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なぜ僕は存在するのか? なぜ悪いことをしてはいけないのか? 刊行から30年、世代を超えて読み継がれる名著の完成版! 「哲学は向こう側にあるのではない。哲学史の本の中に「哲学」として登場してくるものは、もう哲学ではない。向こうにある哲学を学ぼうとすれば、哲学した人の残した思想を読んで理解し、共感を感じたり反感を感じたりできるだけだろう。哲学はこちら側にある。自分自身の内奥から哲学をはじめるべきだ」 「問いの後に 哲学とは?」より
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Posted by ブクログ
俺にとっては後半の問いの方が面白かった。 前半部分については、「俺が〈俺〉である理由は、そういうもんだから」と考えるのをやめてしまっているため。正確には、現に俺は〈俺〉である訳だから、「俺が〈俺〉である理由」が判明したとて、強く生きていく理由にはなり得なさそうだから。ファッション鬱は辛いね。 「...続きを読むなぜ悪いことをしてはいけないか」 という問いに対して、道徳とは何か、善悪とは何か、などを詰めながら進めていく。 道徳は価値判断の材料のようだが、価値判断という枠組み自体の中にも入れ込まれてしまっているのではないか?というようなことも書かれている。 特に面白かったのは 「実際になされる行為に心が伴わなければならないという規則はどこかいかがわしい、と僕は感じた。」P186 の部分。本書では偽善についてこの表現が為されていた。 対比として、自分は「偽浮気」というものを挙げたい。恋人がずっといなかった自分は、周りの人間に対して「俺は恋人がワンナイト浮気することについては何も文句がない。そういう日はあるだろうし、自分にも来るかもしれないし、本当に好きなのが自分であれば問題ない」という言説を吐いていた。(本当に好きとはどういう意味かはここでは置いておくとして。) そう、心が伴っていなければ良いかなと思っていたのだ。まさに偽善に近いと思う。 ただ本書でそれは、「道徳的世界解釈」を持っているのか、「道徳外的世界解釈」を持っているのかという違いなのだという説明があり、かなり腑に落ちた。ニーチェの言う「弱者の倫理学」はここに潜んでいるのかと。というか弱者って表現で、俺は今まで社会的ステータスや能力が低いことをイメージしていたが、社会に不適合なことを示していると考えるとメチャクチャ響いた。(基本それは相関するのだろうが、自意識過剰かもしれないが、自分はやや外れていると思っている。イタくてあまり言いたくないが。)メチャクチャ俺弱者じゃん笑 ※補足(間違ってそう) 道徳外的世界解釈を持っている人は、行われた行為が偽善によるものであろうと、結果が善(好ましいこと)なので当たり前に善であると感じる。なんなら、結果が善なのだから偽善ですらない。 しかし、道徳的世界解釈を持つ人は、行為の結果ではなく、弱者の道徳(おそらく道徳外的世界解釈と逆になるような指標)を基準に判断するため、偽善は偽善になってしまう。 でも俺が弱者で、周りが強者だからこそ、話がうまく通じないし、分かり合えなかったんだなと思う。そういう社会とのズレを真剣に考え続けるのが〈こども〉の哲学なんだってことらしいです。 感想終わってるけど興味あれば是非。
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完成版〈子ども〉のための哲学
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永井均
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