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Posted by ブクログ
この時代のリーダーは、どのように『国家』を創っていくべきかを考え抜き、そして行動に移していった。
本著では、それらリーダーの思想、言動について具体的に触れられ、そこに映し出される鬼気迫る気概を肌に感じることができる。
この当時の政治家の勉強量(読書量)は想像を絶する程であるし、考え抜く能力はとてつもなく高かったような気がする。
一方で、伊藤博文もその一人だが、大いに楽天的なところもあって、心にゆとりが持てた時代でもあったのだろうか。
(坂の上の雲の如く)
登場する人物は政治家、官僚、学者、思想家、知識人など多岐に亘る。
ただ、各々が重厚なキャラクターの持ち主であるが故、紙面の割き方が少なく消化不良になるかもしれない。
著者の「伊藤博文-知の政治家」(中公新書)もお奨め。
以下引用~
・高杉の上海訪問の意義のひとつは、彼の地で西欧の活字文化の洗礼を受けたこと。当時の上海は本の都だった。
高杉は上海滞留中、さかんに書店を回り、書籍の購入にいそしんでいたのである。
・榎本・大鳥らの助命に動いた黒田清隆が岩倉に対して、アメリカでは南北戦争で敗れた南軍の将を赦免し、ともに建国に協力している。榎本らをいまだ獄中においていることがアメリカで問われた時、何と申し開きするのかと訴え、それを受けて彼らの釈放が実現したと伝えられる。
・山県(有朋)が古稀庵に所蔵していた蔵書の数は、一万冊をくだらなかったという。そのうちの少なからぬ書物に、傍線や書き込みが施され、山県による旺盛な勉強の跡が偲ばれることである。そこからは、伊藤(博文)と並び立つ「知の政治家」の姿が浮かび上がってくる。
・「井上毅伝」に収められた目もくらむほどの史料の山を前にすると、明治国制の確立のためにまさに粉骨砕身して身を捧げた一人の知識人の姿が浮かび上がってくる。岩倉にせよ伊藤にせよ山県にせよ、明治の政治家たちはみなこの比類なき知性の働きに支えられて、自らの政治構想を立案し実地に移すことができたのである。
彼が目指していたのは、ドイツの歴史法学に則って日本旧来の儒教的道徳を再生させることにあったと見なし得る。法や行政という西洋的概念は、仁という東洋的価値によって解釈替えさせなければならなかったのである。
・陸奥宗光は、故国を遠く離れた異郷で、憑かれたように勉学にいそしんでいた。ベルリンから発した書簡には、毎日10時間も机に向かっているとの消息が綴られている。そのような陸奥の姿は、鬼気迫るものとして傍らにいる者を威圧した。
・かつて久野収氏は、近代日本の天皇制を、天皇主権説という顕教と天皇機関説という密教からなるという今日なお引き合いにだされる見解を提示し、そのようにしてできあがった明治国家の体制を伊藤博文の「芸術作品」と呼んだ。
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