溺れながら生きる 依存とケアのあいだで

溺れながら生きる 依存とケアのあいだで

ビジネス・実用
1,900円 (税込)

9pt

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ケアからこぼれ落ちる女性たち

著者の臨床心理士としてのキャリアのスタート地点であり、アルコール依存症の男性患者たちを時代の病として活写した『依存症』(文春新書)から四半世紀。令和のいま、依存症の主役は女性たちになった。
若年化するオーバードーズ、自傷、摂食障害、女性のアルコール依存、ホス狂い、DV・ストーカー被害、そして推し活……。

かつて家族のケアを受けられた男性患者と異なり、守られるべき家族から放擲され、社会的経験もステイタスもない。ケアを求めてもケアを奪われ、アディクション(依存症)によって溺れながら生き延びる彼女たちの姿を、下り坂日本の写し鏡として描く。

【目次】
PART1 古くて新しい依存症
第1章 「セックス依存症」の女性は実在するのか?
第2章 なぜ娘は苦しむのか? ACブームを振り返る
第3章 摂食障害というありふれた依存症
第4章 依存症は意志が弱い人がなるのか?

PART2 依存症、トラウマ、ケア
第5章 コロナ禍に加速したOD
第6章 いま伝えたい、PTSDのこと
第7章 セルフケアブームを、依存症から考える

PART3 依存症からアディクションへ
第8章 アディクションの主役は女性になった
第9章 推し活とアディクション

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溺れながら生きる 依存とケアのあいだで のユーザーレビュー

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感情タグBEST3

    Posted by ブクログ

    依存することは、生き延びる術である。
    生き延びるために、依存する。
    依存するということは「自前のケア」なのである。
    しかし、生き延びるための手段だった「依存」が、いつしか目的になってしまうと、生を危うくしてしまう。
    ⁡
    ⁡男性のセックス依存性と、女性の自傷的セックス。
    母親のために生きてきたアダルトチルドレン。
    摂食障害、ギャンブル、戦争トラウマについて、最近あったニュースを取り上げながら解説されている。
    また、オンラインカジノやホスト、推し活は短期間で依存させるための仕組みが巧みに練られているその構造。
    そして、依存の背景にある時代や社会の状況であり、依存の内容も時代とともに変化してきている。
    ⁡
    ⁡
    依存することは誰かに強いられたことではなく、能動的であることは興味深い。
    それがないと生きられないから、能動的に依存する。
    だから、他責にできなくて「私が選択した結果だから」と自分を責めてしまう。
    アディクションを考える時は、本人の責任ではなく、その社会背景を考えてみる必要がある。
    ⁡
    ⁡
    大切なことがたくさん書かれていて、すべては書ききれないけれど、自分と同じ苦しみを持っている他者の苦しみを聞けるグループカウンセリングは、一対一の対話よりやはり大きな効果を生むであろうこと。
    だから、私はこれからも対話で集まる場を継続していこうと、そんなことを思った。

    0
    2026年10月07日

    Posted by ブクログ

    「急に具合が悪くなる」、「カウンセリングとは何か」そして本書は哲学と精神医療が地続きに重なり合っていることを改めて学ぶ良書だと思う。私は精神医学も哲学も、そして社会学ておいても全く専門知識はないのだが、非常にわかりやすく問題の本質を実例を示しながら伝えてくれるものだった。依存症やアディクションの改善の糸口は頑張る、我慢することではなく、同じ境遇もしくは理解するグループへ助けを求めることがまずは第一に大事なことだということを改めて学ぶことになりました。男女問わず、多くの人に読んでほしいと思う。

    0
    2026年09月22日

    Posted by ブクログ

    依存やトラウマについて分かり易く深い内容を書いているエッセイ。時代にとてもあっていて内容がすっと身体の中に染み渡っていく感覚。

    0
    2026年09月22日

    Posted by ブクログ

    信田さよ子氏が『依存症』の続編として25年の時を経て書いた本書。中身は濃い。

    欧米に比して日本では『〇〇依存症』と言えば、本人の意思が弱いから止められないのだという見方が特に強い気がする。
    〇〇中毒が依存症と名前を変えても世の見方は大して変化したとは感じない。

    なぜ依存症になるのか?本文中には
    《依存は自前のトラウマケアなのだ》
    という一文がある。そういうケースが殆どだったのだろう。

    依存とは少し異なるが…
    著者は、第二次世界大戦で兵士が受けたトラウマについても言及する。当時は誰もそのトラウマに気付かず、トラウマを抱えた本人は家族内にその行き場(に暴力で)を見出す。そして、その結果は、母から娘、娘から孫へ…と連鎖する。

    そして、現代の依存症。
    女性の割合が増えているという。アルコール依存はもちろんのコト。
    行き場を失った女子中高生がトー横に集いオーバードーズして自殺を図ったり、売春に走ったりする。先の家庭内暴力では受け止める「底」迄の距離があったが彼女たちは既に「底」にいるのだという…逃げる道も助けもない。

    以下、これを依存として見るかは人それぞれでであろうし、後者に関しては全てに当てはまるとは思わないが…
    ホスト狂いや過渡の推し活。その心理の根底には矢張りトラウマを見る。
    そして.『この依存はオンラインギャンブルと同様に依存するように【仕組まれて】いる』

    更に、突拍子もないかも知れないが、もっと大きく、世界経済にさえ同様の仕組みを見ることが出来るのではないか。《資本主義自体がカジノ化しメジャーな銀行が率先して投資を煽る姿に隔世の感をおぼえるのは私だけだろうか。》と。
    資本主義社会がアディクション化し、まるでギャンブル依存になったかのような現代の社会。
    まぁ…ここまで広げると余りにも救いが無さすぎる気もするが…(^^;;

    最後に、全ての人に知って欲しい。
    依存は自分では『治せない病』なのだ。自分の意思で治ることは決して無い。
    そして、原因を探るのではなく、ひたすら依存している対象を断つ。断ち続ける他に道はない。
    依存症の人を責める社会は未熟な社会だと私は思う。

    0
    2026年09月05日

    Posted by ブクログ

    いつも冴えている信田さん。現代的な依存とアディクション論。著者が強調しているが、この10年で依存症の見方にトラウマ論が入り非常に理解しやすくなった。その延長セイン上に戦争トラウマも知られるようになり戦後81年の精神構造がトラウマ論から読み解く論も出てきたのは蓋を閉めていた部分ふが開きつつあるのかも。セルフケアの二面性についても依存症からの視点で、容易に自己責任論に陥らないためのグループ対応など、依存症臨床をしている部分からは言語化してくれているところがあり、スッキリした。最後に現代資本主義自体がアディクションになっている部分があり、その点での社会の見方は同感です。

    0
    2026年08月15日

    Posted by ブクログ

    信田さん、80歳にして、この冴え!この切れ味の鋭さ!この視野の広さ!

    「依存は自前のトラウマケア」という前提で、アディクションを捉える。
    苦しみから逃れるために、生きるために必要だったアディクションが、苦しみを生むという逆説的構造。

    DVにおける逆転意識。
    わかりやすい。なるほど!と膝を打つ人も多いのでは。

    「夫からしょっちゅう侮辱され、時には殴られている女性は多い。あまり知られていないが、彼女たちが全員「ああ、これはDVだ。夫から逃げたほうがいい」と考えるわけではない。いっぽう殴った夫も「ああ、これはDVだ。僕はDV加害者だ」と考えるわけではない。では2人はどのように考えているのだろう。
    妻は「夫を怒らせたのは私だ」「あんな夫だが、選んだのは私だ」と考えている。夫は、「なぜ僕を怒らせるのか」「怒らせたのは妻だ」と考えている。つまり、DV被害を受けた妻のほうは、「私が悪い、私の責任だ」(加害者は自分だ)と思い、DV行為の主体(加害者)である夫は「自分のほうが被害者だ」「責任は妻にある」と思っている。このように、DVが起きている夫婦においては、行為と意識が逆転している。これを「DVにおける当事者性の不在」と呼んでいる。」

    「私はDV被害者(女性)のグループカウンセリングを25年間実施しているが、彼女たちと性被害女性とは酷似している。よくよく考えてみれば、多くのDV被害者は性的DVの被害者でもある。夫に対して緊張と恐怖を抱いている妻は、性行為においてそれから解放されるはずもないだろう。夫の側も妻がどう受け止めているかなど考えたこともなく、一方的な性行為によって妻を満足させていると勘違いしている。妻は夫の反応が怖いので従順に満足しているふりをしなければならない。不同意であることが許されない構造そのものが性的DVだと思う。」

    清々しいほどの聡明さと、弱い方の側の立場で物事を見なければ公平にならないという論理に感動。

    以前講演会で信田さんの話を聞く機会があった。新聞や雑誌で書かれたものは読んだことがあるくらいで、信田さんの著作は読んだことはなかったので、さほど期待せずに聞いたのだが。
    気持ちいいくらいの、歯に衣着せぬ物言い。(これは想定内)
    そして、なんだかあったかい(これは驚き)
    そして、威張ってない。(好感)
    兎角、「気が強い」だの「キツイ」だの言われる日本だが、信田さんのそのさばけた口調は、小気味よく、スッキリしたのが思い出される。
    何を臆しているのよ!と励まされるような。

    言葉の言い換えの狡さに言及しているところも、さすが。日本で行われがちな意図的で巧妙な婉曲翻訳、ユーフェミゼイションを最近苅谷剛彦さんの話から知ったところだったので、ここでもか!と驚く。

    「『性加害』という言葉は、同意のない性行為を広く指す表現として多用されているが、日本特有のグレーな表現だ。英文報道では sexualassault(性的暴行)や sexual abuse(性的虐待)と呼ばれる。assaultとは「暴行、暴力、乱暴」などの激しい意味を持ち、名詞・動詞の両方で使われる。
    また、abuse は child abuse(児童虐待)でも知られる単語だ。欧米では、assaultやabuseはいずれも刑法上の犯罪に相当する。これを日本では「加害」と総称したのだ。おそらくそこには男性の性行為の犯罪性を薄めたいという社会の意志が働いているだろう。」

    最後の章からがまたよい。
    「推し活」の罠。

    「自発的選択を半ば強制されるという逆説、その結果責任はすべて自分にあるという装置。
    これらはすべて檻ではないだろうか。
    やりたいことをやるという呪いに掛けられ、檻に閉じ込められたひとたちは、「推し」をつくることで、かろうじて「やりたいことをやっている私」を見つけることができる。
    多くの人たちが、「これが私の推しです」と言ってケイタイの待ち受け画面を誇らしげに見せるのは、どんなに世情が不安定でも、どんなに物価が上がろうが、私はこうやってやりたいことを見つけて(自発的選択)いるんですよ」ということのデモンストレーションのように思える。私はいつもそんな姿を見るたびに、痛々しく思ってしまう。」

    こういったアディクションの変化は、グローバル経済による金融資本主義が世界を覆い、今後は人々の認知機能そのものがアディクション化していくと信田さんは言う。

    そして、最後に、「中動態」にまで話は及ぶ。
    なるほど、意志の力、自己選択、自己責任とアディクションが繋がっているとすれば、そこからの解放は、自分の心から離れることだ。

    80歳でもこの知性と瑞々しさと柔軟さ。
    なんかうれしくなりました。

    1
    2026年08月05日

    Posted by ブクログ

    依存症と推し活って結び付けて考えたことがなかった。推し活って、今は推し活することがごく普通の事になっているから、推し活に興味がない自分は特殊?くらいな気持ちだった。
    でも、インザメガチャーチと本書を読んで、推し活が、ファンを夢中にさせて課金させる仕組みでファンビジネスを拡大させてるんだとわかり、推し活って言葉に嫌悪感を感じるようになった。
    推し活で貧困や借金をしながら、依存症状態になっている女性が増えているとのことに、矛先のわからない怒りを感じる。

    0
    2026年10月08日

    Posted by ブクログ

    彼女の本は何冊か読んでいるのだが、近年はその押しの強さと言うか、文章から流れる圧の強さと言うか、それに少し辟易していたところがある。それが、長い実践の中で彼女に刻まれた「女性を大切にしない社会への怒り」なのではないか、と思いながら読んでいた。
    ただ、本書は最後の推し活とアディクションに関する考察、そして「グループの意味」という考察を読んで彼女の真骨頂のようなものを感じた。特に長年「アルコール依存症」を代表とするアディクションの問題と深く関わり取り組んできた彼女だからこそ書けるし、支援者として長年その問題と向き合ってきた彼女にしか書けないことでもある。

    「アディクションからの解放や回復は、自分の心から矢印の方向を反転させることから生まれるのではないか」という一文が心に残った。

    0
    2026年10月04日

    Posted by ブクログ

    26年間にわたり,依存症に携わってこられた臨床心理士の信田さん、、趣味は週刊誌問いかけ哲学という

    月曜日は現代ポスト、水曜日はフォーカス
    木曜日は週刊文春、週刊新潮 を読むのに忙しい
    若い時から 自分達の本も、読まれてナンボ、と思っていて、週刊誌のように見出しはっきり、パッとわかり、切り込む書き方になったそう

    彼女の本を初めて読んだのは20年以上前「アダルトチルドレン」

    1970年代、学生運動 80年代心理臨床始まり、、90年半ば 依存に分析は効かない、フロイトを乗り越える 1995阪神淡路大震災後トラウマの波が来る
    それまでは彼女の仕事は端っこ、の仕事、誰もがやりたがらない、ドブさらいのような
    講演も閑古鳥

    臨床心理士の仕事は教祖➕占い師➕チーママを足して3で割ったような仕事とある対談でおっしゃっていた
    ただ、こぼれ落ちる人たちを援助しているプライドはあった…

    現代は回復・治療・支援の対象が男性から女性に変化してきている、特に若い女性

    依存addiction→DVが繋がった 信田さんが初めて指摘した「DVと虐待」原宿カウンセリングセンターをやっていてわかったと言う

    若い子の市販薬オーバードーズの話も
    2021咳止めメジコンが市販薬へ
    ドラッグストアやコンビニにも
    メジコンはサイケデトックス 意識変容起こす
    守る家族がいない 即 死や犯罪
    コロナ禍以降、若い子の自殺も増えた

    東横に集まってくる子はまだいい
    もっと溢れてもいい
    困ったら手を差し伸べたい

    80歳を超えてなお、臨床に携わる彼女の、4分の1世紀分の依存症に関するまとめを読むのはなかなかしんどかった、、でも読めてよかった

    0
    2026年09月28日

    Posted by ブクログ

    依存とかアダルトチルドレンとか、トラウマとか。自分にも当てはまることがあったり、自分の興味のある分野だったりしてスッと腑に落ちる部分と、性的虐待だけなのかな?って思って他の虐待のことについてはあまり触れられてない気がして、自分の気持ちが置いてけぼりになった気もした。
    依存して生きていきたいのに、それが人生を狂わせてしまうって難しいなあって。カウンセリングよりも仲間が必要なんだよな、やっぱり居場所というか、自分の気持ちを自分でもってていいんだって思える仲間とか必要だよなあって。そのトラウマに強弱はないよなって。

    0
    2026年09月27日

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