石川文康のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
カント哲学への挑戦。懇切丁寧に解説してくれているのはひしひしと感じるのですが、それでもとてつもなく難解。何とかかんとか理解してやろうと必死に食らいつきました。
特に「純粋理性批判」の内容に触れている前半部分は、結局何だったのと説明を促されても上手く表現できません。とほほです。また別の本やらネットで復習します。
まだ、「道徳形而上学原論」に触れている道徳感はまだ親しみやすい。自分の実体験として共感できる部分が少なからずあった。第三のアンチノミーは互いに真であるため矛盾が成り立たない、人間は理性と感性の存在様式を有している。そういった観点から論じられていると思っています。仮言命法は「~ならば~すべし」と目的と手段が別個になっており下心がそこにはあり純粋な善ではない。定言命法こそが「~すべし」と義務感を携えながらの真の善であるのだー。あとは、幸せの追求はどこか邪なことで、道徳の追求は幸せを享受するために己を高めることなのだー。とても厳格な生き方だと思いますし、カントの徹底性が表れているとな。
最後の「判断力批判」は全くの初見でついてのがやっと。「合目的性」という概念をもって快・不快の感覚を紐解いているといった感じでしょうか。美は悟性との調和による「目的なき合目的性」という解釈を経て、人間の「共通感覚」へ導いている。さらに昇華された解釈として自然の合目的性から人間自身のうちにある究極目的へとたどり着いている。もう頭がパンクしてしまします。
それでは、「純粋理性批判」そのものへアプローチしてみましょうか。多分な解説を所望します。ふふん。 -
Posted by ブクログ
「哲学は難しい」というイメージを絵に描いたようなカント。
わたしの経験では、「永久平和のために」は、あっさりと読めてしまったのだけど、主著とされる「純粋理性批判」は、全く歯が立たない。1ページも読めない感じですね。
カント自身による入門書ということになっている「プロレゴメナ」も数ページでギブアップ。
「日本語への翻訳が難しくしているだけで、日常的なドイツ語としてはそんなに難しくない」とか、「インドーヨーロッパ系の言語である英訳で読むと、意味が通じる」みたいなことをいう人もいた気がするが、アメリカで政治思想のコースを取ったときの先生も、「正直言って、カントは何言っているか、わからない」と言っていました。
やはり「カントは難しい」のだと思う。
さて、そういうわけで、「純粋理性批判」を読む日がやってくるとは、思わないけど、どうも、そこが近現代の哲学の出発地点であるようで、いろいろな哲学者がそこに言及しながら、議論を進めることが多いので、まったく無視するわけにはいかない感じがしている。
あと、アーレントの主著を年内に読破するプロジェクト(?)の最後にそびえ立つのは、難解なアーレントのなかでも最も難易度が高いとされる「精神の生活」で、これを読むためには、カントの3批判を理解するのが前提条件となる。というのは、「精神の生活」は3部作として構想されていて、内容的には、概ね、カントの3批判に準じる順番になっているらしい。。
というわけで、新書でカントに入門することにした。
入門といっても、結構、難しい。が、大きな見取り図というか、どういう問題意識をもって、カントがなにを、どう考えようとしていたのかというところがとてもよくわかった。(カントは、思考の結果を本にして、そのプロセスはあまり書かないのでわかりにくいという面があるようですね)
何が問題なのか?がわかると、だいぶ、接近できる可能性が増える感じがする。
なるほどと思ったら点はいろいろあるが、1点だけ紹介すると、「純粋理性批判」でやろうとしていたのは、形而上学が、考えることができる領域とそうでない領域を線引きしたこと。
カントの時代には、論理的に考えれば、なんでも理解できるという思想が主流だったらしい。その中心のヴォルフは、同一律と矛盾律。つまり、A=Aというロジックですべては説明できるという考え。
一方、カントは、ロジックをどんどん遡っていくと証明不可能な命題にたどり着くと考えた。
たとえば、「世界は空間・時間的に始まりを有する」ということは説明できない。
というか、その反対の命題「世界は空間・時間的に無限である」と同様にどちらも正しいと論理的に証明できてしまうという矛盾。
カントは、この問題は、空間・時間のなかにいる我々にはもともと説明できる範囲を超えた問題であると考える。
こうした線引きをすることで、いわゆる「物自体」はわれわれの認知の範囲外であり、知りえない。われわれは、認知の限界の範囲で哲学すべきである、ということのようだ。
これによって、伝統的な形而上学のお題だった「神」「自由」「魂の不死」は、学問としての形而上学から排除されることになった、そうである。
そういう話だったわけか!!!
と驚きつつ、それって、ウィトゲンシュタインが「論理哲学論考」でやったことと同じじゃないの?という疑問もわく。
ウィトゲンシュタインが「哲学的な「問題」への最終解答」と言っていたのも、「語り得ること」と「語りえない・沈黙すべきこと」を峻別することのはず。。。
カントがずっとさきにこの峻別を行なっていたとするなら、ウィトゲンシュタインの「論理哲学論考」がどうしてそんなに衝撃的だったのか、どこが新しい発見だったのかがわからなくなった。
まあ、そんな感じで、まだ、カントの著作を読む気力はないが、カント関係の入門書を将来の読書リストに入れておくことにする。 -
Posted by ブクログ
この薄さで『純粋理性批判』、『実践理性批判』、『判断力批判』さらには宗教論まで取り上げてくれています。
扱う内容は広いですが、これらに通底する「仮象批判」をテーマにしたことで、うまくまとめられています。
頻繁に参照すべきページが明示されて、復習しやすいのも好感が持てます。
ただ、それでも難しいです。
例えば、まずピンとこないのが用語ですが、「知性」「純粋理性」「理論理性」「実践理性」の違いは何だろうとか、引っかかるところがたくさん出てきます。
著者も「悟性」(P106)や「格律」(p163)といった語を排するなど気を配っていますが、それでも…
あと、個人的には直前に読んだのが戸田山和久『哲学入門』の食い合わせが悪かった。
カントの二元論的な考え方に違和感を覚えてしまいました。