加瀬英明のレビュー一覧
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私たちは、この国を誇れるか? 歴史の「空白」が招く危機
「自国の歴史を忘れた民族は滅びる」という言葉は、現代の私たちの胸に深く突き刺さる警告です。
戦後の長い歳月の中で、日本は「大東亜戦争」について、一方的な自虐的な歴史観を植え付けられてきました。その結果、多くの国民が先人が守り抜いた誇るべき歴史を見失い、日本国民としての確固たるアイデンティティを失いつつあります。
この歴史の「空白」こそが、日本が日本として存続できるかどうかの重大な危機と憂いを招いています。
祖国への誇りを呼び覚ます一冊:アジア解放と世界史の転換点
本書『大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか』(加瀬英明 著)は、私たちが長らく封印してきた、封印させられてきた、「日本が残した功績」を、正面から問い直します。
私たちは、先の大戦を戦い抜いた祖先たちへの正当な敬意を払えているでしょうか?
著者は、日本が起こしたこの戦争が、単なる敗戦の歴史ではなく、世界史の大きな転換点となったと主張します。すなわち、欧米列強による長年の植民地支配からアジア諸国を解放し、その後の世界の独立運動を決定づけたという、日本の国際的な功績に光を当てているのです。
これは、私たちが学校やメディアで教えられてきた歴史観とは一線を画す、刺激的で新しい視点に満ちた一冊です。
「この国は、先人たちの犠牲と、世界を変えた偉業の上に立っている」——その事実を深く理解したとき、私たちは立ち止まることをやめ、日本国民としての誇りを取り戻し、未来への強い希望が生まれるはずです。
私たちの世代が歴史を取り戻し、未来へ繋ぐ
激動の現代、この国を次世代へ確実に手渡すためには、私たち一人ひとりが**「正しい歴史認識」と「未来への責任感」**を持つことが急務です。
欧米中心の歴史観に疑問を持っている方
先祖の偉業に正当な敬意を表したい方
日本国民としての誇りを再構築したい方
日本の存続に対する危機感を希望に変えたい方
この一冊を読み終えたとき、あなたは日本の歴史に対する新たな視点を得るとともに、日本国民であることの誇りを胸に、未来へ向かう確かな決意を固めるでしょう。 -
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ラビ・マービン・トケイヤー (著)
1936年9月4日、ニューヨーク生まれ。1958年、同市イェシバ大学卒。1962年、ラビ(ユダヤ教の牧師)の資格を取得。1967年、東京広尾に日本ユダヤ教団設立。初代ラビに就任し、1976年まで活躍
,加瀬英明 (翻訳)
1936年、東京生まれ。慶應義塾大学、エール大学、コロンビア大学に学ぶ。「ブリタニカ国際大百科事典」初代編集長。外交評論家として内外に豊富な人脈を築き、77年より福田・中曽根内閣で首相特別顧問として対米交渉に貢献。日本ペンクラブ理事、松下政経塾相談役などを歴任
ユダヤ系の本凄い好きで過去に積読しまくって読まずに忘れてたんだけど、やっぱりユダヤ系の本面白いしこれも面白かった。極端な話、仮に日本が崩壊してユダヤ人みたいに世界中へ散らばる事態になっても、皇室さえ存続していれば、いつかどこかで天皇家を中心に国家を取り戻すこともありえる所がユダヤ教にシンパシー感じるのかな。
今日、世界にユダヤ人は二〇〇〇万人もいない。たった一四〇〇万人ちょっとである。このうちおよそ八〇〇万人が、ユダヤ人の古くて新しい祖国であるイスラエルに住み、残りが世界中に散らばっている。
一四〇〇万人といえば、世界の大都市の人口とあまり変わらないし、もし一つの国をつくっていたとしても、世界の国を人口順に並べてみれば、中ほどの目立たない場所に入るだろう。それなのに、ユダヤ人は世界の自然科学、社会科学、政治、芸術、音楽、文学、ビジネス、ジャーナリズムといったあらゆる分野に、きら、星のように成功者がひしめいている。どういうわけか、ユダヤ人はスポーツだけは苦手であるが、他の分野なら、第一位から第三位ぐらいの間には入っているだろう。
キリスト、マルクス、アインシュタイン、フロイト、ベルクソン、ロバート・オッペンハイマー、ハイフェッツ、トロツキー、ディズレーリ、キッシンジャー、ドラッカー……。 著名なユダヤ系ビジネスマンでは、ロスチャイルド、ピューリッツアー、ロイター、アーネスト・オッペンハイマー(デ・ビアス社)、マーカス・サミュエル(シェル石油)、アンドレ・シトロエン、カミッロ・オリベッティ……。 アメリカで活躍中のユダヤ人としては、マイケル・デル、ジョージ・ソロス、スティーブン・スピルバーグ、マーク・ザッカーバーグ、ラリー・ペイジ……。
ユダヤ人がいなかったとしたら、おそらく今日の世界の社会科学や科学技術は、これほど進歩していなかったはずである。ナチス・ドイツの科学技術水準だって、きわめて低いものになっていただろう。そして、成功したユダヤ人は、しばしばドイツ人とか、フランス人とか、アメリカ人として知られている場合が多い。
というのは、ユダヤ人は成功者を生む確率がもっとも高い民族なのである。私はユダヤ系アメリカ人なので、すぐに野球を例にひくが、世界の諸民族を野球チームにたとえれば、ユダヤ人はもっとも打率の高い民族なのである。人類の最優秀チームだといっても良いだろう。イスラエルは建国以来七〇年にもならない移民の国なのに、石と砂の砂漠の土地に緑の農業を興し、工業化を進めて、大きく発展した。
このように人間は環境によってつくられる。ユダヤ人はユダヤの環境の作品である。しかし、文化とか、伝統、環境といったものは、ソフトウェアであって、何千年もかかって開発されるものである。そこでユダヤ人の文化や伝統は、仕事の面でも、私生活の面でも、もっとも成功率が高い人間を生むソフトウェアであるといえよう。
ユダヤ教は、『旧約聖書』に基づいている。そしてユダヤ人にとって『旧約聖書』は、毎朝、インクがまだ乾かないうちに届けられてくる新聞ほどに新鮮なものなのである。
イスラエルには、多くの敬虔なユダヤ教徒がいる。ユダヤ人は宗教によって毎日『聖書』を勉強することを義務づけられているし、アメリカにもこのような敬虔なユダヤ人は多い。もっとも、私自身について言えば、もはや戒律を守ってはいない。しかし、ユダヤ人は戒律を守らないからといって、ユダヤ人の伝統を失ったわけではない。幼いころから学ぶことは、ユダヤ人の民族的な伝統なのである。学ぶこと、教育こそは、ユダヤ人にとって何よりも重要なのである。ユダヤ教がユダヤ人をつくるので、ユダヤ人は学ばないとユダヤ人になれないのだ。
「正しいことを行っている者は、一人で歩むことを怖れない。しかし、悪いことをしている者は、一人で歩むことを怖れるからです」
一生の間、人間が使えるもっとも貴重なものは、金銭ではない。時間である。というのは、『タルムード』は、人間は無限に金銭や富を手に入れることができるが、一生の時間は限られている、と教えているからである。
『タルムード』は、「限られているものは何か?」と尋ねている。それは、人の生命であり、時間である。金銭よりは、時間のほうが大切なのだ。それなのに、人びとは金銭を使うときには慎重であっても、時間を浪費することについては、さして気にとめない。
そして、人間は他人のお金を預って使うことになれば、緊張して、細かい神経を配る。他人に金銭的な負担をかけることには、神経をとがらすものである。そのくせ、約束の時間に遅れたり、また、つまらない用件や長居で他人の時間を潰したり、浪費することには、あまりかまわないものだ。 これは、人びとが時間よりもお金を大切にしていることを示している。 時間も、お金も、両方とも重要なものである。しかし、二つのなかでは、時間のほうが大切であることを忘れてはならない。
悪人は、人の前ではじめは美しい世界を描きだす。それは、見渡すかぎり白銀の雪に覆われた光景に似ている。 しかし、現実という太陽が照ると、雪は溶け、一面、泥沼の醜い世界が広がるようになる。悪人が美しい世界をあなたの前につくりだしても、騙されてはならない。明日、目を覚ますと、泥沼の世界になっているかもしれないから。
これは、一つのことに優れているからといって、ほかのことに優れているとはいえないという意味である。 たとえば『タルムード』を究めた、もっとも賢いといわれるラビでも、鍵をしまい忘れることがある。そして世界中の富をほとんど一人で握っているような大商人でも、学問のことになるとまったく駄目な場合もある。 このように人間にはみな限度がある。一つのことを究めたからといって、ほかのこともできるとは限らない。一つの専門に優れているからといって、その専門外の意見を聞いた場合には、まったくの 素人 とであることが多い。 そこで、自分が一つのことに 長けているとしても、自信を持ちすぎてはならないという戒めなのである。
そこで、何々〝らしさ〟とか、まともさといったものは徳目として強調されるが、実際には自己保全のための処世術なのである。といっても、個性は、服装や髪型といった 末梢的な、つまらない、表面的なものにあらわして満足するべきものではない。かえって、個性がない人ほど、そのような安易な方法で個性的であるように装いたがるものだ。奇異な服装や、外見のために人びとから警戒されたり、差別されることに対して神経を使うよりも、もっと大切なことに自分の個性を向け、活かすべきである。
民主主義は、世界で最初にユダヤ人がつくったものである。 ユダヤ人は一般にインフォーマルな服装を好む。イスラエルでは、上着にネクタイを締めている者は、政府高官でも少ない。
カリフラワーは、いろいろなところにある。そして、人は自らを閉じこめてしまうことによって、自由を失ってしまうのだ。 ユダヤ人は世界に散り、全世界を放浪したために、一つの世界のとりこになることが少ない。とはいっても、この格言があるのだから、やはりユダヤの世界にも、カリフラワーがたくさん存在してきたのだ。
若者のなかに理想主義者が多く、老人の間に保守主義者が多いのは、経験の量に比例しているのだ。 ユダヤ人が『タルムード』やユダヤの古典を、かびが生えた古書のようには扱わずに、まるで昨日書かれた書物のような新鮮さをもって読むのは、長い歴史の経験から生みだされた教訓を大切にするからである。
ユダヤ人は知的には素直ではない。ユダヤ人はつねに好奇心に燃えているので、物事をあらゆる角度から見ようとする。〝ヘブライ〟の意味は、〝もう一方に立つ〟ということで ある。 ユダヤ人は、よく質問する。 そこで、こういうジョークがあるほどだ。 「ユダヤ人は、どうしてそんなによく質問するのだ?」 「どうして、よく質問してはいけないのだ?」 事実、ユダヤ人に質問すると、質問で返ってくる場合が多い。 忍耐強く、たくさん質問しなければ、成功しないのだ。
それに、もともとユダヤ人はキリスト教徒のように、金銭を蔑視したり、罪深いものであるとは、考えなかった。金銭は、使いかたによって、良くも、悪くもなる。お金自体には、責任はない。むしろ、〈金銭は、機会を提供する〉ものだと考えているのである。
ユダヤ人は、金銭を良いものだとは言わないし、悪いものだとも言わない。お金があったほうが、人生でいろいろなことができる機会が増えるというのである。
人間が権力を持っている者、また、高い地位についている者を敬うときには、その人間をほめているのではなく、その者が持っている権力や、ついている地位に対して敬意を払っている。
キリスト教が説くお金やセックスヘの蔑視のために、十分な資産をつくらなかったり、人生における楽しみを逃した者がどれだけいるのだろうか? それも、人間が自分に自信を持たないからである。
物を崇拝してはならない。お金を崇拝する者が 滑稽 に見えるのは、物を崇拝しているからである。人間は自分が崇拝しているものにできるだけ近づきたいと思い、同時に同化してしまう。だから、物を崇拝する者は、自分も物になってしまう。 人間はお金のために存在しているのではない。ちょうど洋服が人間のために存在するようなものである。逆になれば、人間はハンガーになってしまう。
誰でも、その人なりに、どうすればお金を稼げるかは知っている。しかし、お金の使いかたを知っている者は、何人いるだろうか? 人間はお金の主人であるべきだ、といっても、お金には不思議な魔力がある。たとえば、この世の中でほとんどのものは、使うことによって、値打ちがわかる。それなのに、お金だけは自分でつくってみなければ、値打ちがわからない。
ユダヤのことわざにも、似たような発想がある。〈銀貨は丸い。こちらに転がってくるかと思うと、あっちに転がってゆく〉
ユダヤ人は、悲しい目をしている。しかし、底抜けに明るい。悲しさを知っているからこそ、明るさがどれほど貴重なものかがわかり、夜を知っているから、太陽の恵みを楽しむことができるのだ。
ブドウの房は、 〝重ければ重いほど〟、下に下がる。 これは、人間は謙虚であるほど腰が低くなるということを意味している。
『タルムード』は、〈世界でもっとも不幸な人間は、自分を意識することが過剰な人間である〉といっている。 自分の失敗をいつも他人が笑っていると思う者は、自分が世界の中心にあり、他人が一日に二四時間自分を注視していると勘違いしているのである。 そこで、このようなことで自信を失っている者は、鼻もちならないほど自信が過剰であるのと変わりがない。いってみれば、自己中心で、 傲慢 なのである。思いあがりからくるかん違いなのだ。
私は読者のみなさんに、ぜひ『聖書』を読まれることをすすめたい。もし、全部読むことができなければ、初めのほうだけでもよい。数多くの教訓が得られるだろう。
人びとは 石 鹼 で体を洗い、涙で心を洗う。もう一つ、美しいことわざがある。〈天国の一隅には、祈れなかったが、泣けた人のために場所がとってある〉 喜怒哀楽。泣けない人間は、楽しむことができない。夜がなければ、明るい昼はない。 泣くのを恥ずかしがる者は、喜ぶときも、ほんとうに喜んではいない。つくって、装っているのだ。
ユダヤ人は昔から〝本の民族〟とか、〝学問の民族〟と呼ばれてきた。人間にたとえれば、ユダヤ人にとって学問は血のようなものであった。いったい、血液が流れていない人間がいるものだろうか? それと同じように、学問のないユダヤ人などは考えられないのである。
おそらく学ぶことを宗教的な義務にした民族は、世界にほかにはなかっただろう。
ユダヤ人は、教育といえば、学校という公共の教育施設よりも、家庭を思い浮かべる。家庭における教育を重視するのだ。というのは、子どもたちは学校では知識を学ぶが、家庭において知恵を教えられるからである。そして、子どもたちの生活の中心は家庭にある。
愚か者にとって、老年は〝冬〟である。 賢者にとって、老年は〝黄金期〟である。
〈ユダヤ人が二人集まると、三人分の意見が出る〉ということわざがある。ユダヤ人に質問をすると質問で返ってくるといわれるほど、ユダヤ人は好奇心が強い。とにかく、ユダヤ人ほどよくしゃべる民族はないだろう。
ユダヤ人は、激しい恋愛をしない。このことはユダヤ人の結婚観に基づいている。 ユダヤ教では、『聖書』の 世記のなかで、神が人間に〝生めよ、ふえよ、地に満ちよ〟と命じてから、結婚はすべてのユダヤ人にとって聖なる義務となっている。ヘブライ語で結婚は〝ギドゥシン〟というが、〝聖なるもの〟という言葉と同じである。
ユダヤ人は功利的な民族だといわれる。ユダヤの知恵は、長い経験に基づいている。 ユダヤ人は、子どもが成長して結婚すると、親は同じ家には住まないことがルールになっている。親は新婚夫婦が新居を構えられるように、援助する。同じ屋根はいただかないのだ。
これは、人間は、いっしょにいる者に影響されるということだ。 もっとも、年老いた夫が若返らず、妻がいつまでも子どものように若々しかったら、この結婚はうまくいくまい。
知識を豊富に持っている者は、人びとに大切にされる。というのは、便利だからである。しかし、彼は知識のために大切にされているのであり、人間として愛されているのではない。 これに対し、美しい心を持った者は、人間として愛される。はじめは知性のある者が、心のある者より大切にされているようでも、結局は美しい心の持ち主のほうが勝つことになる。
★ 一人の古い友だちのほうが、一〇人の新しい友だちよりも良い。
ある意味では、長い歴史を眺めれば、ユダヤ人は優れた者が生き残るという法則にしたがって 淘汰 され、ユダヤ人のなかでも知的に優れた者だけが生き残ったといえる。 そしてユダヤ人は苦難に耐え抜くだけの自信(ユダヤ教が絶対に正しいという) と、力を持ってきた。ユダヤ人が自分たちの文化に揺るぎない自信を持つところに、底力がある。
ユダヤ人は、他の諸民族から〝本の民族〟という別名をつけられている。そして間違い なく歴史を通して、世界でもっとも教育が高い民族である。アメリカの統計を使えば、今日、ユダヤ人はアメリカの人口の二パーセント程度にしかあたらないのに、精神分析医、弁護士、数学者のそれぞれ一〇パーセント前後が、ユダヤ人である。アメリカの大学では、最上位成績の者がファイ・ベータ・カッパ(ジョン・F・ケネディがこの会員だった) の会員となるが、この三分の一以上がユダヤ人なのだ。
ユダヤ教のラビは、学者、地域社会の指導者、相談相手を兼ねているが、妻帯しており、ふつうの人間生活を送っている。カトリックの僧侶や尼僧のように、生涯、異性を知ってはならないといった行者は、ユダヤ人から見れば非人間的なことである。人間をつくって性を与えた神に背くことになるのだ。ユダヤ人は誰であれ、独身でいることを神に背くと考えてきた。
ユダヤ人はキリスト教徒のように、性を不潔なものとして蔑視しない。神が人間に性の快楽を与えた以上、悪いものであるはずがないのだ。異性を見て、心のなかで色情を催したら肉体が 姦淫 したのと同じである、というのはユダヤ人にはまったく縁のないことである。反対に、ユダヤ教は夫婦であっても、快楽をともなわない性交渉を持つことを禁じている。
ユダヤ人の金銭に対する態度も、まったく同じである。キリスト教徒は金銭を性と同じように罪深く、不潔であり、千歩譲っても必要悪であるとしか考えてこなかった。しかしユダヤ人は、このようなタブーに縛られてはいない。ここでもお金は性と同じように使いかたによって、良くも悪くもなるものだとみなした。ユダヤ人は、「金銭は機会を提供する」ものだと、古代から言ってきたのである。ユダヤ人の世界では貧乏は不名誉ではないが、キリスト教徒のように清いとかいって鼻にかけて自慢できることではない。
それに、ユダヤ人が笑いが好きだということは、ユダヤ人が楽観主義者であることを示している。マーク・シャガールの絵は、ユダヤ人街に住むユダヤ人の人生観を典型的に表現している。空を漂う恋人たちや、家畜、甘い夢、花束といったものは、ユダヤ人街の世界だ。もっとも、ユダヤ人は住んでいる土地の影響を受けたから、シャガールの絵の世界は、同時にスラブ人の農民のロマンチシズムを多分にあらわしている。ユダヤ人は夢多く、楽観的なのだ。
ヨーロッパで、キリスト教徒が金銭を蔑視していたときに、為替や、銀行制度をつくったのはユダヤ人であったことを思い起こしてほしい。ユダヤ人はキリスト教会が金利を罪悪だとみなしていたときに、金利は当然のことだと思っていた。もっとも、今日、あらゆる銀行が、金銭に汚い人びとによって経営されているというのなら、これも一つの識見である。 -
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日米関係を中心とした世界観を一変する驚愕な話。いったい事実なのだろうか。
今日、日本国民の多くが、先の対米戦争が日本が仕掛けた無謀な戦争だったと信じ込まされている
だが、事実はまったく違う。アメリカは日本が真珠湾を攻撃するかなり前から、日本と戦って、日本を屈服させ、日本を無力化することを決定していた
アメリカも日本と同じように、誠がある国だと思い込んできた。それがとんでもない間違いだったと気付くのは、ずっと後のことだった。
セオドア・ルーズベルトは、日露戦争までは、日本に好意をいただいていたが、日本がロシアに勝つと、日本を、アメリカがアジア太平洋においてもっていた、フィリピン、グアム、ハワイなどの領土や、中国大陸にあるアメリカの権益に対する、新たな脅威とみなすようになった。
ルーズベルトは、日華事変が始まると、蒋介石政権が日本と戦うために必要とする巨額の資金を提供した。
後に首相となった、近衛文麿はアメリカを訪問したときに、ルーズベルトと、ハルは極東について、まったく無知だと語っている。
昭和15年(1940年)9月末から10月にかけて、アメリカ陸海軍の暗号解読班が日本の外交暗号すべてと日本会議の暗号の一部を解読することに成功した。これ以降、アメリカは日本政府の動きを刻々と手に取るごとく、知ることができるようになった。
日本を追いつめるための政策、蒋介石政権に可能な限り支援を行う。英米が強力して日本に対して完全な禁輸を実施する。蘭印に日本へ石油を輸出させない。日本を挑発するために、日本近海に巡洋艦を出没させる
開戦前に、ルーズベルト大統領は、日本本土爆撃作戦を立案し、承認していた。
近衛内閣が日米交渉を始めた時点では、陸海軍は日米関係が悪化しつつあったものの、まだ、対米戦争になるとは思っていなかった。そして、陸海軍も日米交渉が成功することを強く期待していた。
開戦直前の昭和19年(1944年)まで日本は南洋諸島に防備を施すことが全くなかった。もし、十分な時間をかけて、これらの島々に防備を施していれば、サイパンや、テニアンをはじめとする諸島に来寇したアメリカ軍に対して、もっと頑強に抵抗することができただろう。少なくとも、短期間で奪われることはなかったはずだ。
日本は短期戦争を行う能力しか、もっていなかった。近衛首相以下の参列者の前で、模擬演習の総合結果について報告が行われ、対米英戦争は日本の敗北で終わるという判定がくだされたことが明らかにされた。
もとより、ルーズベルトは日本と戦うことに決めていたので、日米交渉が妥結することを望んでいなかった。
御前会議で、昭和帝が、「よもの海みなはらからと思ふ世に など波風のたちさわぐらむ」が読み上げられた。平和を希求する明治帝の御製だった。
11月25日にホワイトハウスで会議が行われた 結論は、「アメリカに過大の危険を招かぬように配慮しつつ、日本のほうから攻撃せざるを得ないように仕向ける」であった。
11月26日、ハル国務長官は、野村、来栖両大使を国務省に招いて、ハル・ノートを手交した。政府と軍の誰もが、アメリカの最後通牒だと判断した。
真珠湾にのこっていたのは、アリゾナをはじめ、ほとんどが、第一次大戦からの旧型艦であった二隻の空母は出払っていた。
目次
第1部 アメリカに強要された日米戦争の真実 加瀬英明
第1章 ルーズベルトが敷いた開戦へのレール
第2章 米政府が秘匿した真珠湾の真実
第3章 日本人が知らない日本の歴史的功績
第4章 この教訓から何を学ぶか
第2部 ペリー襲来から真珠湾への道 ヘンリー・S・ストークス
第1章 100年にわたるアメリカの野望
第2章 ペリーが開けた「パンドラの箱」
ISBN:9784396112875
出版社:祥伝社
判型:新書
ページ数:224ページ
定価:780円(本体)
発売日:2012年08月10日初版第1刷
発売日:2014年04月15日初版第8刷 -
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ネタバレペリーが種を蒔き、ルーズベルトが育て、マッカーサーが収穫した。
アジア唯一の独立国日本を、最後の有色民族を刈り取るため。
ルーズベルトが日本からの開戦へと誘導した。
アメリカ国民を欺き、あくまで攻撃される体裁をとるために用意周到に。
決めてはハル・ノート。日本には到底呑めない内容。
経済制裁により石油が枯渇し、今戦うか、枯渇して何もできなくなってから侵略に抗うかの二択を迫られた。
フーバーとマッカーサーはルーズベルトを狂人と呼んでいる。
「経済制裁は殺戮と破壊が行われないものの、戦争行為にあたるものであって、誇りを重んじる国であったとすればどんな国でも耐えられるものではなかった」
もし日本が朝鮮半島を領有し続けたら朝鮮戦争は起こらなかった。日本軍が中国大陸にかなりの期間にわたって留まったとすれば、中国が共産化することもなかったはずである。
国家の独立を自助努力によって守るのは、どのような国家にとっても国家として存立を確保するのにあたって求められる。
第二次世界大戦が終わるまで、アジア・アフリカ諸民族は西洋の侵略を受け独立を失い、数百年にわたって植民地支配のもと辱められていた。人間の価値は皮膚の色で決められていた。
日本が国際社会の仲間入りを強いられたときから夢見たのは、独立を全うしたうえで一流国になること、そして人種平等の世界の到来。
日本が日露戦争に勝ったことで、初めて有色人種が白人の大帝国を打ち負かし、アジア・アフリカ諸民族が闇の中で光を見た。アジア各地で独立闘争の狼煙があがった。
日本は連合国が第一次世界大戦を処理したパリ講和条約会議をはじめとした場で「人種平等の原則」を訴え続けたが、植民地を持つ諸国により拒まれた。アメリカは1960年代まで、黒人を法的に差別していた。
もし日本が日露戦争に勝つことなく、先の大戦を戦うことがなかったとすれば、今でもアジア・アフリカ諸民族は西洋の植民地支配にあっただろう。
日本によって世界のあり方は一変した。それだけに西洋による報復も凄まじいものだった。連合国は日本の輝かしい歴史の抹消を図ったのだ。
大戦を経たアジアの解放が、アフリカ大陸に波及し次々と独立していった。
以降、黒人の差別撤廃運動が広がり、権利を獲得していったのである。
日本が先の大戦で大きな犠牲を払い、幕末から夢見てきた人種平等の世界を招き寄せたのである。
例えばインドネシアでは、
・英語、オランダ語を禁止。
・青年に軍事訓練を課し、規律や忍耐を教えた
・オランダ人を一掃し、インドネシア人に高い地位を与えた
・民族結集組織や奉公会の本部、支部を置き、組織の運営方法を教えた
このようなことを侵略する国にする訳はなく、これが証左である。
また、ジャカルタの独立記念碑には05817という日付が刻まれている。1945年8月17日に署名されたもの。
05とは何か、日本の皇紀である。日本を建国した神武天皇即位の年から数えて西暦1945年は皇紀2605年なのだ。
インドネシアの独立は、その生みの親となった日本の「天皇の暦」で祝福されている。
この事実一つ取ってみても、日本がアジアに対して侵略戦争を行ったという欧米の歴史認識は根底から崩れるのである。 -
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・ユダヤ人は旧約聖書の教えをずっと守ってきた
・5,000年の真理を学んできている
・幸運は蝶のようなもの。勝手に手中には入らない。通り過ぎたら捕まえなくてはならない。
・善を一つ行ってしまえば簡単なもの。2回目はもっと容易にできる。
・人間の最も貴重なものは時間と健康
・ユダヤの金言
┗成功の半分は忍耐
┗賢人とは あらゆる人から学べる人
┗強い人とは 感情を抑えられる人
┗豊かな人とは 自分の持っているもので満ち足りている人
┗人に愛される人とは あらゆる人をほめる人。
・神が絶対に許さない罪=同じことについて何回も悔やむこと。
・よいこと →はじめはイバラの山道、やがて平坦な道に入る
・悪いこと →はじめは平坦な道、やがてイバラの道に出る
・死んで唯一持っていけるのは良い行い
・どのような上り坂にも下り坂がある
・健康ほど大きな宝はない
・睡眠ほど良い医者はない
・胃の1/3は食べ物、1/3は飲み物、1/3は空にしておく。
・人生とは賢人にとってはゲームではなく、夢。
・自分が持っているものを必要としている人に売るのがビジネスではない。
自分が持っていないものをそれを必要としない人に売るのがビジネスである。
・人生はバランスが大切
・健康は普段は感じない。病気になると痛みや苦しみを感じる。幸福も普段は感じない。失ってから感じる。
・失敗は経験になる、しなかったことは後悔。
・最高の知恵とは親切さと謙虚
・謙虚とは自分を主張しないで、相手の求めている事をできるだけ認める
・人は生まれると喜び、死ぬと悲しむ。本来は逆がよい。生まれたらこの先どうなるか分からないが、死ぬ時はなにを成し得たかが分かる
・急いで答えるものは、急いで間違えを犯す
・和解とはお互いが非を認める -
Posted by ブクログ
戦争の犠牲者となった人々の命を無駄にしたくないという気持ちがあるが、そのために自分でできることは、「少しでも真実に近づく」ことであると考えている。今まで、東アジアに関する様々な本を読んできたが、いつもどちらかに片寄っている気がして、読んでいて疑問を感じることが多かった。「日本は悪である」という考え方がある一方で、「東京裁判は間違いである」という考え方もある。世界史の中の人種差別・植民地・戦争の歴史のひとつとして太平洋戦争を大局的に見ていきたい。
この本は、加瀬英明さんとヘンリー・S・ストークスさんの二つの視点で書かれているので、より客観的で信頼できる部分が多い気がする。世界史の一部としてアジアの歴史を学ぶにあたって、できるだけ多くの人に読んで欲しいと思った一冊である。 -
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2人の著者による新書。前半は加瀬氏、後半はヘンリー・S・ストークス氏に分かれている。
加瀬氏の内容については他の本で知った内容が多く特に目新しい点はなかったが、やはりアメリカという国の欺瞞を感じる。
ヘンリー・S・ストークス氏の内容については、インドネシアの独立の流れ、また岸田秀氏やチャンドラ・ボース氏のことにも触れており、英国の方とはいえ客観的に歴史を見られている印象を持った。
今現在、弱体化しているとはいえアメリカの覇権が続いており、次の覇権国は何処になるのか興味深いところではあるが、おそらく自分がその世界を観ることは無いのだろうと思う。
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Posted by ブクログ
ユダヤ人は、長い歴史の中で迫害と差別という苦境の中で生き抜いてきた。さらには、歴史上の偉大な功績を残している人物の中多くのユダヤ人が存在している。ユダヤ人という民族が、苦境の中を生き抜き、さらに偉大な人物を輩出し世界を発展させた理由はどこにあるのか?
著書では、ユダヤ人が聖書を崇拝し、聖書の教えを堅く守ってきたことに由来していること、また聖書を理解、様々な観点から検証するために文字書きを覚えるなかで知的好奇心を育んできたことを指摘する。また、聖書の内容は、世界を知るための知識と、生きるための知恵を重要視していること。お金の有用さを過小にも過大にも評価しない点、また中庸を重んじる点、生きるためには辛い時こそ笑うことが重要である点を挙げていた。また他人を助けることを正義とし、助け合いの精神で迫害の歴史の中を生き抜いてきたと述べている。
しかし一方で、今の世界情勢を見るとイスラエルのユダヤ人がガザの貧しい人を迫害している。ユダヤ人の教えにもある通り、強すぎる権力はユダヤ人であっても利己的で排他的になるということか。
日本人である自分も、資源が少ない国で生まれ、これから人口減少による経済縮小が叫ばれており、明るい未来が見えない中にいる。しかし悲観するのではなく、苦しみの中でも笑いながら知恵をこらして生き抜き、世界をより良くする方法を模索するユダヤ人の生き方を参考にしたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレユダヤ人をステレオタイプで考えることの危険性
ユダヤ人に対するステレオタイプは、歴史的な偏見や誤解に基づいており、彼らの多様性や個々の特性を無視する危険があります。特に「ユダヤ人は金持ちである」といった固定観念は、実際には多くのユダヤ人が直面している困難や、彼らの文化的背景を軽視するものです。このようなステレオタイプは、ユダヤ人に対する差別や偏見を助長し、社会的な分断を生む要因となります。
本書は、ユダヤ人を理解する上で非常に重要な内容を提供しています。ユダヤ教の教えや歴史、文化、そしてユダヤ人の思考や価値観を深く掘り下げることで、彼らのアイデンティティをより正確に理解する手助けとなります。
ユダヤ人をユダヤ人たらしめている思考や価値観
ユダヤ人をユダヤ人たらしめているのは、その思考や価値観であり、その片鱗は本書にもある「ユダヤの教え」に見られます。ユダヤ教の教えは、教育や倫理観、コミュニティ意識を重視し、これらがユダヤ人のアイデンティティを形成しています。特に、教育に対する情熱や、家族やコミュニティを大切にする姿勢は、ユダヤ人の成功の背景にある重要な要素です。
1. 教育の重視
ユダヤ教では、教育が極めて重要視されています。聖書やタルムードを学ぶことは、単なる知識の習得ではなく、神とのつながりを深める手段とされています。この教育への情熱は、ユダヤ人が歴史的に成功を収めてきた理由の一つです。ユダヤ人は、幼少期から厳格な教育を受け、知識を重視する文化が根付いています。
2. 強い家族愛とコミュニティ意識
ユダヤ教徒は、家族やコミュニティを非常に大切にします。安息日には家族で集まり、食事を共にすることで絆を深めます。この強いコミュニティ意識は、ユダヤ人が困難な状況を乗り越える力となっています。互いに助け合う文化が根付いており、困っている人がいれば助け合うという姿勢が強調されます。
3. 普遍的な倫理観
ユダヤ教の教えには、他者への配慮や公正な社会を求める内容が多く含まれています。トーラーには「貧しい者を搾取してはならない」といった教えがあり、社会的な責任を果たすことが求められています。この倫理観は、ユダヤ人が社会での成功を追求する際の基盤となっています。
4. 契約の概念
ユダヤ教における神との契約は、信者と神との間に結ばれた相互の約束であり、対等な関係を示しています。この契約の概念は、ユダヤ人が自らの行動に責任を持つことを促し、社会的な役割を果たすための重要な要素となっています。契約は、ユダヤ人のアイデンティティの中心に位置し、彼らの行動規範を形成しています。
5. タルムードの教え
タルムードには、ユダヤ人の思考様式や価値観が色濃く反映されています。議論を重視し、失敗から学ぶ姿勢は、ユダヤ人が新たな挑戦を恐れず、常に成長を目指す原動力となっています。タルムードの教えは、ユダヤ人が直面する現実の問題に対しても実践的な解決策を提供しています。
結論
ユダヤ人をステレオタイプで考えることは、彼らの多様性や個々の特性を無視する危険があります。本書は、ユダヤ人を理解するための重要な視点を提供しており、教育、家族愛、倫理観、契約の概念、そしてタルムードの教えは、ユダヤ人の成功の背景にある重要な要素です。これらの価値観を深く掘り下げることで、ユダヤ人のアイデンティティをより正確に理解することができるでしょう。