる
今イチ、なくなってきたな、次の巻で明らかになるかも知れない真相を受け止める自信が
未読の人は、表紙を見て、『クレヨンしんちゃん』のようなコメディだろう、と内容を予想するかもしれない。それ自体は、まぁ、あながち間違っちゃいないだろう。『クレヨンしんちゃん』もギャグだが、時に泣ける回もあるから
ただ、ヘヴィーさで言うと、コチラの方が上回っている、と断言するしかない
上手く言えないが、子供が辛い状況にある、それを受け入れられる人なら、この『コタローは1人暮らし』の重さを抱えながら、読めるだろう
子供が一人暮らしをする、それ自体がまず、ありえない状況だ
何故、そんな事になっているのか、理由が見えそうで見えない、でも、想像出来てしまえるだけのパーツが提示されている、そこが(2)の面白さだろう
子供だけど大人っぽい、それでも、やっぱり、四歳児であるコタローの裏表がない(無くて当然だが)の日々の過ごし方に触発されて、周りの人間がちょっとずつ変わっていくトコにも、ストーリーに惹き込まれていく
コタローと周りの大人を繋いでいるのは、確かに「友情」なんだろう
ただ、新キャラもとい新住人である青田の存在が、平穏な日常に影を差したのも事実。(3)では、一体、どうなってしまうのか
本編そのものには関係ないが、この『コタローは1人暮らし』、どうやら、『ダ・ヴィンチ』で紹介された模様。その記事がどれほどの規模だったのか、は定かでないが、一ファンとして、『ダ・ヴィンチ』で紹介された、と言うのは嬉しく、ここへ(1)の感想を書いた者として鼻が高い
どの回も好きだが、「25日目★ナツマツリ」はグッと来た。イイ話だけに、ふと、狩野が見せた、自分の力不足を悔い、大したことをしてやれない事に辛そうな顔は読み手の胸に突き刺さる
この台詞を引用に選んだのは、気付いたら、涙が頬を伝っていたので。コタローは名言が多いけど、これは来るなぁ。嫌われたくない、だから、好かれる努力をする、それは悪い事じゃない。子供でも、大人でも、するだろう。しかし、実際、こうやって子供が「皆に好かれたい」、「もう嫌われたくない」と口に出すと、胸が締め付けられる。一体、何があったら、こんな悲しい望みを持ってしまうんだ、子供が -
Posted by ブクログ
物凄く失礼なのを承知しての感想だが、正直、期待していたより面白かった
表紙を見た際、私は大人が何らかの理由で4歳児に戻ってしまった感じのコメディなのかと思ったが、いざ、読んだら、コタローくんはガチ(?)で子供だった
子供の一人暮らし、周囲の大人が彼に振り回される日常をメインにして、読み手を笑わせるだけかと思いきや、案外、ヘビーな要素も含んでいる
妙に生活力が高い理由が、今後、明らかにされていくんだろうが、少なくとも、「そんなことか」と笑い飛ばせる話じゃなさそうなのは、コタローくんがポロッと漏らした言葉の端々から窺える
ある意味、コタローくんは、子供らしい面と、子供らしくない面が上手い具合に混ざり合っている。親近感が湧くかは微妙だが、彼の大人へぶつける言葉には、思わず、ハッとさせられる。子供の視線だからこそ見える本質ってのは、大人の脆いハートを遠慮なくエグるんだ
そんなコタローくんの面倒を、何だかんだで焼いてしまっている隣人の狩野を初めとして、このアパートには個性の強い人間が住人として集まっているようだ
そんな人間との近所づきあいの妙も、この『コタローは1人暮らし』の高い質を補強している
ただ、絵のクセが若干、くどいので、読み手を選びそうだ。キャラの要とも言える目の書き方が独特だ、津村先生。ぶっちゃけ、コタローくんの顔をジッと見ていると、気が滅入りそうになる。嫌な気分になる訳じゃないんだが、自分の中の卑屈さをピュアな子供に覗き込まれたら、そりゃ、罰が悪くなるってもんだろう
しかし、ストーリーには間違いなく、地力の高さを感じる。もしかすると、狩野に津村先生は自分の姿を投影しているのかも
前作の『コンビニの清水』を読めば、更にこの作品を楽しめそうな気がするので、ちょっと行きつけの本屋で探してみよう
どの話も面白可笑しさ、ちょっとした切なさが宿っており、胸にグッと来る。個人的にお勧めなのは、コタローくんの可愛い笑顔が見られる5日目★古い絵の漫画家、だ。やっぱ、子供にゃ笑っていて欲しいよなァ
この台詞を引用に選んだのは、コタローくんの、その小さな体には収まらないほどの男気に惚れたので(笑) 大人はダメだな、こんなクサい台詞を言おうとすると、どうしたって、気恥ずかしさが先立っちまう -
Posted by ブクログ
ネタバレ巻を重ねるにつれて、読むのがさらに辛い。
それにしても、コタローに本当のことを教えないというのはそっちの方が残酷なのではないだろうか。
いつか迎えに来てくれると信じている母親が実は死んでいるとか、自分が強くなれば父親は改心してまた幸せに暮らせるとか、コタローが信じているものがことごとく実はそうではなくて辛い。
そんな残酷な現実を教えるなんてかわいそうだ、と周りでかわいそうがっているのは自己満足なような気がして、歯がゆい。
だからってコタローが近くにいるとして言えるかと言われれば、言えない。
ただ一人の親権者である父親が元凶の場合、次にそういうことを言っていい人って誰なんだろう。
みんながコタロー君のことを大切に思い守っているけれど、そして読者もその一人のような目線でこの物語に引き込まれているけれど、みんなきっと自分もコタローをだましている共犯者のような気持で辛いだろうし、どうしたらいいだろうと悩みながら読んでいると思う。
コタローは架空の人物だけれど、こういう親を持った子供は少なくないだろう。
この本を読むことでこういう子供に出会った時、味方や力になってあげられたらいいなと思う。 -
ネタバレ 購入済み
今回も沢山の事気付かされました
毎回楽しみにしてます。前巻で、コタローくんのお母さんと狩野さんが会っていた事を今回知る事になるのかとドキドキして読みました。コタローくんが、成長する度に色々考えることを狩野さんがお父さんのように温かく見守って
おもちゃの事は、そうだったのかーと胸が痛くなりました。世の中のコタロー君のような状況に遭っているお子さん達が少しでも子供らしく居られる事を願わずにはいられません。このアパートの住人の方たちの様な人がどうか沢山居てくれる世の中であってくれますように。 -
無料版購入済み
絵は好みじゃなくてもこれだけの面白さで引っ張ってくれる魅力が詰め込んでる。切なさも相まってるけど不明な辛い過去があっても「今」は大丈夫ってちゃんと感じる。すごい。
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Posted by ブクログ
アニメのS1をネトフリで見た。こたろうが良い奴すぎて泣く。この話には不幸な子供に対しての大人の無責任な期待や願望が詰めこまれている。実際は救いようがなく不幸だったが「こうあって欲しかった」。実際これからも救われないかもしれないが「こうあって欲しい」。悲惨な過去、現状、未来を直視することを避けた結果抱えた罪悪感を解消するためには「感動」が必要であり、子供の惨状などそれを誘発するために必要なストーリーの構成要素にしか過ぎない。本当に酷い話だが、そうやってエンタメ化しないと大勢の人に見てもらえないのだ。このアニメを見て泣いたということから、私も無自覚のうちにエンタメ号に乗った「無責任な大人」であり、恥ずかしいことだと思う。西原の漫画も一見面白可笑しいギャグ漫画に見えるが、「エンタメとして。また、そうあって欲しかったという個人的な願いを込めて」描いてきたという。エンタメ系の話、特に感動系の話をみる時は、ストーリーに一喜一憂するだけでなく、根底にある作者の意図(意識下か無意識下かは問わない)を積極的に汲み取る人になりたい。この作品の意図は「現実の子供を直視して、必要なら微力でもいいから力になってやれ」ということではないだろうか。
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ネタバレ 購入済み
家族の話がほのぼのした話より多く出てくるようになった。振り返るのは悲しいなと思う反面、コタローが前向きに成長していくのが嬉しい。もはや親の気分。