シモーヌ・ヴェイユのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
2025.7.26
ヴェイユの強さ、与えられる優しさ
離さない光
美とは何か
これを理解するにはまだ及ばない
エネルギーの実体変化は自分の判断基準に取り入れようと思うぐらい感動した
ヴェイユにとっての美は何か。美によって神との接触が可能?我々が実在と接触できる数少ない媒介が「美」なのか。では美はなぜその位置を与えられたのか。神の「罠」。
ギリシア彫刻はヴェイユからすれば美。ではなぜギリシア彫刻を見るだけでは足りないのか?集団から個別へ、そして普遍へ。ギリシア彫刻は既に普遍的美としての位置付けがなされているという認識?だとしたらヴェイユは美の体験においては個別から普遍への段階を踏むことを求め -
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下巻は第3部「根づき」の方法についての記述となります。上巻が「根こぎ」の悲惨な状態についての記述であったのに対して、下巻はいかにして人間が(特にフランス人を念頭においていますが)ふたたび根を張ることができるか、そして魂の糧を得ることができるか、についてのヴェイユの提案・主張が書かれていることになります。
主張は正直難解に感じましたし、一言で説明せよと言われると非常に難しいのですが、ポイントとしては人間の生命維持に直結する労働に焦点をあてていることでしょう。またヴェイユの主張で面白いと感じたのは、思考は万物を動かしている必然性すらも支配できる、というコメントです。つまり世の中で起こっていること -
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フランスの哲学者で、第二次世界大戦時に亡命先の英国で34歳という若さでなくなったヴェイユの代表作の一つです。上巻では人間の魂に必要なものは何かをリストアップし、そのなかでも特に著者が重要と考えている「根を持つこと」についての論が始まります。植物にとって根が養分を吸収する重要な役割を果たしているように、人間もなんらかの根を持たなければ魂が死んでしまう。そして根から無理やり引き剥がされた状態、つまり「根こぎ」の恐ろしい影響について上巻では詳しく論じていますが、その中心的話題は祖国の喪失です。フランスはナチスドイツに占領されフランス人は「根こぎ」の状態になりますが、ヴェイユはいかにしてフランス人の魂
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2023/3/5(3回目)
「苦しみがなくなるようにとか、苦しみが少なくなるようにとか求めないこと。そうではなく、苦しみ によって損なわれないようにと求めること」辛くて苦しんでいたときに恩師から言われた言葉
「どうか、わたしは消えて行けますように。今わたしに見られているものが、もはやわたしに見られ るものではなくなることによって、完全に美しくなれますように」この世には究極的な言葉が存在するだろうが、これはその一つ 本当に眩しくて透きとおっていて信じられないほど美しくて悲しい
「知性は(中略)鋭敏で、尖鋭で、正確で、厳密で、酷薄でなくてはならない」恩師によく似合う言葉
「泣いてはならない、慰めを -
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マア1割くらいしか理解できてないかもしれないけど…
・卑俗な動機は簡単にエネルギーになる
・自分の中の獣を馴致すること(不可能なものに達するには可能なことを積み重ね遣り遂げる必要がある)
・常に思考をやめない。思考の居場所のないところには正義も思慮もないから。(見えないものはない、というかんがえをやめる)
結構自分自身、己がつよいみたいなところがあって、いろんな自分の周りのことに執着したり、日々のことに意味あんの?とかおもったりしてサボったり、ということがあるけど、そういうのって傲慢〜〜〜ってことなのかもしれない。どうしても、私は世界のほんの一部(ぜんぶ)にすぎず、ダルマ/必然に隷従して -
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根をもつこと、というこの題名から何を想像するだろう。ヴェイユという独特な哲学者についてあらかじめ知っていなければ手に取ることもないのではないだろうか。ここにいう「根」とは、周囲の集団や環境から喜びや生きがいを汲みとる人のあり方といったものといえようか。根をもつことをヴェイユはこう定義する、「根をもつこと、それはおそらく人間の魂のもっとも重要な欲求であると同時に、もっとも無視されている欲求である。また、最も定義のむずかしい欲求のひとつでもある。人間は、過去のある種の富や未来へのある種の予感を生き生きといだいて存続する集団に、自然なかたちで参与することで、根をもつ。」(上巻p64)。
人は根を -
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上巻は、ヴェイユが私的憲法草案を著すに際した基本理念(服従、名誉、秩序、言論の自由など)から始まり、労働者、農民、国民の、中世から続き第二次世界大戦敗戦に至るまでの「根こぎ」の過程と、根を取り戻すための実際的な要領を提案している。
下巻は丸一冊分「根づき」について。
敗戦という絶好のチャンスに、いかにしてフランス人に真理を重んじる霊感(これは魂とかそういう意味)を復活させるか。
真理と科学・労働が現状いかに乖離しているか、その滑稽さなどをかなり辛辣に綴っている。
”いまこの瞬間つぎの二つの運命からの二者択一を迫ってみよう~”の下りは、ヴェイユの真理に対する崇敬の度合いと厳しさが一番よく出ている -
Posted by ブクログ
人に対して「透明感」という言葉を使うのはまず好意的な感情からだと思う。僕もシモーヌ・ヴェイユという人の深く澄まされた知性に、憧れや好意を感じる。
しかしそれにしても、いくらなんでもこの人の透明感は、度が過ぎている。水清ければ魚棲まず、ではないが、突き詰められた「聖」性は汚く図太く生きる生命力の対極のように思え、悲壮感さえ覚える。
関連して、ヴェイユの教え子の書いた本を読んだ。師への親愛の情に溢れた本だった。この人が周囲の人に理解され、愛されて生きたのだと思うと、何か救われたような気持ちになる。そんなことも含め、ヴェイユという人は僕に希望や勇気をくれる存在だ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレなぜ勧められたか覚えてないのだけど、仲の良い友人に「重力と恩寵読んだことある?たぶんすごく共鳴すると思う」的なことを言われたのが今年の初めくらいにあり、たまたま某図書室でも発見して、これは今読むべしということだなと思い、手に取りました。
なんの脚注もないので解釈むっずとなりながらなではあるものの、読み終わりました。
また別の人に、少し前に読んでいた悪徳の栄えとは真逆すぎて面白いですと伝えたら(快楽に対する態度とか)、「両極端すぎるように見えて紙一重なところがありそうじゃない」と言われて、確かに己の中にジュリエットもヴェイユも存在するので、それはあながちそういう側面もあるかもと思っている。基本