リチャード・バックのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレはい、というわけでね
トレードマークは荷台に描かれた聖徳太子の一万円札!
恐妻家で子だくさん
いつも明るくて、情にもろくて騙されることも多いそんな人
運転技術もたいしたことなくて、腕っぷしもからっきしだし、けっこうなビビり
だけど一番星桃次郎のピンチには必ず駆けつけ、恐怖に震えながらも4トン半の小さなトラックで倍以上あるトラックに立ち向かいます
そうなんよ!わいのヒーローは桃次郎じゃなくて「やもめのジョナサン」やったんよ!
なんでジョナサンはそんなことが出来たんだろう?
それはきっと自分の心の声に常に忠実だったからじゃないか?と思うのです
本当はすぐにでも逃げ出したい状況で、迷わずアクセルを踏み込めるのは、自分の心の中にある大切なものを決して捨てることがなかったから
そんな風に思うのです
だからジョナサンは道を間違えなかったんじゃないか、ヒーロー足り得たんじゃないか
ジョナサンが僕たちに教えてくれるのは「自分の先生は自分」ってことなんじゃないでしょうか
最後ちゃんと『かもめのジョナサン』の感想になってるっていうね(さすが) -
Posted by ブクログ
ネタバレ人は人でしかないんだと思いたいと思った。
能力、考え方、時代、色々な物事が混ざり合って今の自分がいると思った。
そんな簡単じゃないぜえ、自由
そもそも自由って自由じゃなかったりするぜ。
それがそもそもの間違えだぜ
そんな事を言ってちゃあなれねえぜ、自由。
みたいな考えが右往左往しながら読みました。
4章は、宗教とかニヒリズムを感じられて面白かったです。
考え方も普遍的ものなんて無いのかもですね。
ベルセルクの魔女さんが言ってたみたいに円環ではなく螺旋なんでしょうね。
五木寛之さんの批評を全部読むと、色々な角度からの見方があると勉強になりました。 -
Posted by ブクログ
・雨の日
・紅茶屋
・ヒッピーの聖典。
・お店に置いてたのでナナメ読み。
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・アルケミストと同様にスプーンの油にも触れている。
・ジョナサンの教えはやがて本質ではなく形式のみが受け継がれていく。
・パート4が書かれたのは近年、40年かかったそうな。
・すべてが茫洋としてすべてが確信系の本。
・印象的だった部分↓
・ジョナサン:「自分を追い出した者に教えてあげなさい」
・ジョナサン:「私は皆と変わりない、自分の事を知り、すでに練習を始めていることが重要だ。」
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・飢えた事がある世代と、そうでない世代では大切にしているものが違う。
・大切なのは丸が重なる部分。
・丸の重なりに何を入れる?
・それがスプーンの油?
・もう少し考えてみます。
完
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購入済み
生の追求
ただ生きること。天敵から身を守り、食事を得て、子を育てること。これらは尊く、ないがしろにできるものではないと思う。しかし、それらと同等の強い想いを別に持つことができたなら、人生に強靱さが加わる。
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ひとつのことを極めることで得られる解脱、悟りようなものはあると思う(少なくともあってほしい)。五木寛之氏は「ゾーン」と書いているが、そういう一時的な感覚ではなく、人生観を変えるような何かである。それは、生死を扱うような武術・武道の類のみならず、茶道や華道などにもみられるし、禅的にいえば仕事家事全般、なんでもそうだろう(要は、取り組み方)。
ジョナサンにとっては「飛ぶ」ということが、それだった。作者のリチャード・バック氏が戦闘機や曲芸飛行のパイロットであったこと、シルバ・マインド・コントロールの経験者であることを考えると、本人の体験をもとに記したものであることは想像に難くない。
悟りを得た人が、他の人々にその方法を伝えるべきかどうかは、大きな問題のようだ。伝えればどうなるのか。社会的に排除されるかもしれない。周囲で混乱や争いが起きるかもしれない。よくても変人扱いだろう。かの釈迦ですら、梵天に再三頼まれて決断したのである。だから、作者は宗教活動なんかはせず、「かもめのジョナサン」という寓話の形で、自分の体験を世に伝えたのではなかろうか。
などと考えながら読み終わり、最後の五木氏の「1974年版あとがき」で驚いた。寓話を書いただけでも、あやうく排除されそうになっているではないか(しかも訳者によって)! もちろん、その後、2012年に最終章「Part Four」が追加されたことで、ジョナサン=ブッダ(目覚めた者)であり、「宗教がたどる道」を示した寓話であることは確定したわけだが。これは初版から追加しておくべきだったのでは? と思わなくもないが、当時の米国では、それこそ、むしろ宗教批判として排除されかねない感じだったんでしょうかね。
葬式仏教に辟易しながらも、彼岸の準備をしつつの読書でした。 -
Posted by ブクログ
ネタバレリチャード・バックの本は、読み始めるとたちまち辺りに静謐で夢の中の様なふわふわとした浮遊感に包まれる感じがして、プロペラ機で1人空を飛行している時はきっとこんな感覚なのかな。と夢想してみたり昔からとても好きなのだが、最近になって第四部があった事を知り今回初めて完成版を読んでみた。
不思議な世界のカモメの話は、人間社会に生きる私たちがその意味を考えるうえで示唆に富んだ内容ではあるけれど、第三部までは童話(?)寓話(?)的な世界観の色が強く、説教くさく感じないまま物語は終わるという印象を持っていた。
第四部ではジョナサンが会得した飛行技術や「カモメとはどんな存在か」を若いカモメ達に教えていく中で、やがてジョナサン自身が神格化され、本質であるはずの飛行技術を学ぶ者や自分とは何者かを考えるものがいなくなっていく。
きっと仏教やキリスト教も、はじめは「隣人に愛を持って接する」とか「家族を大事にする」とかシンプルな事が本質であったはずなのに、誰が何を言ったかとか教義の解釈の違いとか、本質的ではない物事で人々が分断されていく事を示唆しているように思う。
第三部までの構成では「星の王子様」的なファンタジーなお話の印象が強いが、第四部を含めると人間社会とリンクする部分も相まってフワフワとした読後感の心地良い感覚が少し薄まる気がして、そこがイマイチという感想もよく見かける。
けど、この完成版の方が物語全体としては起承転結がはっきりしていて分かりやすく、個人的には「アリ」かなと思う。 -
Posted by ブクログ
正直、思ったより普通だった。
もちろん、伝えたいテーマは凄く分かる。
「ただ生きるためだけに生きるな」
「群れに流されず、自分の飛び方を見つけろ」
みたいなメッセージはかなり強く感じた。
たぶん時代背景込みで考えると、かなり多くの人に刺さった作品なんだろうなとも思う。
でも、自分にはそこまで深くは刺さらなかった。
理由を考えてみると、ジョナサンがあまりにも理想的すぎたのかもしれない。
孤独を恐れず、周囲から否定されても折れず、自分の信念を貫き続ける。でも現実の人間って、そんなに強くないと思う。自分もそうだから、「かっこいい」「美しい」とは思うけど、完全には感情移入できなかった。
あと、かなり神話っぽいというか、寓話的だった。
現実の泥臭さより、“精神性”の物語という感じ。
たぶん自分は、人間の弱さや矛盾、不完全さを描く作品の方が好きなんだと思う。
それでも、この作品が長く読まれている理由は分かる気がした。「何のために生きるのか」という問いに対して、真正面から答えようとしている作品だから。
もし読むタイミングが違ったら、もっと刺さっていた気がした。今の自分にとっての『ファイト・クラブ』みたいに、人生のバイブルになっていた可能性も普通にあると思った。 -
Posted by ブクログ
小説というよりもポエム、
自己啓発というよりもスピリチュアル、
そんな本。
「食って寝るだけの人生なんて嫌だ」
「あいつらと私は違う」
“意識高い系”という言葉が一時期流行ったが、「意識が高いこと」、それ自体は何の問題もない。問題があるとするなら、「私はあいつらとは違う」と、周囲を下にみるような態度をとるときだ。はみ出しものでかまわないが、だからといって、私以外のその他を蔑めば、愛のない人となる。
では、周囲に手を差し伸べることが「愛」か。裕福な人が貧しい人を支援すれば、それが「愛」なのか。
──ぶっちゃけ、「胡散臭い本である」と、私はそう思った。
その印象は最終章を読むことで少し変わったが、「『私』と『大衆』を明確に線引し、分けている」という印象は最後まで拭えなかった。
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「物語として楽しめるか?」といえば、面白いとは思わなかった。
しかし、「なぜこの本が爆発的に売れたか?」を考えることには価値があった。
出版当時の時代背景、ヒッピー、宗教、保守、体制批判、自由……。
本書が「影響力のある、パワーのある作品」となったのは、当時の時代背景や価値観によるところが大きいだろう。
しかし、「時代は繰り返される」ならば、本書に希望をもらう読者は再び現れるだろうし、そういった意味では普遍的名著といえる。