「 A「私は仕事を始めた、あらゆる種類のノオト、クロッキ。風景の中の一切のものが、私を盲にし、私を眩惑した。ヨーロッパから来て、私は色彩に関して常に不確かだったので、正午から十四時まで探し求めた。けれどもそれは実に簡単で、当然のことだがカンヴァスの上に赤と青とを置けばよかった。せせらぎでは黄金色の形態が私を魅了した。私のカンヴァスの上に、あらゆるこうした黄金を、あらゆる太陽の歓喜を迸らせることに、どうして私は躊躇したのだろう。恐らくはヨーロッパの古びた風習だ、堕落した我々民族の持つ、表現へのあの臆病さだ。」(ゴーギャン自筆ノオト、 f. 8) B「私は仕事を始めた、あらゆる種類のノオトとクロッキ。しかし風景は、その明確な、燃えるような色彩によって、私を眩惑し、私を盲にした。その頃私は常に不確かだったので、正午から十四時まで探し求めた。しかしそれは実に簡単で、私は見たままをえがき、私のカンヴァスの上に、何の計算も無しに、赤や青を置けばよかった。せせらぎでは黄金色の形態が私を魅了した。私のカンヴァスの上に、あらゆるこうした黄金を、あらゆる太陽の悦びを迸らせることに、どうして私は躊躇したのだろう。──ヨーロッパの古い因襲だ、頽廃した民族の表現への臆病さだ!」(ゴーギャン自筆清書版二章、 P. 43、定本では P. 46)」