辺見じゅんのレビュー一覧
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幸福とはなんだろう。
不幸とはなんだろう。
他者が他者の幸不幸を評するのもおこがましいとは思うが、その人の人生がどちらであるか、と見る時、その人生の締めくくり方を見て、この人は幸せなだったろうな、可哀想な人だったな、と思うことがある。
けれど、その人生の途中を見れば、その通りとも限らない。
何よりその人自身がどう感じているか。
幸不幸は他者が測るものではない。
それを踏まえて『山本さん』を思えば、どうだろう?
どう捉えても不幸としか見えないが、本人はそう感じていただろうか?
人は辛い時、苦しい時、自分のその闇の部分しか見えなくなる。
どうしたって周りを見る余裕などなくなる。
この人はどうして、地獄とも呼べる中にいながら『希望』を見失わないでいられたのだろうか。
もっとたくさんの人に、多くの人に知ってほしい話だと思った。 -
Posted by ブクログ
シベリア抑留の実話です。
想像を越えた10年を超える抑留生活の苛酷な様子を知り、言葉にならない衝撃と悲しみと苦しさでいっぱいです。
ソ連の強制収容所の厳しさは耐えられないほど辛いけれど、何よりも密告する同胞たちがいることに心が痛みました。
そんな身も心も痛めつけられてしまう地獄のような収容所の中ででも、シベリアの青い空を美しいと感じる心を持ち続け、俳句をよみ、文章を綴り、仲間を励まし続けて日本に帰ることを決してあきらめなかった山本幡男さん。
「ぼくはね、自殺なんて考えたことありませんよ。こんな楽しい世の中なのになんで自分から死ななきゃならんのですか。生きておれば、かならず楽しいことがたくさんあるよ」
私もずっと読みながら、
「苛酷な状況に置かれてもなお人間らしく生きるとはどういうことか」
ということを考え続けていました。
そして、山本幡男さんのご遺志を命をかけてでもご遺族に伝えようとした仲間の友情に心打たれます。
山本さんや収容所の俳句仲間の俳句、詩、文章。
本で読むと文字から想いが伝わってきます。
日本の地を踏むことなく、家族との再会も叶わず、シベリアの収容所で亡くなった方々の無念を思うととても悲しいです。
その方々のためにも、日々を大切にして良い生き方をしないといけないなと思いました。
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大宅賞と講談社ノンフィクション賞のダブル受賞作品。
題名から、文書で届いた遺書に基づく作品かと思っていた。
しかし、強制収容所から出るときには、紙類など記録媒体は持ち出せず、何と抑留されていた仲間たちが頭の中に記憶し、あるいは小片に折りたたみ肌着に縫い付け、日本に帰ってから一字一句を文章化して遺族に届けたという。
彼らの巧まざる努力と知性に、驚嘆するばかり。
その遺書とは、ダモイ(帰国)情報で彼らを励まし、収容所生活に少しでも潤いをと俳句を主宰した山本幡夫のもの。
その彼自身が病に倒れ、帰国を果たせなかったとは。
著者による、帰国した人びとに対する綿密な取材が、リアリティに満ちた感動の傑作となっている。
遺書を託された人物が何度も書き写したという、山本の関心が日本の将来に向いていたという言葉。
「日本民族こそは将来、東洋、西洋の文化を融合する唯一の媒介者、東洋のすぐれたる道義の文化――人道主義を持って世界文化再建に寄与し得る唯一の民族である。この歴史的使命を忘れてはならぬ」
些か誇大的ではあるが、傾聴に値する言葉と言っていい。
重苦しい話が続く中、収容所に紛れ込み、彼らに懐いて、帰国の船を追って海に飛び込んだ犬のクロを救い上げたという逸話には、ホッとさせられる。 -
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ネタバレ映画の予告を見て気になっていたのだが、結局映画よりこちらを先に読むことになった。
こんな悲惨な出来事はフィクションであって欲しかったけど、主人公の山本幡男は実在する人物で、第二次世界大戦後にシベリアに抑留されていた60万人のうちの1人だ。
強制収容所(ラーゲリ)で約11年間過ごした。過酷な条件下の中、11年も強制労働させられるなんて想像もつかない。本では「それから2年半が過ぎ」と簡単に書けるけど、彼らにとっては絶望の中生きるか死ぬかの2年半で、とても長く感じただろうと思う。
故郷に帰れず、強制労働を強いられ皆が絶望に打ちひしがれている中、どんな理不尽な状況であっても喜びや楽しみを見出してくれる山本幡男がいたことで、どれだけの人の心が救われたか…。
結局日本に帰ることは叶わなく、家族にも会えなかったけど彼の存在は、多くの抑留されていた日本人に勇気を与え、救ったのだと思う。
彼だけじゃなく一人一人に人生の物語があり、戦争に囚われた中無念にも死にゆく人がたくさんいたことを再認識できた。
こういう歴史を知ることはきついけど、今生きている私たちは知らなければいけないと思う。読んでよかった。
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私たち現代人の思い描く、絶望とは、失恋、リストラ、落第、などであろう。豊かな生活を送ることのできる私たちはいよいよ承認欲求、自己実現欲を満たさんとする中に生まれる挫折で絶望を感じうるだろう。そんな現代人が想像するに難い戦時中の絶望とは…。常に死と隣り合わせ、気を抜けばすかさず命を失う状況。いつ祖国に帰れるか、そもそも我が身を待つ者は、いるのか。絶望の中においては、日々の当たり前が貴いものであるのは、頭では理解しても、身をもって体験できないならば、我が身に置き換えて考えることもできない。現代人には語り尽くせぬ逆境に打ち勝とうとするものに心を打たれた。
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195 人間を、「捕虜」という扱いやすく管理しやすいものに変えようという圧倒的な暴力の中で、ずっと人間であり続けた人。
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感想
ネタバレあるので映画まだ見てない方は読まない方がいいです!
一昨年たまたま渋谷の蔦屋書店で見つけて買った本。
映画『ラーゲリより愛を込めて』のノベライズ本です。
1回読んで、ボロクソに泣いて、映画も見て、ボロクソに泣いて、去年末に再読。
映像も好きだけど、ノベライズは文章で登場人物の気持ちが追えるのでより好きです。
僕は登場人物の中だと相沢さんが一番好きです。松田さんもすごく人間らしくて好きです。
なんか、感想を書こうとしても野暮な言葉になってしまいそうなので是非読んでください、とだけ。
心からおすすめできます。
プライムで映画も観れるのでそちらもぜひ。俳優陣の演技が本当に素晴らしいです。
1つだけ。今の社会は非常に豊かで日本はすごく平和な国だと思います。
そのせいか当たり前のハードルがすごく上がってしまっていて、家族の存在とか、平和な社会に対する感謝を抱きづらい環境だなと読んで感じました。
ただ、その平和は時に脅かされる時があります。
コロナ、震災、戦争、突如として日常が奪われてしまうことがあります。
そのことは頭の片隅に置いておいた方がいいのかもしれない、と思いました。
人間は失うことでしか気づけないものだと思います。
当たり前の尊さを、見失わないように日々を過ごしていきたいです。難しいけど。
あと、一度でいいから山本さんにお会いしてみたかったなあと思いました。人生観が変わりそう。
あと、もし死にたい、と思い悩んでいる子がいたらこの本を渡したいです。
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↓印象に残ったところ↓
38 松田 ダモイかと思った。日本海だと思ったものがバイカル湖だったとわかった時から、松田は帰国のことを考えることをやめていた。それだけ落胆が大きかった。
また無駄に希望を抱いて、叩き落とされることが怖かった。だったら、心を殺して、頭を低くして、一日一日生き延びることを考えた方がいい。そう思っていた。
69 「美しい歌に、アメリカもロシアもありません」
112 辛いことや理不尽なことがあると、山本はそれをどう俳句にしようか考えるようになった。そうすると、苦しみや苛立ちが自分からぽんと切り離されたように感じられて、少し楽になった。
119 モジミは山本から教えてもらった「希望」という言葉が好きだと、顕一たちにも口癖のように言っていたけれど、顕一はこの言葉が嫌いになりつつあった。だらだらと希望を抱き続けるのはつらい。四年はあまりに長かった。
「僕が母さんを助けるから。そう父さんと約束したから」
134 …書いたものは新ちゃんの記憶に残ってるだろう。記憶に残っていればそれでいいんだ。頭の中で考えたことは、誰にも奪えないからね。
146「…希望が必要なんです。生きるためには希望が必要なんだ。それがどんな小さなことでもです」
176 日本に帰って、幸子と、そして、我が子の名前を呼ぶ日のことだけを考えて生きてきた。しかし、そんな日はもう来ない。子供の名前を呼ぶことも、もうできない。
199 「生きてるだけじゃ駄目なんだ。ただ生きてるだけじゃ。それは生きていないのと同じなんだ。俺は卑怯者をやめる。山本さんのように生きるんだ」
226 理不尽だと思った。子供の大事な場面に立ち会うこともできず、結果すら知ることができない。癌になったことは、仕方のないことだ。どうしようもない。しかし、山本には心配してくれる妻がいて、子供がいて、母がいる。それなのに、彼らと一目会うこともできず、遠い地で死んでいこうとしている。
理不尽だった。
それもこれも、戦争のせいだ。戦争の理不尽のせいだ。
人を殺してはいけない。人の自由を奪ってはいけない。人の尊厳を冒してはならない。国籍や人種が違っても、ある程度、共通の認識を持っている「人間の当たり前」が、戦争となると、まるで通用しなくなる。ぐるんと反転しさえする。
239 「私はね、自殺なんて考えたことありませんよ。こんな楽しい世の中なのに、なんで自分から死ななきゃならんのですか。生きていれば、必ず楽しいことがたくさんあるよ」
自由を奪われ、厳しい労働を強いられ、過酷な懲罰を受けてなお、そんなことを言うのかと、その時はやはり正気ではないと半ば呆れていた。今思えば、あの言葉を山本はその生涯をかけて体現していた。生きることは楽しいのだと身をもって示していた。
240 松田は、シベリアの凍土の下に眠る人たちのことを思い、そして、誰よりもダモイを信じ続けた男のことを思う。
一緒に、この日を迎えたかった。そう心から思った。
245 「海原の沖辺にともし漁る灯は明かしてともせ大和島見む」
中略
実際にこの光景を見たら、山本は何と言ったのだろうと新谷は思う。その隣にいたかった。一緒に、ダモイの日の歌を、口にしたかった。
279 どういう状況におかれてもなお人間らしく生きるとはどういうことか。父は、それを多くの人々の記憶の中に遺した人でした。その生き方こそが、父が私に遺した未来でした」 -
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Audibleにて。
「ラーゲリより愛を込めて」でこの原作を知りました。(映画は未視聴)
シベリア抑留ものは辛いシーン(寒さで鼻がもげるとか、遺体が凍るとか)が多いため、山崎豊子の「不毛地帯」以来読めていませんでした。
この物語にも、抑留による辛いシーンはありましたが(私は同胞による吊し上げが辛かった)、それ以上に希望に満ち溢れていました。
東南アジアの収容所ものはいくつか読んでおり、そちらはイギリスやアメリカの管轄のため、比較的人道的な待遇がなされており、文化活動が行われていたのは知っていました。
しかし、国際法違反の非人道的待遇が取り沙汰されることの多いソ連によるシベリア抑留で、そのような活動が行われていたのは知りませんでした。
アムール句会は読みながら心が洗われる思いでした。
創作は光だと感じます。辛い境遇にあっても、創作は心に光を灯してくれる。ダモイを信じ、創作活動を導いてくれた山本幡男氏。私も山本幡男氏?のような人物になりたい。ニーチェの言う超人のような人物だと思います。
V.E.フランクルは、「夜と霧」でどんな絶望の中でも希望を失ったらいけないと説き、キェルケゴールは絶望は死に至る病だと訴えました。
山本幡男氏は古今東西の先哲たちが考えてきたことを、まさに体現しながらいきた人物であるといえます。
氏が生きて、日本に帰ることができたならどんなにか良かっただろうと思いますが、もしそうなっていたらこの物語が広く人々に読まれることはなかったと思います。
ご遺族は本当に辛かったでしょうが、そういう意味で、山本幡男氏の死は意味があったと思います。
残されたモジミさんの苦労も、並大抵のものではなかったでしょうが…。(遠方まで行商の仕入れに行くシーン、「おしん」でそういうのありましたよね。本当に大変だったと思います。よく生きてこられたと敬意を表します。母は強し。)
作中に俳句・短歌も登場しますが、アムール句集も実現できたら良かったなぁと思います。ぜひまとめて読みたい!
素晴らしい作品に出会えて良かったです。取材協力者の名前を見たとき、ああ、この人たちは本当に実在していたんだ!と実感が湧き、改めて涙が出ました。
現在も、国際法違反と言われる戦争が起こっていますが、国際法を違反しても制裁措置がなく、是正はできません。シベリア抑留時代から進歩したのでしょうか。とはいえ、武力で制圧するのも、正解ではなく、山本氏がいう「人道」について、私たちは考えていかなければなりません。
ご長男の顕一さんは偉大なお父さんをもったことでご苦労された面もあるようで、顕一さんのご著書も読みたいと思います。 -
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ネタバレ二宮和也主演の映画「ラーゲリより愛をこめて」の原作本です。映画、観ました。
原作となっている本書はずいぶん以前に書かれたようで、1989年に単行本が出版されている。解説では、1990年代の今、読むべき本とか書かれているけど、もちろん2023年の現在読んでも価値ある本です。
先に映画を観ているので、ラーゲリの厳しい寒さや、日本人の中にもスパイがいるかもしれないという緊迫感、やせ衰えて死んでいく仲間、懲罰房の恐ろしさなどが読みながら思い出された。映画でも山本が俳句を詠んだり、知的な部分が存分に描かれていたが、本書の中にもたくさん、山本やその仲間が収容所で読んだ俳句や詩が出てくるので、よくこんなに覚えている人がいるな、と感心した。多くの人の記憶と証言を集めて、時間をかけて取材して書かれたのだろう。そのことにも感動。
幼いころ「アンネの日記」を読んで漠然と感じたような感動を、本書にも覚える。人は、どんな厳しい状況にあっても、生きている限り心を失ってはいけない。自分で自分の心を守ることができれば強く生きられる。最後は心なのだと。
映画でも同じ描き方だと思うが、タイトルでもありメインとなるのは「遺書」なのに、ページのほとんどが収容所での出来事と山本と周囲の人たちとの交流に割かれ、遺書が書かれ始めるのはもうページも残り少なくなってからだ。「やっときたか」と思いながら読み進める。そして、遺書を記憶した人々が、ダモイの日を迎え日本の船に乗るシーンは本当に胸が熱くなる。船の中で句会をするなんて映画にはなかった気がするな。いい場面だと思いました。
クロも本当にいたんだな。
読んで良かったです。 -
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先日、映画「ラーゲリより愛を込めて」のDVDを観た。
シベリアの収容所で帰国を果たせずに病死した男の遺書が、思いもかけない方法で家族に届けられる。
良作でした。
その原作本。
第二次世界大戦終結後、たくさんの日本人がシベリアの収容所に送られたことは聞いたことがあったが、巻頭の地図を見て、収容所の多さと収容者の人数に驚く。正確な数は今も分からず、およそ60万人だということだ。
無知であった。
映画では長くなる説明はされないため、少し背景に分からなかったこともあって、原作本はそれを知る手掛かりとなった。
抑留から2年半後、一般の捕虜の多く(一部?)は帰国が叶った。
しかし、ソ連側から見て「戦犯」に当たる者たちは、これより長きに渡る収容所生活に入る。
主人公・山本幡男はロシア語に堪能。
満鉄時代に調査員だったため、戦犯扱いとなった。
極寒と飢餓と重労働で、日本人捕虜たちは次々と命を落とし、白樺の根元に埋められていく。
「自分もいつかは白樺の肥やし」と言って虚無的になる(「白樺派」と冗談めかして言われた)風潮を山本は嫌った。
明日の見えない収容所生活の中でも、穏やかな笑顔で前向きだった。
彼の作った俳句の会は長く続いた。
俳句に「季語」があるのは日本に美しい四季があるため。
句会の折に山本は語る。
「ぼくたちはみんなで帰国するのです。その日まで美しい日本語を忘れぬようにしたい」
故国の、文化と風土を愛していた。
軍国主義由来の、押し付けられた愛国心とは全く異なる。
博識と、ユーモアにあふれた語りで、絶望の中に生きる収容者たちに束の間の笑顔と生きる希望をもたらす。
山本の人柄は収容者たちの心の拠り所だったのだろう。
過酷な環境の中でも彼らは人間らしさを失わず、友情を育んでいった。
山本亡き後の友人たちは、彼の遺書を家族に届けるという使命を支えに生き抜いたのかもしれない。
収容者の長期残留組の帰国がかなったのは、なんと敗戦から11年後のことでした。 -
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以前、私の周りにはキャラの濃い友人が多いと書きましたが、その中の1人に本人は読書をあまりしないのに何故か私の読書事情を把握したがる女性がいます。
そんな彼女に「そろそろ部屋で軍歌を流し出しそうやな、そうなったら絶対に遊びに行かへんから言ってよ。」と、あらぬ疑いを掛けられましたので暫く第二次世界大戦関連の本から離れようと思っていたのに、気付けばまた手を出してしまいました。
もういっそ大音量で『日の丸行進曲』でも流してやろうかと思う私ですが、本作は敗戦後にソ連軍に捕われ、極寒と飢餓と重労働で有名なシベリア抑留をされていた山本氏と、山本氏と関わった仲間達のお話です。(嫌な知名度ですけれど)
タイトルでお分かりのように山本氏は残念ながら抑留中に病死をされてしまうのですが、6通の遺書を仲間達があの手この手を使って(この方法が本当に凄い…。こっちまで冷や冷やしました)厳しいソ連監視網をかい潜って持ち出し、遺族の元へ。
遺書すら持ち出させない徹底ぶりにやりかねないなと得心しつつも少し苛立ちましたが…。
これがノンフィクションだと言うのですから、畏敬の念が溢れるあまり敬礼しそうになりました。
本当に凄い。そして仲間をここまで駆り立てる山本さんのお人柄…。
いつも明るく前向きに、41歳の山本さんが「まだまだ若いから未来がある」と生きる希望も体力も失いかけている同胞に勇気を見せ、スポーツ大会では実況で皆を笑わせ、俳句の回を催して皆を癒し…
これはフランクル著の『夜と霧』日本人バージョンだと感動しました。
人種が違えど、どんな時でも希望を失わず周りの同胞を慮り愛情を忘れずに接する。
私に同じ事が出来るとは到底思えません。
最近あまりにも本に泣かされるので、今回は泣くもんか!と耐えていたのですが、祖国に戻って瀬戸内海を見つめ、同胞であった野本さんが山本さんを想って彼に教わった詩を涙ながらに詠む場面で「もう知るかぁー!!悲しいもんは悲しいんやー!!」と軍歌の流れていない部屋で涙腺ダムを崩壊させました。
遺書が遺族の方に届いたのは山本さんが抑留されてから12年後。戦後もご家族の戦いは続いていたんですね。今後の長い人生において挫けそうになった時や人道を外れそうになった時は(そうならない事を切に願いますが)本作を思い出し、戦って下さったご先祖さまやご家族の方に恥じぬような生き方をしようと心に決めました。
手始めに私をおかしな目で見る友人達を笑って許そうと思います。(人間が小さすぎる)
最後に、山本さんの詠んだ句では無いのですが、句会で仲間の方が詠んだ詩があまりにも美しかったので置かせて頂きます。
『祖国近し 手にゆく雪の すぐ溶けて』