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日本人の多くは、朝鮮戦争に関してわが国は傍観者だったと思っている。だが、実は当時の日本国内には共産革命の司令塔・極東コミンフォルムによる「武装闘争」指令が下っていた。わが国は戦争と革命の波に巻き込まれていたのだ。GHQ、トルーマン、スターリン、毛沢東らは日本とアジアをどのように改造しようとしたのか。朝鮮戦争はいかにして起こり、日本は紛争に巻き込まれたのか。知られざる日本・台湾の「侵略」工作とともに、敗戦後から朝鮮戦争に至る空白の戦後史が遂に正体を現す。 ●敗戦後の日本を襲った「敗戦革命」 ●野坂参三の「平和革命」工作 ●日本共産党と朝鮮労働党の共謀 ●革命の司令塔・極東コミンフォルム ●中国共産党に操られたトルーマン民主党政権 ●台湾を守れ――根本博と「白団」の活躍 ●原爆開発と朝鮮戦争への道 ●朝鮮戦争をめぐる中ソの思惑と対立 ●日本共産党の武装闘争 ●北海道侵略の危機 ●左右の全体主義と戦った日本社会党
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Posted by ブクログ
「〇〇労働組合の歴史は共産党との戦いの歴史だ」
上記は某巨大企業の労働組合の副会長をやっていた元上司の言葉である。
私は物心付いた時から共産主義アレルギーだったので日本の社会主義者も結局は同じと思っていたが、日本社会主義者たちは社会主義の経済政策によって労農の地位向上、労働環境の改善、賃金アップ等々を目的としているだけであって、やれ反国家権力や政権打倒、況してや「武力革命」などのイデオロギー闘争を目指してた訳ではないことを元上司から聞いた。
しかし、共産主義者たちが労働組合へ潜り込み社会主義を騙って暴力革命に導き国家転覆などを組合の中で散々煽るので組合の社会主義者たちはこれを排除するのに必死だったそうだ。なので冒頭のセリフとなる。
本書でも後半、日本社会党右派が左右の全体主義者たちと戦い日本の議会制民主主義をいかに守ろうとしたのかが描かれている。
当時(戦前戦後共に)、社会問題に対して憂い労働者たちの立場を代弁して戦おうとした労組や社会主義政党の人たちが、共産主義者たちを抑えてくれてなかったら今頃日本は共産主義国になっていた可能性があることを本書では克明に書かれている。
巨大企業の労働組合副会長だった元上司の言葉が裏付けられ、しかも非常に重い言葉であったことが本書を読んで理解出来た。
Posted by ブクログ
タイトルはIF物ではなく昭和22年から27年までの
ソ連を中心とした活動を最新研究成果から列記した
≪極東コミンフォルム(国際共産主義運動司令塔)≫
(1)22.9中国共産党・日本共産党・朝鮮労働党
※北海道国際連絡局(千島経由モスクワ連絡ルート)
(2)22年、2.1ゼネスト(すわ、人民政府誕生?)
※日本共産党の敗戦革命工作(1.31GHQ停止命令)
(1.6日共声明「民主人民政府樹立のために…」)
(3)23.2南朝鮮労働党(共産党系)反米ゼネスト
※4.3済州島大暴動、10.19韓国第十四連隊反乱
(4)23年、在日朝鮮人暴動(共産党と神戸・大阪)
※日本共産党指令71号(占領期初占領軍非常事態宣言)
≪革命戦士の養成≫
(5)21.12シベリア抑留者(共産革命戦士)帰還
※ラストボロフ事件(志位委員長伯父他工作員36人)
(6)29.4日本共産党中央党学校(馬列学校)
※33.3革命教育修了者1500人の活動家日本帰国
(34~35六十年安保闘争における簡体字ゲバ文字)
≪ソ連「朝鮮戦争と台湾侵攻」≫
(7)24.8許吉松(コミンフォルム工作員)
※100人規模北朝鮮スパイ網(在日朝鮮人連盟解散)
(8)25.1スターリン日本共産党の平和革命論批判
※日本共産党への武力(暴力)革命指示
※金日成がスターリンへ韓国武力攻撃の許可を要望
(9)南朝鮮への武器輸出反対デモ(韓国侵略準備)
※GHQ察知し25.6レッドパージ(野坂ら地下潜行)
・・・日本が日本でいられたのは偶然だな(´・ω・`)
Posted by ブクログ
江崎先生の本にはいつもゾッとさせられる。
敗戦革命をギリギリかわした日本が、朝鮮戦争前後でこんなやばいところにあったのか。
シナが先に台湾を落としていたらどうなったか。
戦争のソ連が実際に北海道を取りに来ていたらどうなってたか。
そうならなかった因子の一つは、米国の日本占領方針転換ではあったけども、敗戦後も、日本を、台湾を守るという、歴とした日本人がちゃんといたから。
んで、ソ連も、シナも、日本が怖くてしょうがなかった。
だから潰しに来たんだが、だからこそ最後に手が出せなかった。
そこで、当時の社会党が、共産革命から日本を守った大きなファクターであったことは驚き。
今の、みずほ党ではない。これは腐った残り香。
そういや、民社党ってあったよな。
数十年かけて、日本の気骨は骨抜きにされた。
果たしてどうなる。
Posted by ブクログ
仁川作戦の翌10月、ソチまで面会に訪れた周恩来に対してスターリンは中国が朝鮮戦争に介入するよう求める。スターリンはヒトラーよりも猜疑心が強く、そしてヒトラーよりはるかに慎重だった。この2つの性格で第二次大戦を勝ち抜いた彼にすれば、アメリカと戦争をせずに共産圏を拡大することが最大の関心事であり、あの長く苦しかった戦争の再現など望んでいなかった。これが冷戦の本質なのかもしれない。
当時のスターリンの猜疑心は同様に猜疑心の強い男、毛沢東に向いていたと見るべきだろう。米国はこの1950年に至るまで中国共産党政権に融和的で、1月には台湾不介入まで言及していた。朝鮮戦争により甘い期待が一変した後、スターリンは中国共産党に対してアメリカと対峙することを求めた。結局義勇軍という形で直接対決を避けたものの、中国が朝鮮戦争にコミットしたことで、米中国交は二十年遅れたと言うことができる。
朝鮮戦争が38度線で膠着した後も、スターリンは1953年に死ぬまで、休戦を認めなかった。敵にも味方にもえげつない外交手腕で赤い帝国を築き上げ、世界から嫌われたスターリン。しかし彼を超える後継者は現れず、赤い帝国は次第に衰退へと向かう。我が帝国に挑戦するのはアメリカと毛沢東の中国である、とそこまで見据えていたのかもしれない。
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