一般に「吉展(よしのぶ)ちゃん誘拐殺人事件」と呼ばれる、1963(昭和38)年に起こった営利誘拐事件を題材にしたノンフィクション小説。
事件の経緯は以下の通りである。
19630331: 東京の下町入谷で4歳の吉展ちゃん誘拐される
19630407: 犯人から被害者宅へ7回目の電話。身代金の受渡指
...続きを読む示→犯人は逮捕されないまま、身代金だけ奪われる
その後、犯人の小原保は捜査線上に浮かび、警察は2回に渡り小原保を別件逮捕し取り調べるが、いずれも証拠不十分で逮捕に至らず。
19650513: 背水の陣での警察による3回目の取り調べ。事件から2年経過している
19650704: 犯人自白、逮捕。翌日に供述通り吉展ちゃんの遺体発見
19651020: 第1回公判
19660317: 地裁にて死刑判決
19661129: 高裁にて控訴棄却判決。死刑確定
197112 : 死刑執行
筆者の本田靖春は、もともとは新聞記者。1955年に読売新聞に入社するが、1971年に退社し、以降、フリーのライターとなる。
本作品は、1977年に発表されている。事件解決から12年後、死刑執行から6年後のことであった。
この「誘拐」という作品は、日本のノンフィクション作品の中でも「傑作」と謳われているものであり、また、本田靖春は、ノンフィクション作家として誉れ高い人物である。実際、私にとって本作品は、ほとんど一気読みの面白さだった。
印象に残ったことは2つ。
一つは取材、事実確認が行き届いていることだ。作品が書かれた経緯は知らないが、かなり長い時間が経過してしまっている事件を、徹底的に調べている。裁判資料等の書類資料はもちろん、おそらく、関係者へのインタビューを相当に重ねたはずだ。
二つ目は、それを小説として書く、作家としての腕前だ。小説の形式としては、「インタビューでこのような話を聞いた」あるいは「インタビューでX氏はこのように語った」という形式ではなく(そのような書き方をしている部分もあるが)、物語・小説を書くような形式で書いている。例えば、作品は下記のように始まる。
【引用】
公園の南のはずれに、このところようやく成木の風格をそなえて来た公孫樹(いちょう)があり、根元を囲んで円型にベンチが配列されている。その中の南向きの一脚が、いつの間にか、里方虎吉の指定席みたいになった。
【引用】
事実を徹底的に調べたうえで、小説形式でそれを作品にする。事実調査の徹底度と、作家としての腕前がなければ成り立たない形式で作品は書かれており、それが、作品に迫力を与えている。