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Posted by ブクログ
井伊直弼といえば、安政の大獄。蒸気船に刺激されて巻き起こった尊皇攘夷の声を幕藩体制の危機と捉えた大老は、志士即ち活動家たちを断罪しつつ、水戸斉昭派の大名や公家を失脚に追い込む。安政の大獄は暫時、幕政の崩壊を食い止めた。しかし、弾圧に対する激しい反発からテロリズムが蔓延し、幕末は新たな産みの苦しみのフェーズへと進んでいく。
その井伊直弼をどう描くか。頑迷な保守主義者、世間知らずのお殿様、血に飢えた独裁者・・・敵役としてはこのようなイメージが定着しているけれども、主人公のキャラクターの設定は歴史作家の力量が問われるところ。諸田さんは埋木舎の15年に着目し、そこから物語を展開していく。
井伊直弼は多感な青年期を彦根城外の300坪の屋敷で過ごした。生活に困る訳ではない。しかし血のプールとして生かされる以外には何者にもなれない。眼を瞑れば飼い犬のように生きていけるのかもしれないが、彼の高いプライドがそれを許さない。学問を積み、和歌を吟じ、体を鍛えながら、来ないかもしれない日を待ち続ける。
世の中を よそに見つつも うもれ木の 埋もれておらむ 心なき身は
そんな直弼のいじましい日々に、美貌の女密偵を配す。そこからは諸田小説の真骨頂で、官能の喜び、会えないもどかしさ、別離のつらさを丹念に描きつつ、別れてからも想い合う二人の関係を「志」で昇華させつつ、物語は一気にクライマックスへと駆け上がっていく。
仕事が忙しくなる中手に取った一冊だったが、諸田ワールドを堪能しつつ、これまで知らなかった井伊直弼の人物像にも触れることができた。間違いなく、諸田小説の代表作の一つと言えると思う。
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