埴谷雄高のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
確かに読み辛いが、無茶苦茶面白かった、というのが率直な感想である。長過ぎるように思われる個々のセンテンスも読み進めるうちにクセになってくる。
最近、熊野純彦が『埴谷雄高――夢見るカント』という本を出したが、“夢見るカント”とはまさにこの作家の資質を言い表していると思う。埴谷雄高の文学は、「人間はおろか、あらゆる生物、あらゆる存在が夢を見ているのではないか」という妄想から出発しており、カントの超越論的弁証論のその先を夢想する文学だからである。
確か、寺山修司だったと思うが、かつて青年だった大人が恐れるべきなのは、青年の時のおのれの視線である、というような意味のことを書いていた。その意味で、埴谷はその言葉になんら抵触することのない生涯を貫いたといえるだろう。作家は、青年期に抱いた、宇宙と自己についての疑問を「自同律の不快」と「虚体」という言葉を使って、この作品の中で一生追究し続けたからである。
50年以上も書き続けて、ついに未完に終わったのは、この作品の持つテーマの巨大さゆえ仕方ないとも思われるが、残念でならない。あと50年あれば!、必ずや完成していたであろう。最後に、釈迦と大雄(ジャイナ教の始祖)の対話を構想していたとのこと。読みたかった!
『死霊』は全9章より成り立っているが、山場といわれる5章と7章は、圧巻というほかない。未完であるが故の本作品の欠陥を補って余りある。『死霊』は、―もしこんな気障な言い方が許されるとすれば―今も世界文学の中で、燦然と暗黒の光を放ち続けているように思われる。 -
Posted by ブクログ
本書は、浅く読み流すべきものではない。深く読み込み、何度も咀嚼すべきもの。この中には、存在の秘密、生命の意義などについて、思索のエッセンスが緻密に詰め込まれている。日本の誇るべき文学作品のひとつ、という謳い文句は断じて伊達ではない。同様の文体、話のつくりでもカラマーゾフの兄弟(日本語訳版)を読むよりは遥かに面白い。独特の言い回し、文体に慣れるまでは多少時間がかかるかもしれないが、3回ほど読み直せば問題はないだろう。読み返しが無駄にならない本である。
ただし、中途半端な読み方をすると精神に鬱の症状がでたりするのでその気のある人にはオススメできない。きちんと読めればそれすら問題ではないが、誰でもそこまで読み込めるわけではないので(本書を読んで自殺願望が高まった、という人は本意に到っていない、と僕は思う)。
(高校時代〜大学卒業時まで、一種のバイブルとしていた本です。いつのまにか文庫化されていたのか…。所持しているものは文庫版ではないのだが、掲載内容は同じモノとしてレビューを書きました。)
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Posted by ブクログ
埴谷雄高 「 死霊 I 」
形而上学的な思想小説。ヒップホップバトルさながらの 言葉による 思想対立が面白い。
まだ序盤なので わからないが、死霊という人間的価値が消滅した世界から 人間の価値、人間を超克した人間を見出そうとしているのでは?
死霊は 戦争直後の著作だから 戦死者の霊を暗示している?
1章 癩狂院にて。岸博士と三輪与志の戦い「人間存在の意味」「現世はどういう世界か」
「神様〜蒼白い白痴の少女〜そこにはたとえ無意味であっても、一つの形と変化が確かにあった」
2章 死の理論。津田康造と首猛夫の戦い「涅槃の境地、自己主張
の喪失」
三輪与志「不快は 思惟の法則自体に潜んでいる〜宿命〜思考する人間のめが味あう深淵〜不快が俺の原理」
3章 屋根裏部屋。新たな形而上学としての虚体論
*人間が人間を超える〜永遠の人間性を主張
*存在をのみこみ内包する虚体