佐多稲子のレビュー一覧

  • 樹影

    Posted by ブクログ

    「樹影」。辞書によると、樹木のかげを意味する。
    この題にこそ私は、著者の意図が凝縮されているとみる。つまり目に入る樹木の姿そのものだけではなく、その影、すなわち本体からは離れてはいるが、本体と同様に実存する影の存在も含めてこそ、その者が映し出す真実の姿を知りうるということを。

    著者のあとがきや解説を読むと、この小説の登場人物で相愛関係だった画家の麻田晋と、華僑で喫茶店店主の柳慶子の2人にはモデルがいたらしい。ストーリー自体は佐多稲子による創作。だがモデルの存在が作中人物の造形にリアリティをもたらしている。
    それにより作者は、既成の文学作品のような投下直後の被爆体験とは異なる形で、直接被災して

    0
    2025年09月14日
  • 樹影

    Posted by ブクログ

    長崎で暮らす妻子ある画家と、喫茶店を営む華僑の女性の十年にわたる恋を描いた作品。
    深く愛し合った二人がそれぞれに抱える絶対的な孤独、健康への不安の根底に、1945年8月9日に長崎に投下された原爆の存在がある。
    戦後、深い傷跡から次第に回復していくかに見える長崎の町を舞台に、潜みつづけたまま癒えない傷をさらす原爆という暴力が描かれていた。
    また、画家と華僑の女性の恋の描写、絵画という美術に関わる描写、サークル活動、日中関係、華僑組織という複雑な様相が巧みに描かれていて、内容の濃い一冊だった。

    0
    2011年01月06日
  • 樹影

    Posted by ブクログ

    再読。
    地元の春節祭を機に10年振りに本棚から出しました。
    激動を生き抜く女の生き様は、実に見事で有り、物悲しい。

    0
    2010年03月02日
  • 灰色の午後

    Posted by ブクログ

    プロレタリア文学という先入観を持って読んだせいか、もっと重々しい作品を想像していたが、読んでみると、思想性はあまり感じず、人間の心の機微を丁寧に描いた作品という印象が強かった。
    冒頭の浅草の場面や、自宅での家族・友人とのやり取りの場面などは、まるで映像を観ているかのように鮮明に目に浮かんだ。
    折江の心の浮き沈みが、時代背景の閉塞感ともシンクロして、読んでいる側も息苦しくなるほどだった。
    ただ、全体的には後味は悪くない、むしろ希望さえ感じるような作品だった。

    0
    2021年06月25日
  • くれない

    Posted by ブクログ

    プロレタリア運動、というおよそ私には縁のない昔の話である。であるが、文筆業という夫と同じ仕事を持つ妻・明子の苦悩は痛いほど伝わってきた。女性が社会参加して久しい現在も結局のところ、夫を立てる妻といった慣習、因習にしばられている女性は少なからずいると思う。そして、その枷で仕事が出来ない女性も。主人公、明子は幸運にも、その時代にあっても、自分の仕事が出来た人である。そんな女性をしてもなお、家が、夫が、子供が、生活が彼女を縛るのである。女が自己実現する方法はあるのだろうか。そんな暗澹たる気分にさせられる。

    0
    2009年10月04日