山本圭のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
「嫉妬」は悪であり単に避けるべきものとして排除されてきたが、真正面から扱ってみることで大事な視点が見えてくるのでは?というような提案だと読み取った。
いつの間にか前提になりがちな「理性」「合理性」やら、「倫理」「正義」の理論やらを考えるとき、「嫉妬」のことを考慮できているか?と問うことが、外在的な上から目線の予防策になると思った。
また、自分自身の嫉妬から目を逸らさず正面から向き合って苦しんでこそ、何か見えてくるものがあるんじゃなかろうかという、より踏み込んだ提案もあった。その点ラカンの欲望論にも通ずるなーと。
ロールズ正義論の批判的検討が特に痛快。 -
Posted by ブクログ
民主的な社会の必然的な副産物としての嫉妬、そこから見える「人間学」。
安易な答えに逃げ込まず、それでも社会の実践のヒントを探る真摯な姿勢。
・嫉妬は疲れを知らず、非生産的で、みっともなく、それが故に自他に隠したい。
◯嫉妬
・他人の幸福が自分の幸福を少しも損なうわけではないのに、他人の幸福をみるのに苦痛を伴うという性癖(カント)
・比較可能な者同士のあいだに生じる(アリストテレス)
cf.義憤
・不当な幸運に苦痛を覚えること
下方嫉妬
・自分が苦労して手に入れたものを、他の誰かが簡単に手に入れたとき
◯類似の概念
・相対的剥奪:自分が感じる満足の絶対量の多寡ではなく、他人と比較することで生じる不満や欠乏感。
cf.サルの実験
・ジェラシー:「喪失」に関わり防御的
嫉妬:「欠如」に関わり攻撃的
・ルサンチマン:行動によって反応することができないために、想像だけの復讐によって、その埋め合わせをする。
嫉妬感情はルサンチマンを引き起こす一つの燃料
・シャーデンフロイデ:他人の不幸は蜜の味。メシウマ。
嫉妬の対象が不幸にあるのを目の当たりにすると、嫉妬がシャーデンフロイデに変わる
◯嫉妬回避:隠蔽、否認、賄賂、共有
・誇示と嫉妬の共犯関係。誇示の民主化
◯正義にかなった社会こそ、嫉妬が蔓延し、手に負えないものになる可能性がある。
◯コモンとして民主的に共同管理するとき、これまで気にも留めなかった差異が途端に顕在化する。そしてこの薄暗い感情はまたしても人々を煽り、社会主義のプロジェクトの足を掬う。
・嫉妬心の捌け口としての陶片追放
◯正義や平等の要求には、みにくい嫉妬心がべっとりと貼り付いているかもしれない。
◯民主主義のもとでは、もはや誰かを打ち負かすこと(優越願望)が目的ではない。誰もが同じ権利を享受すること(平等願望)が何よりも重視される。
◯嫉妬が完全に禁止された社会は、どんな差異も許されない息苦しい社会となる可能性が高い。平等と差異(これらはいずれも民主主義にとって重要な価値である)が交差する地点こそ嫉妬の故郷であるとすれば、民主社会はこの感情の存在を受け入れる必要がある。
◯私の嫉妬は私だけのもの。私は誰も何に嫉妬しているのか、なぜ彼や彼女に嫉妬してしまうのか。これは翻って、私がどういう人間であるか、私は誰と自分を比べているのか、私はどんな準拠集団のなかに自分を見出しているのかを教えてくれる。
◯多元的な価値観を許容する社会のほうが、嫉妬に耐性のある社会になる可能性が高い。そのためには評価軸をなるべく多様化し、序列をわかりにくくすることが重要になる。
◯個人としては何か物を作ることに没頭し比較から遠のく(ただし新たな競争に捕まる可能性)、比較をやめられないのであれば徹底的に比較をする。 -
Posted by ブクログ
ギリシャ哲学の時代から邪悪とされた「嫉妬」という感情。SNSで常時繋がる現代では、これまで見えなかった他人の一部が見えてしまうことで、他人と自分の対比がより鮮明に、嫉妬の源泉がより身近になったのではないでしょうか。
良くも悪くも横並び一線だった義務教育課程を終えると、高校、大学、社会人と進むに従い、周囲は持つ者、持たざる者に徐々に分かれ始めます。自分と同等だと思っていた相手の社会的階層の上昇を素直に受け取ることができない、そんな感情を抱いた経験も人生で一度はあるのでは。
こんな負の側面から語られることが多い「嫉妬」ですが、その社会的上昇への渇望からフランス革命など民主化の原動力になったのも事実。正にPromotion、前へ進む原動力なのです。
人生が上手く行っていると感じられるためには、自分が「どこかに向かっている」と前進している感覚が不可欠であり、他人と自身の移動を比較して生じる妬みや羨望は、人生のコマが順調に進んでいる感覚、もしくはそこからの離脱感と関連する。
大切なのは、自分が一歩前進できたとき、次なる一歩へ向かって、差異化要素を自分の中でどれだけ積み上げできるか、正に勝って兜の緒を締めよという姿勢が現代社会をサバイブする一つの方法なのだと思います。 -
Posted by ブクログ
独身未婚中年男性の自分が読んでみました。
なかなかおもしろかったです。
言われてみればああ、という、コロンブスのたまご的ではあるんだけれども、このことに気が付かなかった。まさに、民主主義やら資本主義やら社会主義やらの話の根底は嫉妬にあるんだろうなと気づかせてもらいました。
「あいつだけずるい」と足の引っ張り合いになってしまうのが、日本は多いような気もしますが、それで結局、全体的に質を落としている感じは、日本も含め、世界全体的にそうだったりするのかもしれませんね。
自分自身も最近、若い同性の子に対して苦言を呈してしまったのですが、どうやらそれは嫉妬だったようで、これは自分で認めねばならないなと思いました。
相手のほうがだんぜん能力が上で、私などたちうちできないのに・・・。
若い子と張り合おうとしたところがすでにおこがましいというか、中年にしてなんと子どもっぽいことだなと、恥ずかしくなりました。
手塚治虫先生みたいな才能のある人なら、若い人に嫉妬してもよいと思いますが、自分のような凡人が嫉妬するのはただただ醜いばかり。
なんとか折り合いを付けて、人には迷惑をかけないようにしたいものです。 -
Posted by ブクログ
「嫉妬」という感情を紐解いた書籍はたくさんあるけれど、この本のように政治的な面から分析しているものはめずらしいと思う。だいたいは心理学や哲学系の分野で、嫉妬が思考や行動にどのように影響するかが書かれている
けれどもこの本は嫉妬とは何かを検討したあとで思想史において思想家が嫉妬をどのようなものと考えているのか、そして嫉妬はコミュニティでどのように変化するか、また現代の民主主義において嫉妬はどう作用するのかを様々な人の定義や言葉を引き付けながら書いている本。当たり前だけれど人間は理屈によってのみ動いたり考えたりしているわけではなく、嫉妬をはじめとする種々の感情があり、それを無視して理屈のみによって政治的な訴えを起こすことの困難さが理解できた -
Posted by ブクログ
ネタバレ【民主主義というフィクションのいろいろな説】
学者、思想家の間で唱えられるたくさんの民主主義の在り方のについて、20世紀ごろからの主要な議論が紹介されている。
あとがきに書かれている通り、包括的ではなく、指導者、選挙、参加型民主主義、などの主要な争点について、主だった政治学者に的を当てて、議論を比較しながら書かれていた。
はじめの方で挙げられたポイントは、民主主義と自由主義は元から親和性があったわけではないということ。今では自由民主主義、みたいな形で良く語られるけれど、この違いは、カール・シュミットの同質性・同種性を強調する民主主義の特徴を通して紹介されていた。
これに対立する考え方として、多数の指導者、相対主義を支持するケルゼン。
選挙と市民の役割については、ヨーゼフ・シュンペーターなどを紹介。エリートの競争手段としての選挙。人民の支配は目的ではなく、政治家の支配で民主主義が成り立つ、という視点は、現代広く認識される民主主義とは少し違うなーと思った。
民主主義について、制度的側面を強調し、理論化したロバート・ダールのポリアーキーも、同じくエリート主義的であり、市民の積極的な政治参加は特に必要とせず、定期的に選挙を通して意思表示する政治制度を民主主義とする。加えて、争点法を通した多元主義が実現されるとする。
一方で発展してきたのが、市民の参加の価値を重視する、参加型民主主義。大衆の参加がどう政治の質を担保するかについて、ハンナ・アーレントなどの批判を含め、議論は続くものの、ぺイトマンの議論が紹介され、国レベルのみならず、地域社会、そして職場でも、民主的な参加の重要性を説く。この点では、コールのギルド社会主義、アソシエーション論も少し触れられている。
そして、ハーバーマスの公共性論と熟議民主主義。政治とは、公的領域において、対等なもののあいだの自由なコミュニケーションとし、生活世界(社会文化システム)が、経済的な政策などで浸食される、植民地化される危機に警鐘を鳴らす。
一方で、シャンタル・ムフの抗争的民主主義論は、合意を前提とする議論を批判し、政治的なものとは、経済的なものではなく、本質的に対立的とし、多元性を重視。シュミットの友・敵関係という政治の本質を基本とするものの、敵を自由民主主義の基本的理念を共有する対抗者、と置き換える。
最後の章は、ポスト構築主義、ポスト民主主義などのジャック・デリダ、ランシェルなの議論をを紹介しつつ、ラクラウとムフのラディカル民主主義を続ける。ここで再度、ムフの議論が深められて、偶発性、意味の固定作用としての結節点、シニフィエとシニフィアン、これが社会的なものであること、政治を通して一時的に安定化させることで多元的な連帯が作られうること、これが対抗ヘゲモニー、ポピュリズムの議論につながっていった…
大学時に勉強したことを思い出しつつ、私には完全に分かりえることはないと思うので、このような形でなんともざーっと。
ジョアン・トロントのケアの倫理も、最後の方に紹介されていて、「個」が前提となっている民主主義論に一石を投じていて、少し個人的にギクッとし、この議論については大学時にはなかったので、また読んでみようと思います。
‥
理論・思想の話なので、全体的にはとても抽象的でときどき議論の方向性を見失っていたけれども、民主主義、という概念を介した壮大なファンタジーだなーと、養老先生の本を読んだ後だったので、もちろん自分たちのいる社会の話なのだけれども、傍観者並みの距離感でも考えてしまう。
やっぱルソー凄いなー…。 -
Posted by ブクログ
嫉妬についての本は初めて読むので、嫉妬について詳しく考えを聞くことが新鮮で面白かったです。
古代より悪しきものとして思われ続け、人々が苦しんできたものとわかって、恐ろしく掴めない嫉妬という感情が不毛でも人は持ってしまうもの、とわかり妙な親近感というかリアリティが伴って怖さが減りました。
感想を書こうにも中々建設的なことが出てこないのでまだまだ理解できていないのだと思われる。
嫉妬は私感で、民主主義など政治に関係ないと思い込んでいたけれど、そうではなく社会の体制に一個人の嫉妬の感情が作用してまた社会が作られ、というように影響があるのだと知れた。
印象に残ったところ
p116
嫉妬を「あるゆる種類の個々の傑出した人物に対して、凡庸者どもが申し合わせなど抜きに暗黙裡にとり結び、いたるところで栄えている同盟の塊」
p241
社会が価値あると見なす次元が多様であれば、安易な序列化が難しくなり、彼我の比較も容易ではなくなる。それが社会における嫉妬の爆発をいくぶんか抑制することになるのだ。
『ルルドの泉で』の話題に触れたのは初めてだったので何だか嬉しかった。