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Posted by ブクログ
《出版年月日 2017/07/23》
そこまで自分の定義での雑誌という形態を感じなかったが、本当にどこから読んでも問題ない内容で、その点が雑誌だ。
刊行物の数が半端ないこの作家を今から追いかけるのは非常に厳しい。その点、今までの趣向を幅広く網羅しているこの本はビギナーに最適だ。
「100分deわかる森博嗣」みたいな感じ。
一つのトピックが短いので適当に開いて時間を潰すのにも向いている。類いまれな理屈屋と向き合う貴重な体験や、深刻な相談をカジュアルに次々切り捨てるスピード感も楽しめる。「モノタロウなら知っています」は笑った。表紙が良い。
著者によると小説とその他の刊行物の読者層は割と分かれているらしい。特にエッセイは自小説のセルフライナーノーツとなっているので、純粋に小説を楽しみたい人には不向きかもしれない。
表舞台に姿を見せることがなく森の隠者みたいなイメージがあるが、著者ほど自分のことを――少なくとも自分の考えを公開している作家はいないのではないだろうか。
勿論詳細なパーソナリティーなどは解らないが、思考の方向性はかなり掴める。だからわざわざ質問しようとする読者の行動が謎だ。
意見自体は賛否ありダメージを食らうのもあるが、概ねなるほどと納得できる。回復はしない強化魔法みたいな内容。そして本人の公言通り指摘が世間より相当早い。
一部を抜粋してみると、
“野性の動物でも群れを成す場合は、ボスに服従する。そのボスも、自分に餌を持ってくる奴を引き立てたりはしない。自分に迫る力の持ち主を恐れ、いずれは地位を明け渡すことになる。この習性は、もちろん人間でも同じだ。世話になったり、借りのある人間に従うわけではない。むしろその逆で、そういった対象には、尊敬の念を抱かない、憧れない、言うことをきかない、というのが普通だと考えた方が良い。”
――生き物は世話をしてくれる人に懐くわけではない。
冷徹な洞察力。
“「甘えられる人がいなかった」という言葉を理由に、カウンセリングでそれが解決できると考える。そこが既にメジャの価値観といえる。仲間がいること、大勢で楽しく騒ぐこと、家族や地域の絆、それらの「押しつけ」がストレスになる人がいる。”
――まずは人に甘えろ、話をしろ、という押しつけ
極論を言えばこのような考えは流行小説の大半を否定しているか、テーマの無力化になっている。
著者が小説に興味が無いことも納得する。
または面倒なマスコミや業界人を近付けさせないための戦略的メッセージであるかもしれない。
軽薄な印象を持つかもしれないが、自分が著者に同意するのはこういった世間の調子に都合を合わせない部分であり、そこが最大の魅力だと思う。
しかしアンチ流行小説、ノートレンド的な特徴を前面に出すとやはり小説好きには受け入れられないのか、収益性の都合によりそこを調整したせいで小説が微妙になっているのであれば難儀なところだ。
“プロだったら、華麗な結果だけを披露してくれれば良い。そうすることで、その人の名前にすべての輝きが集約されるだろう。苦労とか精神力ではない。ただ、その名前の属性としての凄みが出る。「こんな凄いものを、どうやって作ったのだろう?」というのが、つまりは神の業なのだ”
――苦労話ほど格好の悪いものはない。 まして仕事だったら、絶対にしない。
一見大したことなさそうだが、これもすごいことを言っている。華麗な結果の無いケースで考えてみても――例えば匿名性を有するインターネット時代のインフルエンサーなどに応用すると、かなり面白い。迷惑行為でも名前の刷り込みに成功すれば、やがて名前は強力な実在性を持ち始め、そこに人々が集まり収益化できるようになる。これは理論的にはその主体など無くても成立する。中身などない名前だけの存在についてアリかナシの論争が起き、名前の持つイメージだけで支持、不支持に分かれるという滑稽で奇妙な状況が発生する。これは名前が概念としてランクアップした状態と言える。
代表的な例が〈政治家〉だ。選挙に出馬して名前を連呼して、あわよくば当選する(しなくても可)。そしてカメラの前で出鱈目な政策をでっち上げる。もうこれで大体のタスクは完了だ。すると否定的にも肯定的にも反応が起きる。反発力はあればあるほど良いのでなるべく弾力性の高い発言を多くする。これを繰り返せば最終的に大多数に名前が刷り込まれて概念になれる。
その政治家が「アニメ産業とAIダイバーシティの一体化が作る未来のネオガラパゴス都市構想」みたいな意味不明な発言をしても、そのイメージ――虚像に周囲は反射的反応を示し、本来なら《第3木曜日の日に回収に出されていたに違いない邪魔な置物》めいた人物であっても、なにか《捨ててはいけない貴重品》だと勘違いした者が支持を表明するのだ。更にその表明に対しても反応は起き続け、名前の力を補強する。この過程における唯一の成果物はある属性を持つ概念化した名前だけだ。
裏返せば個人的な関係性を除く名前自体の価値は、元々なにもない。周囲が偶像を作り崇拝したり、否定するために必要な意味である。人命救助をしても名前が無かったら、偶然的な機能か感動的な逸話だ。こんな単純な原理に意外と誰も気付かない。こんなことを先回りして指摘しているのは著者くらいだ。
名前についてもう1つ抜粋。
“こういった無差別殺人については、まえから言っていることですが、報道を控える対応が効果があると思います。今回は、被害者の名前も出なかったのですが、これは良かったと思います。被害者についても、加害者についても、どんな人物だったかを公開しないこと、つまり、物語にしてしまわないことに、抑止効果があるはずです」
西園寺「つまり、物語を作ろうとして、ああいった異常な事件を起こす、ということでしょうか?」
森博嗣「全部がそうだとは言いませんが、それがあるだろう、と考えています。みんなが知っている物語の登場人物になりたい、しかも主人公になりたい、という欲求に近いでしょう”
そういえば物語化がどうのこうのという本を最近目にしたような……著者にとって今更なテーマを売り物にしている。やっぱりこの先見性はすごい。明らかに唯一無二。
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