小田亮のレビュー一覧
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レヴィ=ストロースは、「悲しき熱帯」や「野生の思考」、インタビュー集などを読んだ事がある。私は、これらの本からにじみ出てくる人柄と知性のありようみたいなものが、とても好きなんだけど、結局のところ、何をいっているのかはよく分からない。というか、「分かる」ということに何がインプリケートされているかというと、哲学的な意味とか現代社会へのインプリケーションとかなんだけど、彼の本は、当然、人類学の本なので、神話だとか、親族だとかの構造がどうなっているという話がメインで、そこから性急にそういうことを直ちに読み取れないのは当然なんだけどね。
さて、「なぜ今、レヴィ=ストロースなのか」というと、個人的に、今「システム」ということを関心があって、「あれ? システムと構造ってどう違うんだっけ?」というのが気になって、構造人類学の創始者であるレヴィ=ストロースにあらためて入門してみたというわけ。
「システム」という言葉で、私は、要素と要素間の関係でできていて、要素間の関係が相互依存的であり、「どれが主要因だ」とか「どれが起源だ」とか言えないような全体性をイメージしている。そうした「システム」がレヴィ=ストロースの「構造」と同じかなと思って読むと、そういったものは「体系」であって、「構造」ではない、とのこと。「構造」とは、そういう「体系」を「変換」しても変らないようなもの。さらに言うと、体系と体系の類似点ですらなく、相違している対称性みたいなものの類似点みたいなものなんだそうだ。ということで、これだけでは大変分かりにくい概念なのだが、この本は、「親族の基本構造」、「野生の思考」、「神話論理」をそういう着眼点で丁寧に読み解いてくれるので、すごく頭がすっきりした気になる。
また、そもそも「構造人類学」とかいっても、他の人類学的な本をそれほど読んでいる訳ではなく、レヴィ=ストロースに対して、「歴史がない」とか、「文化相対主義を標榜しながら、結局、西欧的な理性中心主義ではないか」とか、「異文化の神話などについて、その異文化の中にいる人たちに気づかない構造がある、と指摘する事自体、一種の優越性を前提としているのではないか」とか、彼の批判者がいうようなことを、私も感じてきた。が、この本を読んで、レヴィ=ストロースは、そういうレベルのつまらん人間ではないことを納得させられた。むしろ、そういう批判をいう人間のほうが、自文化中心主義にはまっているのだ。この本は、レヴィ=ストロースをエドワード・サイードの「オリエンタリズム」に先駆けるような存在として位置づけているのも面白い。
長らく翻訳が待たれていた主著「神話論理」の4巻も、2巻まで出ているみたいだし、「読まねば」の気持ちになった。 -
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ネタバレ人間はおせっかいなサル。頼まれもしないのに相手のために尽くす。
この人間特有の利他的な行動について実験結果もまじえ面白くまとめてあります。
ギブ&テイクの気持ちから行う互恵的利他行為は、自分にとって徳になるからという視点から見てもわかりやすいが、人は直接自分にとって利益につながらないような利他行為も行います。これは逆行的利他行為といいます。
逆行的利他行為は、感謝の気持が根底にあり親切の連鎖を惹き起します。
利他的であるかないかは、親しみやすそう、親切そう、外交的で笑顔があるなどの点で人は見た目で判断できると実験結果でわかるそうです。
また自己の信念を明確に持った者にとっては利他的な行為自体が報酬となるそうです。 -
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レヴィ=ストロースの思想についての入門解説書。レヴィ=ストロースのキーとなる概念を幾つか紹介し、それに対する批判を紹介し、さらに筆者によって反批判が繰り広げられる。
レヴィ=ストロースの思想に絞って述べられており、筆者の解釈で書くというスタンスが明確になっていて、それに沿って明瞭な構成をとっているので、非常にわかりやすい。
私個人の考えでは、レヴィ=ストロースは近代の通奏低音であるドイツ観念論を初めてまともに乗り越えた思想家である。彼はまだ死後間もなく、これから研究も進んでいくものと思われるが、その思想史的意義はこれからますます認められていくだろう。
その入門に最適な一書としてこの本をお勧めしたい。 -
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構造主義の祖であり、一昨年100歳という長寿の末亡くなった文化人類学者レヴィ=ストロースの入門書。筆者はレヴィ=ストロースへの共感をもって書いているため、そちら側からの一方的な主張のように感じたが、読後感としてはその方向性はよかったように思う。
これを読んで、レヴィ=ストロースとは確かに構造主義の原点であり、本質的なものを取り出している、だから現在でも全くその価値は色褪せていない、そのように思えた。
入門書であるので『親族の基本構造』や『野生の思考』『神話論理』などレヴィ=ストロースの主著を取り上げて解説をしているが、本書のほんとうの主題となるのは「真正な社会」というテーマだ。
「真正な社会」という言葉じたいはレヴィ=ストロースからの引用である。この概念は「〈顔〉のみえる関係における多元的なコミュニケーション」を指している。筆者はこれを読み換えて、「野生の思考」に基づく「真正な社会」こそ、現代の国民国家・グローバリゼーションのどちらにも与さない、オルタナティブな社会のありかただと述べている。 -
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[ 内容 ]
若きレヴィ=ストロースに哲学の道を放棄させ、ブラジルの奥地へと駆り立てたものは何だったのか?
彼の構造主義を中心とする思考は、現代思想にも深い影響を与え、西洋の自文化中心主義への反省と主体の解体をうながす大きな役割を果たした。
本書は、レヴィ=ストロースの代表作『親族の基本構造』『野生の思考』『神話論理』をとりあげ、彼が未開社会の親族構造や神話研究から汲みあげた豊かな思考の可能性の核心を読み解く。
しばしば誤解されがちな「構造主義」をホントに理解し、ポストコロニアル論にも活かすための新しいレヴィ=ストロース入門。
[ 目次 ]
第1章 人類学者になるということ―哲学の放棄
第2章 構造主義はどのように誤解されるか―変換と無意識
第3章 インセストと婚姻の謎解き―『親族の基本構造』
第4章 ブリコラージュvs近代知―『野生の思考』『今日のトーテミズム』
第5章 神話の大地は丸い―『神話論理』
おわりに 歴史に抗する社会―非同一性の思考
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
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メモ)
(西洋の共同体観 固い統一性をもち、固定的で閉じられた社会←→遊動する集団=ノマド)23
「閉じられた共同体」からの開放という物語は、 1.≪近代社会が自らを開かれた進歩した社会とみなすことを可能にする≫ とともに、 2.≪共同体に縛られている非西洋社会や西洋内部の周縁を文明化するという観念≫をつくり、≪植民地支配を正当化する働きをしてきた≫25
「閉じられた共同体」(閉鎖的/均質/抑圧的)の観念は、近代以前にあった共同体間の交通や、雑種性を見えないものにする 25
社会の真正さの水準 26
1.非真正な社会 間接的コミュニケーション(書物、新聞、テレビ)によって結ばれる大規模な共同体 国民国家のなかのネイションやエスニックグループ等
2.真正な社会 顔の見える関係による小規模なローカル諸社会
身体的な相互性を含む<顔>のみえる関係における多元的なコミュニケーション ←→ 法や貨幣、メディアに媒介された間接的で一元的なコミュニケーション 27
両者の差異は規模の違いからではなく、「社会の想像の仕方」からくる 28
cf.ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』
構造の定義(『構造・神話・労働』)46
1.要素と要素間の関係は同一平面に置かれる。ある観点から形式と見えるものが、別の観点からは内容とみえる。
2.不変性。構造は「変換」を経てなお変化せずにある。(「他の一切が変化するときに、なお変化せずにあるもの」)
(構造は体系、要素間の関係ではない。)
変換のないところに不変なものは見出せず、したがって構造もない。(構造がみつかる場は体系と体系の間である 51)
“ある変換”‐“ある構造” cf.『はじめての構造主義』
二項対立の導入 71
ブリコラージュ(『野生の思考』)とシュルレアリスム(エルンストのコラージュ)の親近性…断片の思いがけない繋ぎ合わせ(「手術台の上での…」) 62
「無意識にはたらく二項対立(差異)群」 個別の音素ではなく、音素相互の対立を重視するヤコブソン
→ひとつの項の実体としての≪意識的な≫把握から、項と項の差異関係がはたらく≪無意識≫の場の把握へ
言語活動は「差異の体系」によっている ソシュール 69
インセスト・タブーと婚姻
互酬的交換(女性の贈与)は、≪自立した主体の欠如を合理的に補うための経済的交換≫ではない。
(社会を生成する)互酬的贈与交換は、女性を贈与し女性を獲得する「同種のものの交換」であり、≪「交換のための交換」(関係をつくるためだけの交換)≫である。87-88
家族関係は交換関係(連帯、交通)のための様態 88
『野生の思考』
野生の思考は失われた過去の思考ではない
1.野生の思考/近代科学の思考 は共存する 2.両者のうち、野生の思考がより普遍的な思考である
(タカとカラスの名で呼ばれる二つの母系外婚半族
二つの鳥は隣接関係(メトニミー)にありながら対称的に対立する記号:共通点―肉食 タカ=猟をする←→カラス=腐肉を漁る
タカ/カラスの対立と、それらの名を持つ半族の類似は、それぞれのカテゴリの相違点にある)127
隠喩と換喩(<ヤコブソンの詩学) 130
隠喩(メタファー)=類似性による結びつき(他カテゴリー間)
換喩(メトニミー)=隣接性による結びつき(同カテゴリー内)
近代の知‐「概念」←→野生の思考‐「記号」139
概念―現実に対して全的に透明であろうとする(シニフィアンとシニフィエの一致、シニフィアンの出来事性は消される)
記号―現実の中に人間性のある厚味をもって入り込んでくることを容認する(シニフィアンの特質や出来事性が前面に押し出される)
(ゼロ記号 = x (マナ、「ツキ」)143
「ゼロ象徴価値の記号」はそれ自身の意味を欠く。シニフィアンの過剰による不整合、空白を埋める不在)
断片の思想
ポストモダンの特徴―異質な断片を全体に統合しないこと(全体=「大きな物語」<リオタール)146
モダン・ポストモダンの知に対する、普遍的思考としての野生の思考 148
ヘゲモニーに対する抵抗としての「臨機応変の戦術」、ブリコラージュ 150
(エリート文化の自分たちの規則への改変、組み入れ)
(戦略と戦術 ミシェル・ド・セルトーによるブリコラージュの新しい用法 153-154
戦略―主体が環境から超越することで可能になる力関係の計算(支配的文化が「周縁」の断片を取り込むこと、一義的な意味づけ)
戦術―全体を見通すことのできる場所を所有しないが、何とかして計算をはかること(ヘゲモニーの法/制度/表象を受け入れながらも、その意味や機能の多義性を引き出して流用するブリコラージュ)
真正な社会に生きる「弱者の技」、ブリコラージュ)
主体の解体 204-
神話=「自然→文化」―連続/不連続の調停 204
神話が人間の中で思考する。「私」はものごとの起こる交叉点 205
無意識という空虚な場での他社との交叉 特殊な自意識的主体の解体 207
神話の特徴―≪複数のコードの使用≫ 212
記号は複数のコードの間をうつることにより、≪諸‐二項対立の隠喩にも換喩にもなりうる多価的な記号≫となる
蜜…料理のコード、動物学的コード、家族のコード、性的コード
<隠喩や換喩への変換は、項と項の置き換えではなく、コードのあいだの移動なのであり、調停不可能な根源的対立の調停を行うための二項対立の隠喩的な置換や換喩的な中間項の挿入はコードのあいだの移動によってなされる>213
(分析者は超越的な主体ではない)232
分析者=空虚な場所=無意識―象徴機能(象徴的効果、『構造人類学』)
歴史意識への批判 216
西欧―「単一の歴史」意識(主体 identity を形成する、単一のマクロな歴史の連続性 ヘーゲル、マルクス、サルトル 進歩史観)216-217
「純粋歴史」(『野生の思考』、「独自性の歴史」 個々の出来事の独自性、出来事の<顔>を表す不連続性 体験できるミクロな歴史)219
「単一の歴史」は、近代の非真正な社会ができて初めて創られうる特殊な歴史(「日本国民」の発展の歴史という連続性への出来事の統合)
「冷たい社会」―歴史に抗する社会←→「熱い社会」―偶然を発展として取り込む
非同一性の思考=「中間性」の思考 228
中間性の思考―二項対立を小さな対立で媒介し、対立を反復させる(二項対立の増殖)←→弁証法の思考―二項対立を止揚し、<一>へと統合する(二項対立の消去)
自然と文化(連続と不連続)の媒介…「蜜」 統合/同一性の原理の拒否
「ゼロ記号」は自身が<二>のまま中間にあるものであり、全体を統合する超越的価値ではない -
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利他主義者は、外見から判断することができる。
幼馴染が、右の口角だけを上げて笑うようになったのに気づき、その笑い方はやめたほうがいいと言ったことがある。
その時は明確に理由を言えなかったが、本書を読み終わった今、利他性が高いほど左右対称な微笑みをしているということを知り、さもありなんと思った。
感情的な裏打ちのない微笑みには、左側の口角が上がらない、作り笑いは右の口角だけをあげるのだそうだ。
人間に限らず、動物一般の構造について、なぜそのそんなことをするのだろうということを考える時は4つの疑問を考える。(動物行動学の創始者の1人、ニコ・ティンバーゲンが提唱)
①その行動が起こる仕組みは何なのだろうか
②その行動にはどんな機能があるのだろうか
③その行動は個体の一生のうちにどのように発達してくるのだろうか
④その行動は進化の歴史において、どのような過程を経て今に至ってるのだろうか
思考のフレームワークとして興味深い。 -
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自然淘汰という観点で、人の利他性を分析した本。こういう形で、心理学的な行動を捉えることが出来るとは目からウロコだった。
[private]以下注目点
・自然淘汰理論の反証は、自分の適応度を下げてしまうような行動。たとえば、自分の子供を食べてしまう行動。病的な場合をのぞく。
・心も進化の産物と考えられる。
・進化と進歩は違う。
・進化心理学 心の仕組みについて一貫した説明を与えてくれる。
・利他主義に報酬を与えるとコストがかかり過ぎるので、適応度が上がらない。
・直接互恵性が進化し、その後、親切の連鎖が進化した。
・作り笑いは、左側の口角が上がらない。意識的な笑いは、左半球で作りだされる。
・日本人は、目。アメリカ人は、口に注目。
・生物学的には、老人介護は、まったく無意味。
・150人が、限界。
・教員は、目標と仕事の内容は自分自身で決める。何をやるべきか、そしてそれにどの程度の時間を割けばいいのかということを自分で判断する必要がある。それができない人には勤まらない職種なのである。
・罰金を導入する前よりも努力水準が下がってしまった。
・災害時のユートピア。公権力はそういう時には、事態を悪化させるだけ。カトリーナの際は、ありもしない略奪、暴力が報道される一方で、公権力がユートピアを破壊していた。日本人だから整然としていたわけではない。[/private]