斉須政雄のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
調理場という戦場
斉須政雄
下働きを地道にしていた見習い料理人が一流になるため、単身でフランスへと渡り
人種差別、言葉・文化の違いを乗り越え超一流の技術と気兼ねを身につけた斉須政雄の書籍
サービス業に従事する自分には響く言葉が多い
今回は心に残ったフレーズのメモである
手が空いたら偉かろうが下のものだろうが誰でもやれ
自分の常識を通すためには様々な軋轢を打破して、時には争いごとだって経験しないとやりたいことはやれない
技術を使う人がものを作る裾野にあるものをクリアに処理しているかどうか…おおもとにある考え方がきっちりとしているからこそ、仕事もきっちりといく
“実力が違えば平等でないということは、当たり前”
1人でできないことを実践するためにチームを組んでいるわけで“まぁいいや”
で済ませればチームメイト同士の欠点を教え導くことにはならない。しかもお店の欠点を露呈することになる。評判は落ちるし、淀みが肥大する…
情に流されず、悪いことは悪いといい、いいことはしっかり褒める。
優秀な能力だけで満喫しないで、チームワークで出す結果によって満喫すればいいのではないでしょうか
レストランで大切なのは“清潔度“でありお客さんに対しての“家庭的な態度“である
大切なのは簡潔であり、清潔であり、人間性があるということである。
“整理整頓ができているということは仕事がなされるための基本なんだ”
清潔度は毎日しないと保つことができず貯金しておくことができない
目の前にある課題は自分で丁寧に解きほぐすしかない。一つずつ解きほぐせば、必ずうまくいくはずだ。
中途半端に戻っても昔の扱いをされるだけ。戻ったら、もっとつらい。
効率のいい生き方をしていると、擦り切れてしまう様な気がするんです。ですから、ゆっくりと、遠回りでもいいから、一歩ずつ行くことを選びました。
一.至誠に悖るなかりしか
一.言行に恥ずるなかりしか
一.気力に欠くるなかりしか
一.努力に憾みなかりしか
一.不精に亘るなかりしか
それぞれの器の大きさに合った技術者になるんですよ
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Posted by ブクログ
・三田コート・ドールの伝説のフランス料理シェフ、斉須正雄さんの、23歳で渡仏してから日本でお店を開くまでの歴史
・ユニクロの柳井さん、ドイツのメルケル元首相等魂のこもった言葉に出会うことがあるが、斉須さんの言葉にも心を揺さぶられた。痺れた、、
・技術指導で日本に来ていたフランス人シェフの洗い場を綺麗にするところから渡仏の切っ掛けを掴み、大小様々なフランス料理店で戦いながら勝ち取ってきた技術、感性、思想、スタイルは、ビジネスにも通じるところが多くあると思う
・料理場を誰よりも綺麗に、きちんとした生活ペースを保つ、顧客との馴れ合いはしない(再起不能なまでにやられる)、自身を持って突っ走る人に寄ってくる取り巻き、自分の危うさを常に認識する、正しい運転にはバックミラーが必要不可欠(ポールボギューズ)、など
・この本を読むまでは、一流の人は周囲の期待値を満たしながらどんな場所/環境でも円滑に世渡りしていくもの、という認識が強かったが、必ずしもそうではないことも学べ、救われた
メモ
・フランス1カンカングローニュ・・・フランスで戦う体力と気力。非効率オペレーション。大揉め
・フランス2オーベルジュデタンプリエ・・・オーナーのおばあちゃん特殊。2か月で辞める
・フランス3ヴィヴァロワ・・・モダンフレンチ。自然体で従業員思いのオーナー/マダムの眼力。誇りを維持すること。ベルナールとの出会い
・フランス4タイユバン・・・クラシックの頂点。フランス人/「ジャポネ」の壁
・フランス5パンゴー・・・気まぐれオーナー/意思決定者不在。信頼出来ない職場。
・フランス6ランブロワジー・・・ヴィヴァロワのベルナールと。ミシュラン二つ星取得
・東京コート・ドール・・・集大成(2025年2月に閉店。。赤ピーマンのムース、食べたかった) -
Posted by ブクログ
怖さを感じても若い人はわからないまま突っ走る。いたのにかやり遂げてしまう。だから若さというものは大事にしないともったいない。
社会の常識になんて惑わされることなく、自分の常識でぶち当たってほしい。自分の常識に従う。
料理長が率先して掃除をやっていたら若い人がやらないわけがない。
フランスに渡ってみんな仲良くなんてありえないと気づいた。ただただ仲良くしたいなんて思っているヤツはみんなに体よく利用されて終わる。相手に不快感を与えることを怖がったり職場での付き合いがうまくいくことだけを願って人との友好関係を壊せない人は結局何にも踏み込めない無能な人。
ある程度のバトル、考え方の違いは必要か。
便利すぎると人は動かなくなる。便利を目指したのに結局道具に使われる現実が出てくる。道具ができる範疇の技術に頼る技術者になる。
言葉が自分を作る。ノイローゼになりそうなときに自分で自分に大丈夫だと言い聞かせる中で大切なもの。言葉は体を作る。
こいつは牙をむくかもしれないなと相手に認知させないとグロッキーにさせられるだけ。
いつもうれしそうに、楽しそうに仕事をしている。姑息さもない。表も裏もまったく変わりがない。
資本がないから事業が思わしくないという声をよく聞くが、それは資本がないからではなく、アイデアがないから。どの時代にも残るのは、独自の技術と製品だけ。うまくいっていない会社には、何よりも新規の開発や開拓がない。
これは夢のような幸運だも思っておるうちはその幸運を享受できるだけの力が備わっていない。幸運が転がってきた時にああ、転がってきたなと平常心で受け取れる時にはその幸運を掴める程度の力が備わっている。
才能というもののいちばんのサポーターは時間と生き方だと思う。時間や生き方なしではやりたいことの最後まで辿り着かない。
料理の世界に入ったあとに、それころ何十年も仕事をやって階段を登っていく。その間に才能を生かしてくれる人に会う。場所に恵まれる。そういったトータルな生き方が加味されるわけです。好きという無垢な心を持ち続ければきっとうまくいくのではないか。
トレーナーと環境というスパイス。
才能だけを先に出して急ぐことはないんだよ、それよりも生き残っていて欲しい。毎日研磨しないと技術は育たないし、リングから去ってしまえば、もうこちらには戻ってこれない。
自分も、まだ手が届かないレベルのところに行きたいと願っていた。走っていた。
お金は後からついてくる。とにかくやってみる。
必要なものを待っていたって、間に合わないだけだから、とにかく行動が先に来る。真剣な行動というか切実な行動が積み重なっていったら、そこにいろいろな人が介在してきて、なぜかだんだん形になっていく。必ずそうなるという証明はないけど、そういうものだと思っている。
やりたくてもその環境がなかったり、最初は何もできない自分だったことは、悪くなかった。迷わざるを得なかったし、熟成するのに長い時間をかけざるを得なかったけど、その「長い時間」が何よりも宝物。度胸とか人間関係とかを少しずつ醸成していった時間。そんな時間を経た後に、選手控室からリングに上がるような、、
群馬、西東京、徳島と1人で悩んできた時間がやっぱり宝物。
気が遠くなるほどの量の操作が身体に染み付いているかどうかがセンスと表現される結果の差につながる。
これをぜひ食べたいと思ってもらえるには、人と同じ能力を持っているだけでは足りない。ひとつの優れた特性で勝負をする人の方が、なんでもできる人よりも商品価値がある。あれもこれもはできないけど、これはできるよ、という料理の作り方。奇形なら奇形で。
楽しまなかったらおもしろくない、ということを超えて生き方をかけて楽しまないともったいない。後悔する。限りある時間のすべてをかけて、理想を現実の手応えに変えていきたい。
やってみないとわからない。ぼくだったら労働許可証が取れるかもしれない。何を言われたってやってみないという手はない。客観的に言っていいことなのか悪いことなのかはわからないけれど、やってみたいと思ったことを実行すればまがりなりにもその人なりの凹凸が出てくる。実行しないままだと横一列並びになる。
いうに言えないどろどろとした現実のなかで、なんとか、かいくぐっていけるものが、結果としてうまみにまでたどりつくのではないか。
見る聞く嗅ぐ動く。身体の中にまで入り込んだ時に初めて言葉や手法は発露する。
何をするにも時間がかかるというのが僕にとっては豊かさの源泉や飽きないでいられることの源泉になっている。
僕は料理人としてヘタで不器用だったのですが、だからこそ、あ、こんなもんだなと悟りきることもなすら生命力を燃やし続けられるている。そういう効率の悪いサイクルだから楽しめて生き残れるという体験。