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幕末維新期、若くして英国に留学、西洋文明の洗礼を受けた伊藤博文。明治維新後は、憲法を制定し、議会を開設、初代総理大臣として近代日本の骨格を創り上げた。だがその評価は、哲学なき政略家、思想なき現実主義者、また韓国併合の推進者とされ、極めて低い。しかし事実は違う。本書は、「文明」「立憲国家」「国民政治」の三つの視角から、丹念に生涯を辿り、伊藤の隠された思想・国家構想を明らかにする。
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Posted by ブクログ
伊藤博文 知の政治家 中公新書 2051 著:瀧井 一博 出版社:中央公論新社 伊藤博文(18411016~19091026)の半生を描いたのが本書です 彼の顔とは、明治憲法(大日本帝国憲法)の立案者、初代内閣総理大臣、そして、朝鮮総監である 西洋列強の日本の植民地化という国難を、国内統一、明...続きを読む治維新として成し遂げたのが、大久保利通や西郷隆盛といった世代でした。 伊藤博文や、山県有朋らは、そのあとの、近代日本の整備発展という課題を担わなければならなかった、次の世代になります まずしい農民(卒族)として生まれた伊藤は、長州藩にて、吉田松陰の松下村塾に入塾する機会を得、安政の大獄で松陰獄死のおりには、その遺骸を引き取るという役回りも得た。 イギリスへの短期留学を行い、ついで、アメリカへもわたっている伊藤がそこで得たものとは、まず、堪能な英語力であった。 次に、金本位制を中心とする、通貨と国債制度。伊藤は、経済にも明るかった。 そして、岩倉使節団の副団長として、再び、ヨーロッパへ。 その過程で、政府の統治機構とは、制度設計と、憲法を中心とした議会制度であると確信する 再び、憲法調査のために、ヨーロッパに渡る そこで、ウィーンでシュタインにであり、彼の国家学に感服する シュタインの説く国家学とは、憲法を頂点とする政府の組織行政であり、 憲法とは、単なる法典ではなく、国家構造、政治の在り方を規定する側面をも考察する 伊藤は、憲法検討の過程で、全国に、その重要性を知らせるために、講演におもむいている 伊藤の考える政治とは、文明、立憲国家、国民政治であり、憲法と、議会はその両輪をなす重要な根幹なのである 伊藤の考える憲法とは、天皇を中心とする立憲国家であると同時に、国民が政治の中心となる基礎なのである そういう意味であれば、初代の首相が、彼であったことは日本にとって、幸運だったといえる。 あと、印象にのこったのは、陸軍との軍令の扱いだ。 伊藤は、軍令も、内閣の統制下に置くべきであるとの立場をとったが、山県は、軍令はその限りにあらずとした。 当時は、軍が暴走することなど視野にはいれてはいなかったが、近代日本が、朝鮮、満州、台湾とその統治対象が広がるにつれて、管理統制の分散化が問題になっていく。日本政府、帝国議会が天皇をふくめて、各所で発生する問題にタイムリーに対応ができなくなっていく 軍令問題は、やがて、昭和において、軍の暴走を招いていくこととなる。 目次 はしがき 第1章 文明との出会い 第2章 立憲国家構想―明治憲法制定という前史 第3章 一八九九年の憲法行脚 第4章 知の結社としての立憲政友会 第5章 明治国制の確立―一九〇七年の憲法改革 第6章 清末改革と伊藤博文 第7章 韓国統監の“ヤヌス”の顔 あとがき 注記 文献略記 参考文献 伊藤博文年譜 ISBN:9784121020512 判型:新書 ページ数:400ページ 定価:940円(本体) 2010年04月25日発行
伊藤博文による政治とその再評価をするための本。 これまでの歴史的な評価だと伊藤ってわりと一貫性のない、フレキシブルな(っていうと聞こえがいいけど、まあ尻の座らない)政治家というイメージで語られがちですよね。 でも作者によると実はさにあらず。 伊藤の頭の中には、世人の計り知れない深慮遠謀があった! ...続きを読むつまり、(現時点では政党政治とか無理だけど、いずれは実践していくべきだよね)とか(軍部の権限をできるだけ制御して、内閣中心の政治をおこなっていくつもりだけど、軍部と話し合いしてある程度お互いに妥協するのも大事だよね)とか・・ 漸進的で平和主義的な伊藤らしい政治のかじ取りの仕方だと思います。 そういう伊藤の政治的スタンスや思惑を、筆者は、莫大な史料から読み解いている。 時代時代にあわせた政治の在り方をプレゼンしていってるイメージですね☆彡 気まぐれや適当な判断で動いてるわけではないんだね☆ 幕末の多幸症やんちゃ坊主がここまで成長するなんて・・木戸さん天国から見て泣いてるぞ俊輔☆☆彡 それにしても腹心の伊東巳代治や、原敬からも(日記の中で)糞みそに言われたりして・・・かわいそうな伊藤博文wwでも、そこがかわいいんだけどね!
ブックファースト渋谷文化村通り店で 購入しました。 (2014年4月26日) ちょっとだけ読もうと思ったら、 読み始めてしまいました。 いやあ、大分読んだな、と思って ページ数を見たら、まだ14ページ目です。 だけど。 この本は、濃い。 素晴らしい。 (2014年4月26日) 「思想家」としての...続きを読む伊藤博文を堪能しました。 (2014年5月24日)
これまでの研究史を十分踏まえた上で、著者は、これまでとはまったく逆の伊藤博文評価を試みている。やや伊藤を持ち上げすぎのようにも感じたが、一次資料に依拠した非常にすぐれた分析であり、説得力があった。 副題にもある通り、伊藤を「知の政治家」としてとらえる視点は、韓国統監としての植民地統治の場面にも一貫...続きを読むしている。ややもすると伊藤のような政治家は、その行動面だけで変節だとか妥協だとかいう説明がされやすいのだが、あくまで思想・理念をもった人物として描ききっているところが挑戦的でもあり、久々に知的興奮をともなう読書であった。 途中、やはり知の巨人である福澤の顔が何度もちらついたが、最後に著者は、「(伊藤が掲げる知とは「実学」であった)この点において、伊藤は福沢と通じるものがあると言えよう。とはいえ、両者は実学的知のあり方をめぐって分岐する。福沢が官と民の峻別に固執し、官を排した民間の自由な経済活動を自らの足場としたのに対し、伊藤は知を媒介として官民がつながり、ひとつの公共圏(*それがフォーラムとしての政党=政友会につながる)が形成されることを追い求めていた」とまとめることによって、見事に私の疑問に答えてくれた。 政友会のあり方についての伊藤の考え方・立場も今までこれほど明快な解釈を読んだことがなかったので、目から鱗が落ちる思いであった。 蛇足ながら、第4章はどこぞの政党の党首にも熟読していただきたい。
明治初期の政党政治のプレイヤーとして大隈重信や板垣退助が名高いが、その政党政治の制度設計をしたのが伊藤博文という印象。立憲政友会を作りプレイヤーとしても参加しているが、高い理想と現実の政局のギャップに苦しみ、党運営はあまり上手くいかなった。 滞欧憲法調査を経て、大隈重信ら在野の知識人や井上毅ら政府内...続きを読むの知識人を凌駕するほどの立憲制についての見識を得た。まさに副題のとおり、知の政治家である。
国造りの難しさを感じた。伊藤はやはり胆力のある政治家だったのだなと思う。彼は主知主義の理想家だったが、漸進主義で譲歩もたくさんしている。それが、彼の一貫性のなさにも見えるが、基本路線として、文明化し国を豊かにし、国民に安全な生活を提供したいという考えがあったように思う。知識の吸収にも貪欲だったシュタ...続きを読むインとの出会いは大きかったものと思われる。 福沢諭吉や大隈重信のような自由主義、政党政治のような理想は、現代からみればそちらの方が主流だけれども、江戸幕府が終わってすぐの混とんとした状況の中で、ある程度の強い権力を保持し、国民統合の象徴としての天皇をおき、徐々に政党政治を取り込もうとしていったのは、現実路線だったのだと思う。
明治元老の中で、多大な功績をあげたにも関わらず、比較的低い評価をされているように見える伊藤博文の実像を探る書。 朝鮮総督を務め、暗殺の憂き目にあったためか、正当な評価をされていない、色眼鏡をかけた研究が多い、筆者は感じており、おもに本人の言行を含む当時の一次資料を元に、伊藤の実像を分析している。松下...続きを読む村塾での、吉田松陰の伊藤に対する評価は必ずしも高くはなかったが、高杉新作の功山寺挙兵、英国への密航留学、語学を生かした明治新政府での対外折衝、憲法制定の主導、議会制民主主義への移行の企図等、当時の日本の近代化に多大な影響を与えたのは間違いがない。初期には早急であった改革への行動も、時流を見極めての漸進主義へと変わり、着実に近代化を成し遂げていったが、本書はその際の伊藤の言行をできる限りつぶさに広い、その意味するところを解釈し、記している。近代日本の幕開けに果たした伊藤の役割を知る上で、ぜひとも一読いただきたい書
初代内閣総理大臣である伊藤博文の,生涯に渡る政治と「思想」を緻密に追った新書.本文全343頁とかなりボリューミーだが,幕末〜明治中期の政治を中心とした時代変遷をたどるには十分な分量である. 内容は,大きく分けて以下のとおり 渡欧・渡米での文明との出会い(~1873, M6),明治憲法制定まで(~1...続きを読む889, M22),立憲後(1899, M32),立憲政友会設立(1900, M33),憲法改革(1899~1907, M40),清末革命(1898, M31),韓国総監(1906~1909, M39~M42) 明治時代の立憲政治の確立に関しては 1~3章に伊藤の考え方や,そのきっかけが描かれている.その思想とは,生涯に渡り「立憲政治」および「漸進主義」に重きをおき,国民の知の向上が文明発展のキーであると考えるような,サブタイトルの通り「知の思想家」であるといえる(*あとがき). そのような文明への感化や漸進主義の芽生えは,1863年の「長州ファイブ」による英国留学,そして1871年の岩倉使節団による渡米が大きく影響している. その後,憲法制定に向けた模索中のウィーンでのシュタインとの邂逅が,「制度の政治家」としての伊藤を決定付けている.そこでは単なる議会制度を通した民主政治のみならず,それを反映し,実際に国家へと還元するような行政の存在が,"政治"の基盤となる,と述べている. また,そのような行政を行うに足る人材として,"政談"で事をなすような知識人ではなく,科学技術に居した"実学"を重視するという点も,伊藤の文明観の要点の一つと言える. 以下,漸進主義を踏まえた,君主制・民本制を両立できるような立憲制度の考え方や,政党の在り方(単なる徒党ではなく官民融和し最終的に国家に還元できるような存在),韓国総監時の「文明の伝道師」としての側面等が述べられている.
伊藤博文を国家制度構築の高いビジョンを持った 思想家として見た評伝。 そのビジョンは極めて理想的であるが、 残念ながらそれは日韓両国で失敗し、 かつ現時点においても成功しているとは言い難い。 本自体は分かりやすく書かれており 伊藤の行動を説明づけるものとしては納得がいくもので、興味深い。 一点あえ...続きを読むて疑問に感じた点をあげるとすれば、 伊藤博文ほどの人間がナショナリズムに理解が薄かったとは 考えにくいのではないかとも思う。
筆者が15年の歳月をかけた研究の集大成的な新書。伊藤博文ビギナーの自分にとってはいきなりのフルコース。伊藤博文は、ひろーい幅の(何色も色をもちうる)思想をもって、うまくその時代時代の政治家や知識人と手を結び、明治憲法制定、政友会、韓国統監と渡り歩いたのだというイメージを得た。幅がとても広いだけに節操...続きを読むがない、政治家としての理想がないとの評価をまま受けるそうだけれども、この本は、伊藤博文には理想がないわけでなく、その理想がひじょーに柔軟であるがゆえだということを明らかにしたものと理解した。そして、一般に言われているらしい図に乗りやすいというかお調子者みたいな人物像の一方で、この本がテーマにしているように、人一倍、いろんなことを学ぼうという努力をしている知・実学の政治家だったようだ。なんだかんだ言ってもこれだけ後世に著名な政治家、ある意味ではやっぱり成功ということになるのだとは思う。 とくに合点がいったのは立憲政友会設立の話。それから東大の前身は、官僚育成を念頭に置いて設立されたのだということは在学中から聞いたことはあったが、数々の文献に裏打ちされて実際にそうであることが分かった。そしてここにも伊藤博文が表で噛んでいたようだった。
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