大森みゆきのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「きっついお仕事」にはいろいろあるだろうけれど、和田虫像氏が体験できなかったお仕事にデリヘル嬢がある。なにしろこれは女性にしかできない仕事なのね。この著者の大森みゆきという名前は仮名です。仮名であるところに風俗という世界へのこの世の偏見ちゅうものがあるのかもね。
で、この著者、デザイナーとして働きはじめたところ、いろいろな壁にぶち当たっていわゆるソープ嬢になったんだって。その彼女がひょんなことで「障害者専用のデリバリーヘルス」という業界に入ってしまう。なにしろ、ソープ嬢を半年したというのが、このお仕事に就くまでの彼女の風俗と介護(こっちは経験ゼロ)のキャリアなのね。それではじめちゃったんだから、この業界もすごいよね。
まず、謹厳実直な読者の方々にはデリバリーヘルス、略称デリヘルって何だか説明しないと、この本の意味からしてわかんないわよね。あたし?あたしだってわかってるわけないじゃない。ま、読んでみて推測するにデリバリーってのは出前ってことだから、店舗を持たない仕事なの。そしてヘルスって、べつに健康食品とかじゃなくて、性的なサービスをすることだと考えたらいいようね。性的なサービスといっても性交渉は売春だから、これは法律違反。そうならない範囲で顧客の性的欲求を処理する仕事と考えたらいいみたい。まあ、「きっついお仕事」の一つに入るといえそう。
それで本書は大森みゆき(仮名)さんが障害者専用デリヘルというお仕事の体験を紹介してくれている本なの。でもキワモノではないよ。最初に書いたように世間ではいわゆる風俗っていう世界はやっぱり陰の世界なのね。例えば「同和」教育に熱心なセンセイがデリヘル嬢を呼んで遊んだ、なんて言うとみんなから顰蹙を買うことはまちがいない。例えば「風俗っていうのは性の売買で、性の売買は女性の尊厳を否定しているから人権・同和教育に携わる人がなんてことをするのだっ!」なんて批難する人がいるかもしれないし、「そもそもそれはジェンダーの問題でして、そのようにジェンダーを一方的に押しつけることが……」なんて理屈をたれる人もいるかもしれない。
しかし、障害者が性欲を持たないはずはないし、性欲を満たしたいということも一つの自己実現じゃないのかなあ。ところが、障害を持っているがゆえにその性欲の処理は健常者のようにはいかないことって想像がつくでしょ。実際に自慰そのものがままならない人だっているんだと思うの。彼女はこのお仕事を通じていろんな障害者の方と出会う。そして、いろんな形で彼らの性欲の処理に貢献するんだけど、世間っていうのはきっとこういうお仕事についてはフツーの風俗産業以上に眉をひそめるんだろうな。逆に言えば障害者は性欲を持っちゃいけない、恋愛や結婚は許されても風俗産業で遊んじゃいけないって思ってんじゃないかな。ともかくそういう偏見を彼女はどんどん打破していくんだ。
ところで、彼女は介護体験はまったくゼロでこのお仕事に就いたのね。で、お客様と出会うたびに少しずついろんな技術を体得していくんだけど、あるお客様の時に性器を清浄綿で拭こうとしたとき本人はデイサービスで入浴しているからきれいだと思っていたらしいんだけど、そこには垢が真っ白にこびりついていたんだと。介護というのはきっと「性」の部分から目をそらしてしまうものなんでしょうね。だから見えないそういう部分には手は触れないのでしょうね。それにそこまでていねいに洗うべきだとも言えないしぃ。何しろすごくプライベートな部分だものね。
これは介護の問題ではないと思う。そうではなくて介護と人間の「生」(生きるほうだよ)との〈はざま〉みたいなものがあるような気がして、だからそこって介護には絶対手の届かないところなのかもしれない。障害者の「性」(りっしんべんだよ)に向き合うことになった彼女はそうした手の届かないところに手をさしのべることのできる存在だったのだろう。世間からは二重の偏見を浴びながら…。
★★★★ これでまた読者諸姉諸兄の職業リストにひとつ「きっついお仕事」が加わったんじゃないかな。大森さんはこのお仕事にある種の職業倫理みたいなものを持っていたような感じがする。このお仕事への誇りなのかもしれない。人権・同和教育を考える上で、「障害者問題」を考える上でも、「いのち」について考える上でも、「しごととくらし」について考える上でも、「女性と人権」について考える上でも貴重な一冊。 -
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Posted by ブクログ
リアルに現場にいた方の声、ということでとても興味深く読むことが出来た。
健常者だって100人100様なように、障害者の障害だって100様。
それを専門の知識が無くても、一生懸命自分で考えて対応しようとする姿は素晴らしいな、と思った。
実際、障害者の方の性という分野については、現在の日本国内ではなかなか難しいものだと思う。
そういったサービスが以前と比較して増えてきてはいるものの、周囲の理解という点においてはまだまだだろう。
だってみんな人間だもん、性欲くらいあるよね。
大切なことだけに、もっとたくさんの人がこういう本を読んでいろいろなことを知ってほしい、と思った。 -
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Posted by ブクログ
性のバリアフリー、ってのを言われているのもつい昨今。障害者と性、というのは、今でこそ少しずつ論じられるようになっていますが、かつては完全なる「タブー」の中にあった気がします。
そんな風潮、空気の中で、実際に障害者向けのデリヘルをしていた筆者が、自分の目線で見た、体験したことを素直に書いている本書は、そのある種の歪んだ現状に一石を投じるものと思います。
逆に言うと、体験談が中心なので、「現場の実情を知る」には有益ですが、そこから先に踏み込むものでは無く、読んでいる側も自分が物見遊山なのではないか、と思ってしまいます。
でも思考を進めると、物見遊山と考える自らこそが差別を助長しているのでは無いか、とも思えてきて、何にせよ結果、自らが「性のバリアフリー」への意識を頭の片隅におけるのは、意義あるかな、と。
そして、その「現場の実情」を知るに、必要なのは議論よりも、体制作りと健常者、障害者ともに思考の変化なのかも、という気持ちになります。そしてそれは、性に限らないことにも気付くのです。 -
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Posted by ブクログ
メモ
◯健常者と障害者も同じこと。障害者専用のデリバリーというシステムを作ることは否定しない。だけど、作らないといけない現実がある。作らないといけない、というのは差別があるから。差別や偏見がなかったら、普通の風俗店にも入れるし、自由に恋愛や女性に接することもできる。本当に良い状態というのは、このようなシステムを作る必要がない社会ではないですか。
◯ヨーロッパでは、国で制度を作って障害者に性的なサービスを奨励しているところもあるという。
そういうサービスがない国からすれば、それはよいことで、すごいこと、と思われてしまうかもしれませんが。本来そんなことはふつうのことであり、やはりその制度を作るということが差別というか、人々をわけているんです。
◯お金もいる。勇気もいる。だけど、私たちのサービスを利用することで、毎日の仕事がちょっとがんばれたり、生活に潤いが出る人が実際にいるのなら、このサービスは絶対に意味のあるものだ。だからこそ、もっと広まって欲しいと願う。
◯そういえば、私が小学校のとき、同じ学年に知的障害の男の子がいた。同じクラスになったこともあるし、もちろん一緒にあそんだこともあった。あの子どもの頃の経験で、私が障害者と偏見なく接することができたのだとしたら、差別をなくすことへの鍵は、子どもの教育にあるのかもしれない。
本文より
性と障害。
よく考えれば、同じ人間、性的欲求は誰にもあるに決まってる。
でも、こんな職業があるなんて知らなかった。