中世日本史を専門とする村井章介先生の一般向け書籍。
東アジア諸国との関係が不安定になり市井の日本人や韓国人、中国人の相互の感情が悪化していく今において、改めて東アジアにおける日本とは何かを考えるにあたってよい材料となる本でした。
大学生向けの入門授業のノートをもとに構成したという本書は、現代とは
...続きを読む異なる中世日本をを素人にもわかりやすく展開しています。
この本のテーマは日本中世の国際交流や交易について。
元寇・日宋貿易・日明貿易といった高校の授業で出てきたキーワードについて、貴族や幕府などの中央権力だけでなく相手国の状況や実際に交易に携わっていた人々についてもその実態を明らかにすることで、中世当時の日本と東アジアの関係性に光を当てています。
元寇を東アジアを席巻したモンゴルの遠征計画の一つとして見た場合、日本とモンゴルの関係だけではなく高麗の情勢や東南アジア遠征との関連性を見ていくことで、元寇の勝利を「日本が世界に冠たるモンゴルを食い止めた」というような「神国日本」的な思想から脱し、正しく元寇の意義をまとめようと試みている。
中世に行われていた様々な交易についても、一般的な歴史叙述の中では日本に与えた経済的影響や貿易の権益を国内で誰が握ったかといった内向きな考え方が非常に強い。そういった考え方に対して本書では日本という国家が国際社会に出てくることへの国際的、国内的影響といった側面から考えることでやはり東アジアの中で日本がどのような立ち位置にいたのかが明らかになってくる。
またこの本では直接に朝鮮や中国と接している西国と、東アジア諸国と距離がある京都や鎌倉といった東国の国際感覚の違いが強調されている。
西国においては朝鮮人と日本人が盛んに交易を行い、「倭人」といわれる独特の文化を築いている。彼らは朝鮮・日本の国境にとらわれず活動をしていて、どちらの政府の思惑にも服さない。朝鮮半島と九州・西日本を股にかけて活動を行う一方で、はるか東国については及びもつかないという世界観を持っている。一方で京都では穢れを畏怖する思想が脈々と受け継がれ外国人との交流を避け、時に開明的で対外交流に積極的な政権が誕生しても時代にはすぐに揺れ戻しが起こってしまう。鎌倉では元寇の予兆となる三別抄からの国書についてその外交的な意義をしっかりと理解できずに、対モンゴルの連携構築の機会を逃してしまう。
東アジアの中での日本や越境的活動を行なっていた人々の存在を強調することで、読者の持っている一国史的な現在の日本史を同時代のもっと大きな世界の中へ位置づけ直すことを試みている。実際の中世日本では国境のハードルは鎖国政策を実行する前に比べればはるかに低く、現代の感覚では想像できないような活発な交流が行われていたのだ。この世界観は著者が本の中でも引用した網野善彦氏の東国西国論に近いものを感じる。現在はひとつの国境でくくられている日本の中の多様性について改めて思いを馳せることになるのである。
本書ではぜひとも最後の解説までしっかりと目を通していただきたい。村井章介氏の弟子の方が、本書の記述を2011年現在の歴史学に照らし合わせた時にどのように判断されるかを丁寧に解説している。当然、本書は村井氏の歴史認識のもとに書かれているので様々なバイアスが存在している。そういったことについて注釈を加えてくれているこの解説はとてもありがたかった。