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「みなさん、信じられますか! 日本人投手が、今、アメリカのオールスター戦に先発しているんですよ! 信じられますか!」95年のMLBオールスター戦の実況アナウンサーは、立ち上がって興奮気味に叫んだ。この年、野球史が変わった。日本人プロ選手が史上初めて、自らの意志でメジャーリーガーとなったのだ。野茂英雄――彼が日米の野球に与えた影響は計りしれない。また、アウトサイダーで口数少なく、チャレンジ精神に満ちた野茂の人柄は、メジャーリーガーに大きく評価されている。ドジャースの元投手コーチ、ジム・コルボーンは、「成功したのは、そこ(才能)に人格がプラスされたからだよ。才能は、彼の成功のほんの一要因に過ぎないさ」と述べる。本書はこのようなメジャーリーグ関係者の声や、日本にはなかなか伝わらない現地のMLBファンの声も多数掲載する。ベストセラー・ライターによる決定版!
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Posted by ブクログ
ロバート・ホワイティングの野茂投手の伝記本。
野茂投手がMLBへ渡った経緯から初期の活躍の様子とMLBに与えた影響、マイナーへの降格やトレード、後に続いた日本人プレイヤーとの関係、そして引退までMLB日本人プレイヤーのパイオニアとしての彼の活躍を描いています。
彼がMLB挑戦を表明した時のバッシングの様子は、鮮明に記憶に残っています。当時はマスコミやプロ野球関係者から、「裏切り者」扱いされ、事情を知らないファンからも見捨てられるほどの酷い状況でした。しかし、ひとたびMLBで好投すると掌を返したように絶賛の嵐になり、MLBの視聴率は上がり、マスコミの扱いも変わりました。
これほど極端に評価が変わった選手も珍しいのですが、本人の考え方は何も変わらず、ただMLBで野球がしたいという夢を叶えるという一途な想いでやった結果が認められたようです。
野茂の軌跡をこの本で知ると、本当に度量の広くて何事にも動じない肝の太さを感じます。もし彼ではなく、他の日本人プレイヤーがMLBに行っていたら(例えば伊良部のように)今のMLBにおける日本人の地位も違っていたかもしれません。
故障で投げれなくなり、マイナーに落ちても、途中でクビになっても、めげずに這い上がって3度もカムバックしています。2度のノーヒットノーラン(両リーグで)とか、日本人選手で初のホームランを放つなど、もう引退してしまったけれどますます好きになりました。
新書本ですが、興味があれば読んで欲しい本です。
Posted by ブクログ
Speaking of a pioneer who played in Major League Baseball, everyone might think of “Nomo Hideo.”
After he played in Japan for five years, he went to America to play as a major leaguer.
He was not the first player who played in America. The first player was Murakami.
However, it was the first time that Japanese top player played in MLB.
As you can see from his records, Nomo Hideo was the best pitcher in those days.
He became fed up with the Japanese traditional way of thinking, “gut is the most important thing.”
In those days, Japanese coaches didn’t know any scientific ways of practices but ways of practices with a lot of guts.
Nomo wanted to practice reasonably. He thought that he would be injured if he kept playing in Japan.
So, he decided to exile himself to MLB.
Many Japanese people condemned him at first, but he made their mind change by his astounding performance.
And he also changed Japanese baseball players’ mind that they can make their mark in MLB.
Today, many Japanese players play in MLB.
It is because Nomo created a path toward MLB.
英雄 is a hero for NPB.
Posted by ブクログ
松井に国民栄誉賞が与えられるとか。ワールドシリーズのMVPを取りNYの優勝パレードでは史上初めてニューヨーカーが日本人に声援を送った。一般のアメリカ人に最も愛された日本人かもしれない。国民栄誉賞いいんじゃないですか。
では野茂には国民栄誉賞は与えられる日が来るのか?本書の最終章では野茂が野球殿堂入りするかどうかに1章裂かれている。野茂がいなければ後に続く日本人大リーガーの出現はもっと遅れ、WBCも無かったかもしれない。94年のストライキとロックアウトは野球離れをすすませ、バブル期の日本のイメージはロックフェラーセンターやコロンビアの買収など貿易摩擦もあり一般的なアメリカ人の対日感情は必ずしもよくない。野茂が大リーグに行ったのはそういうころだ。
当時日本プロ野球から大リーグに挑戦するには相手球団の許可が必要というのが常識だったが日本で任意引退した選手がアメリカで契約することには制限が無いと言う抜け穴が有った。94年肩の故障で8勝7敗に終わった野茂は契約更改で20億、6年契約を申し込む。却下したフロントに任意引退を告げ大リーグ挑戦を表明する。マスコミや球界関係者は野茂を批判したが野茂は揺るがなかった。その後の活躍はNOMOマニアを生み出した。
大リーグ挑戦後野茂は2度の復活を果たしている。98年以降成績が低迷し球団を渡り歩いた後BOSで2度目のノーヒッターを達成、02−03は各16勝を挙げている。04、05と低迷しマイナーやベネズエラリーグに行った後08年にKCのテストを受ける。キャンプ当初はストレートが130km以下、39才で体重はKC担当のレポーターよりも重く世間は失笑した。しかし後半調子を上げ開幕時には25人枠に入った。残念ながら成績は残せなかったが著者のホワイティングはこの最後の復活をもっとも賞賛すべき業績とたたえている。
野茂は無口でマスコミには無愛想、選手同士ともあまり話さなかったようだがインタビュー内容からは大リーグに適応しようと努力し、コーチたちからも評価されている様子がうかがえる。例えば復帰したLADで前半線防御率が4.00まで落ち込んだ際にはコーチのジム・コルボーンが野茂に「ツーストライクをとったあとに、続けてストライクを投げてみないか」「君は今まで、コーナーぎりぎりのアウトサイドに投げていたけど、それを変えてみるんだ」と助言され野茂はそういうやり方は自分の好みではないが、お望みならやってみてもいいと答えた。その年最終的には16勝6敗防御率3.39と好成績を挙げている。
野茂の通算奪三振率は9.28(MLBでは8.74)、1イニング1三振以上の数字であり大リーグを通じても2000イニング以上投げて9を上回っているのはノーラン・ライアン、ランディ・ジョンソン、ペドロ・マルチネス、サンディ・コーファックスの4人のみ。両リーグでノーヒッターを達成したのも大リーグ全体で5人。そして12年間で323試合に登板し内先発は318試合、7年間先発ローテーションを守り3回の開幕そして95年のオールスターの先発をつとめた。
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