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Posted by ブクログ
東京FMのラジオ番組「Panasonic Melodious Library」で(けっこう前に)紹介されていて、興味を持った。
あらすじはこうだ。南インドの都市チェンナイで日本語教師をする私は百年に一度の大洪水に見舞われる。水が引いたあと私は、百年分の記憶を孕んで地上に投げ出された泥の山から、チェンナイの人々が、遠い昔に死に別れた家族や友人をいとも自然に引っ張り上げては思い思いに邂逅を果たすさまを見る。日本語講座の生徒である青年が熊手で掻き出す泥の中からは、この地にあるはずのない私の思い出の品も転がり出てきて、私の、彼の、語られなかったはずの記憶の声が鳴り出す。
ラジオでこの作品の特徴として、インドに行ったみたいなちょっとした旅行気分を味わえる、そして大阪出身の作者の醸し出す独特のノリがある、と語られているのを聞いたとき、「あ~遠くへ行きたい」と兼ねてから思っていたつもりはなかったのになんだか遠くへ行きたかったような気持ちになり、異国情緒や旅情を求めて読み始めた。
まず、癖のある文体が癖になる。「、」でだらだらと続けたり、助詞をちょいちょい省いたり、語彙が妙に古めかしかったり、それでいてユーモアもある。とにかく普通じゃない。もう既にトリップ気味。
そして虚構と現実が容赦なく入り乱れる。マジックリアリズムというらしい。インドのIT企業のエグゼクティブたちは翼を装着して飛翔通勤する。インドなら、そうかもしれない。思っていたよりずいぶん遠くに来た。
私の出身地は明らかにされていない(いなかったと思う)。ただ、「大阪出身の友人」が複数名登場する。大阪出身の、といちいち説明されるので私はそうではないように読めるのだが、インド人に「日本人はマクドナルドをマクドと呼びます、『マクド』、はい」と復唱させるシーンがある。大阪ではないが関西人だと考えるのが自然なようにも思うが、でもそれもどこか釈然としないところがあり、あのマクド発言はすごくひっかかる。
というかもっと大筋においてひっかかるところだらけの不思議な小説だったが、ただ難解なだけでなく、わかりやすい「良い話」や「浮いた話」も絶妙~なさじ加減で入っていて、なんかすごく好きだった。
他の作品も読んでみたい。
Posted by ブクログ
読書開始日:2021年7月5日
読書終了日:2021年7月6日
所感
芥川賞受賞作品を読み進めている最中ではあるが、とても好きな作品に出会えた。
タイトルとはかけ離れた清涼感があった。
ラストシーンの鳥肌は、川上弘美さんの「真鶴」以来かもしれない。
この作品は、チェンマイに降りかかった百年に一度の大洪水により浮上した百年積み重ねた歴史ともいえる泥を掘り起こすことによって、
登場する人々の過去を振り返る内容。
飛翔通勤や、泥から出てくる人間、それらがしっかりと作品の中の現実になじむくらいに、現実と虚構の線引きが無い。
過去は年月を重ねるうちに変形し、過去への思いの強弱も変わる。
そこにある事柄、発せられた言葉よりも、発せられなかった言葉、おきえた事柄に重きを置いてきたがゆえの、百年泥。
もはや原型をとどめていない過去でも、思いが強すぎるあまり、泥から虚構を見るがそれを虚構と気付かない。
作中の文章「俤が俤を引き寄せる」はすごく腹落ちした。
ラストシーン、デーヴァラージの日本語で語るシーンは最高に澄んでいる。
その一瞬で泥が消え、今までの停滞が嘘のように未来が流れ始めた。
正直自分の読解に自信が無いからもう一度どこかのタイミングで読みたい。
主人公の母の件についてはまだ不明な点が多い。
ああ地面
そうつげる自分の声に救われるごとく
この変幻自在さこそが彼以外の知り得ない過酷な人生の刻印
それとも夫に惚れてたのかもしれない
自分が土をふむ、それを土がすなおにうけあしあとでへんじするそのことをたのしんでるふうにみえた
世界はただ受け、惜しみなく返事する
たったひとつ母がこの世で得た日本の脚、それは私だった。
そこにある事柄、発せられた言葉よりも、発せられなかった言葉、おきえた事柄に重きを置く。
火葬して天国へ連れて行き、ガンガーへ遺骨を流し穢れをとる
俤が俤を引き寄せる
かつて綴られなかった手紙、眺められなかった風景、聞かれなかった歌。話されなかったことば、濡れなかった雨、ふれられなかった唇が、百年泥だ。
どうやらわたしたちの人生は、どこどう掘り返そうがもはや不特定多数の人生の貼り合わせ繋ぎ合わせ、万象繰り合わせのうえかろうじてなりたつものとしか考えられず
今までの停滞が嘘のように
Posted by ブクログ
この本に出てくる主人公と場所は違えど同じ職業をしている身として、彼女の日本語を教える教室での心労が手に取るようにわかるのだけど、この本の本筋はそこにはなく、インドという国とそこの考えに全く馴染みのない自分でも、そこにある宗教的というか土着的というか、そういう世界観の深さを垣間見ることができる話だった。
百年泥から湧き上がってくる記憶とも過去ともつかない幻想的な物事の中で、主人公と主人公を悩ませる生徒の過去が一際色鮮やかに語られて、そこに何があるという訳もなく、ただ彼らが今どうして彼らであるのかがわかっていく話。橋を渡り始めてから渡り終わるまでに、主人公と学生がこの企業の一教室で出会ったことの不思議というものを体感させらる。
この本の中で一番好きだったフレーズは、『世界はただ受け、おしみなく返事をする』だった。砂浜を歩く主人公の母親が感じた安心、生きているという感触を、こよ一文からひしひしと感じた。
Posted by ブクログ
場所は南インド、チェンナイ。百年に一度の洪水によってもたらされた膨大な泥。アダイヤール川にかかる橋を渡ると、泥の中から無くした人や物を探しあて、再会に涙ぐむ、喜ぶ人達の姿で溢れていた。
インドの文化をリアルに描きつつ、ファンタジー要素を隠し絵のごとく違和感なく盛り込んで、圧倒的な混沌の中から人生の悲喜こもごもをインド哲学と日本の仏教の両方から掘り起こして表現しているような印象がしました。
現在と過去、インドと日本、現実と仮想を交互に行き交う文体は、読みやすくはなかったですが、不思議な世界観でとても面白かったです。インドってすごい!と素直に思いました。
本当にインドでは飛翔通勤してる人達がいるんですか?(いませんよね??笑)
Posted by ブクログ
◼️石井遊佳「百年泥」
芥川賞。成り行きは分かりやすい、が、この現実、飛翔通勤とか長年泥に埋まってた人が、とかどこかおかしいぞ?笑
1つ前に読んだ芥川賞作家の作品が衒学的でいかにも最近の純文学、ってテイストで、意味分かんないとこはひたすら文を追うことだけに終始したのに対し、こちらは分かりやすい文体と事情。メインの設定への展開は早い。
悪い男にひっかかり多重債務者となったわたし。返済のため、元夫のあっせんでインド南東部のチェンナイへ渡り、日本企業と取引の多い一流のIT企業でエリート新入社員相手に日本語を教えている。もちろん資格などない。ある日雨季の大雨であたりは大洪水となり、数日後、わたしが会社へ向かうために渡る大きな橋の両側には大量の泥が。住民はそこから人を掘り出して「七年間もどこほっつき歩いてたんだよ」「なんだよ、こんなところで寝てたのか」などと言って生きてる相手と再会を喜んでいるー。そして、わたしと、生徒のリーダー格、デーヴァラージの過去がー。
お読みの通り、どこかおかしなところがあって、特権階級にのみ翼をつけて飛翔通行することが認められており、とはいえ法律違反の暴翔族もいて衝突事故が起きたりする。
途中からファンタジーを現実の目線で見る形に移行する?コミカルで軽いテンポに真逆の、シビアな環境、過去の事情が入る。そのギャップもバランスが良い。そしてなにより、不思議で、いいかげんで、能天気なインドの大衆、人口も多く優秀な若者をたくさん抱える彼の国の神秘さ、深さをも感じさせる。
著者は東大でインド哲学仏教学を専攻し博士課程まで行っている。またネパールやインドで日本語教師もしていたとのこと。自分のベースを活用して描いた物語のようだ。大阪・枚方市出身。
「日本でマクドナルドは<マクド>といいます、はいみなさん大きい声で<マクド>」
もちろん「ク」にアクセントがあるんだろう。言うまでもないが<マクド>は関西特有の短縮系で関東や私の出身の福岡では<マック>と言うはずだ。思わず苦笑、おいおい、まっいっか知らんけど。
まあ最初ちょっと丁寧でない流れかな、回収もないしという気がしたが、展開の速さは好ましいし、全体の雰囲気とテンポを作るもとにはなってるかなと。あとでじっくりと振り返るし。楽しめる純文学でした。
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