ジュール・ミシュレのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
お、おもしれぇ〜…!150年以上前の作品だからもっとお堅いのかなと思って面白さはあんまり求めてなかったけど、なにせミシュレ自身がバスティーユのたった9年後に生まれて周りに革命経験者がゴロゴロ居る時代に育ってるもんだから臨場感がすごい
でも最初のミシュレの説明にも何回も書いてあったけど、まあ俯瞰した本であるかというとそうではない
フランスのこと愛しすぎて、全世界からフランスが愛されてるというのを何回も言っちゃうの可愛い
ただ、生きた描写であるが故、土地の名前や人の名前が「お馴染みの」みたいな感じで特に説明もなくポンポン出てくるので、WikipediaとGoogleマップを見ながら読んでたの結構疲れたな笑
人物や出来事を整理するために、notionでフランス革命についてまとめ始めました。
下巻も楽しみ! -
Posted by ブクログ
『フランス革命史』抄訳の第二分冊。ルイ16世の処刑から、ロベスピエールの処刑(テルミドールのクーデタ)までを扱う。革命の指導者たちが、革命裁判や暗殺によって次々に命を落としていくさまが克明に描かれてゆく。マラーやダントン亡きあと、一時的に全権力をロベスピエールが掌握したが、それも1年と持たない。ミシュレはテロルを対外情勢や国内情勢が要請した不可避のものとして描き出す――これはのちにフュレが「状況の論理」と呼んだものだろう――が、それでもロベスピエールの負の側面を描き出すことを忘れなかった。しかし、ミシュレが「フランス革命」の歴史をテルミドールのクーデタ、したがってロベスピエールの処刑によって閉じていることは印象的である。テロルという負の側面はあったにせよ、テロルのあとに来るのが軍人政治の時代、ナポレオンの時代であることを示唆しながら、ミシュレは「革命」の歴史を閉じた。ここに、革命の主役は人民であるというミシュレの基本的な理念が反映されている。
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Posted by ブクログ
著名なフランス革命史の抄訳。上巻では、全国三部会招集からヴァルミーの勝利および共和国宣言までが扱われる。トクヴィルが『旧体制と大革命』で、革命とは距離を取りながら行政システムの連続性を浮彫りにし、革命が革命以前から始まっていたと考えたとすれば、ミシュレが強調するのは革命による「人民」の革命的変化であり、人々が突如情念に突き動かされ、共和国樹立へと邁進していく姿である。その限りで、「共和派」の歴史叙述と言われるに相応しい内容である。ミシュレにおいては、革命当時から国外では非難轟々であった人民の直接行動でさえ、革命の友愛精神の現れであり、ジャコバン派の支配も状況による不可避の選択である。歴史が共和政を最終目的としているという確信が、革命時の様々な残虐行為でさえも、共和政に向かうプロセスの一部として許容されることになる。
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Posted by ブクログ
ネタバレ著者ジュール・ミシュレ、人民史家と称され、フランスを愛し人民による革命を賛美し、革命に関与した人々へのインタビューや各種資料を通じて革命の詳細の研究に没頭したという。
革命がはじまった1789年7月、ルイ16世「なんだって、それじゃ反乱なのか」「陛下、革命でございます。」(163頁)、なるほど国王のずれた認識をよく表現している。
著者は、共和国をつくりあげる精神を次のように語る、「若いこと、魂が若々しいこと、血が燃えたっていること、あの生産的な無分別、これである。まだ心の中にしかないものを、はや現実のうちにみる精神。それをみつつ創造してゆく精神。つまり、信念がなければいけないのだ。」(320頁)、著者の精神の高揚を感じる。
本著は随所にフランスという国家が擬人化されている、「1971年にはフランスは、自己の力づよい処女性を自覚していた。頭を高くあげ、心は無垢。自己の利害を度外視して前進していた。自分が愛らしいことを知っており、じっさい、諸国民から愛されていたのだ。」(352頁)、著者への国への愛を感じる。
著者の革命に対する高揚感や共和制国家への愛を感じる大著だ。 -
Posted by ブクログ
2013年11冊目
本書はフランス革命の歴史を叙述したもので、ロビスピエールの死で幕を閉じる。さて、フランス革命の歴史書としてはどこで始まり、どこで終わるのかは非常に重要である。筆者がどこまでを革命ととらえているかが如実に反映されているからである。本書ではロビスピエールの死、すなわち共和制の崩壊を意味するところで幕を閉じる。本書が共和制史と呼ばれる所以である。
さて、本書は厳密に事実のみを提示した歴史書ではない。そのため、純粋に歴史的事実を理解したものにとっては良書ではないかもしれない。しかし、本書の評価をする前に、歴史書とは何か、を吟味する必要がある。
ミシュレによれば、歴史とは「全体としての生命の復活」と表現される。なぜか。歴史書は単純に事実を提示すればいいというわけではない。その歴史の価値を現代に復活させ、読者に新たな視点とともに理解してもらうこと、それが歴史書の目的である。ミシュレ以前、古典主義が勃興していた時期、歴史は「道徳と政治の学校」であった。歴史は過去から教訓を引き出すことで価値があるとされていた。しかし、フランス革命はこの考えを一変させる。今まで歴史とは繰り返される反復するもので、だからこそ教訓を引き出す価値があるとされていたのだ。しかし、革命は歴史を展開し、今まで予想だにしなかった結果を生み出した。歴史は反復されるだけのものではなかったのだ。未来に変化していく歴史を考える時、私たちは歴史をどのように理解すればいいのか。歴史の意味と方向性を理解しなければならない。それこそ歴史書の役割である。(この流れこそロマン主義の流れといえる。)
だからこそ、本書はまるで冒険歴史小説のような印象を受ける。これは、筆者ミシュレがフランス革命をそのように理解していた証拠になるであろう。人民(peuple)が立ちあがったことこそフランス革命の意義であり、上巻では、人民が立ち上がる立ち上がる姿が、革命が輝かしい未来へ向かっていく様子で描かれる。文学的な印象を受けるだろう。もちろんそれは本書が歴史的事実に依拠していないことを意味しない。前述したように、歴史とは「全体としての生命の復活」である以上、歴史に価値を付与する必要性があったのである。
そして彼にとってフランス革命は新たな社会の到来を予感させた出来事なのである。彼の理想は友愛に基づく共和制であった。彼が理想とする共和制はあくまで民衆によるものである。そのため、民主的な議会でさせも、遅々と革命の進行を遅らせた議会には批判的になる。
とにもかくにも、歴史書の意義は事実に対する価値の提示であり、ミシュレは「人民」の立場から叙述した。そのいみで、本書は非常にフランス革命をよく理解させていく。当時の人々が理想に燃えていた様をありありと見せつけてくれるのである。 -
Posted by ブクログ
2013年10冊目
ミシュレ:フランス革命史
フランス革命史とえいばミシュレ、なわけであるが、ミシュレのフランス革命史の根底にあるのは「人民」というキーワードであったように思う。
フランス革命は人民の意思により誕生し、達成された。時には公会の存在を批判しつつ、徹底的に人民の立場に立つ、それが本書の特徴である。
それはミシュレの立場にも関係する。ミシュレは時に政治参加の機会があった。しかしながら、徹底した人民の立場から中立的に、どの派にも属さずに歴史を叙述するという信念から政治参加を拒んだ。彼の立場は執筆の観点からみても人民に依拠していたのである。
そのため、本書の隅々で人民を礼賛する場面がみられる。また、この立場にったからこそ、女性にも幾分か紙面が割かれている。(多くはないが)例えば、1789年10月5日に、女性が国王一家をヴェルサイユからパリへ移住させた事件で女性の役割を説いている。「人民のうちで最も人民的なもの、すなわち最も本能的なもの、それは疑いもなく女性だ」と。革命の発生にはやはり食糧難が背景にあり、このような場合、女性は爆発的な力を生み出してきた。
その意味でロビスピエールがたたえられている。常に人民の立場に立ったロビスピエールのことを考えれば当然である。
フランス革命を、冒険小説のように人民が力を獲得していく過程を描く本書は、絶えず革命が偉大であったという印象を放ち続けている。