大田洋子のレビュー一覧

  • 屍の街・夕凪の街と人と

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    原爆投下から3か月後に書かれた「屍の街」と1953年の「夕凪の街と人と」が1冊にまとめられている。後者は、こうの史代さんの『夕凪の街 桜の国』の参考文献の一つ。ちなみに「桜の国」も、本書の作者・大田洋子が戦時中に書いた作品のタイトルに由来する。

    「屍の街」は大田自身の被爆とその後の疎開先での経験を、「夕凪の街と人と」は原爆スラムや被爆者治療の実態を描く。原爆スラムのなかでの分断を具体的に描いている点も、読み応えがあった。戦争が決して、45年8月の敗戦で終わったわけではないことを、ルポルタージュ的な筆致で、静かな怒りを込めて伝えてくれる。もっとも、解説によると、出版当時はあまり評価されなかった

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    2025年09月20日
  • 屍の街・半人間

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    原民喜『夏の花』においては壊れる勢いと衝撃が強かったのに対し,『半人間』では壊れた後の持続がいくらか書かれている。『屍の街』では,「急激に拡張する現実」に対しある種の使命感に駆られて書いたような感じだろうか。

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    2024年04月17日
  • 屍の街・半人間

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    作者が強調する原爆の恐ろしさは、その破壊力や被爆だけはない。それは今までにない爆弾だった。人々の想像力を超えていた。そして突然の未知の力による破壊は、肉体のみならず人々の精神内部にまで及ぶ-

    まさに体験した者だけが言えることだが、原爆の最大の恐怖は、人々の気力を奪い去り、表情を消し、魂を蒼ざめさせることだという。「じっさいは人も草木も一度に皆死んだのかと思うほど、気味悪い静寂さがおそったのだった」「裂傷や火傷もなく、けろりとしていた人が、ぞくぞくと死にはじめたのは、八月二十四日すぎからであった」

    見渡す限りの焼け野原を見た喪失感、そして生存者が日をおいて発症して死んでいく、という不可解な死

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    2015年11月15日
  • 屍の街・半人間

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     広島で被爆した作家の私小説。
     
     原爆小説としては井伏鱒二の『黒い雨』などが有名だが、この作品は描写が淡々としていて悲惨さを感じない。

     苦しいとか悲しいとか、そんな人間的な感情さえ、原爆という悪魔の兵器は破壊してしまったということがわかる。

     現代人の目から見れば作家が見ている情景はまさに悲惨そのものだ。しかしそれを悲惨なものととらえることすらできず、まるで電車の窓から外の風景を眺めているかのような描写はどこまでも冷めている。
     
     人間が痛みを感じることができなくなることほど深い病があるだろうか。
     
     屍の街に書き記されている世界は、まさに痛みを痛いとも感じることのできない地獄で

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    2017年08月15日
  • 屍の街・半人間

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    原民喜とは対照的な仕方で、「屍の街」のありさまを凝視し、それをもたらしたものを突き止めようとする意志に貫かれた作品。併録された、生き残ることの苦しみと、苦しむ者たちに注がれる視線を内側から抉るように見据える「半人間」も印象深い。ただ、両者を貫く怒りのこもった意志は、被爆以前の大田においてそうだったように、「日本」を語ることとあまりにも親和的である。

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    2010年11月08日
  • 屍の街・夕凪の街と人と

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    その当日の広島を描く『屍の街』と、数年後の街と人々を描く『夕凪の街と人と』を合わせて読むことで、瞬間の惨劇と、長きに亘って人々の心と体に残した傷、どちらもまざまざと追うことができる。特に、東京から来た博士に診てもらうために多くの患者がケロイド等の障害を負った体を人目に晒す一幕は、その惨さに心が沈んだ。
    一方で、解説により著者が戦中はプロパガンダ色が濃い作品を手がける流行作家だったということも知り、なんとも複雑な気持ちとなった。

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    2025年08月20日