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Posted by ブクログ
著者も指摘する、百年前の戦間期にも似たプーチンのウクライナ侵攻以来の時代の端境期において、我が国の置かれた状況や取るべき針路を思想史から説き明かした好著。
西洋の個人主義、新自由主義を良しとしない著者は、幕末・明治の先達、山路愛山、徳富蘇峰、福澤諭吉、永井荷風、夏目漱石、西郷隆盛らの、西洋文明や時勢に流されず、来し方や足元をしっかり見つめ、我が国のあり様・本質を忘れるな、との教えに戻れと説く。
具体的に米国や中国に依存も反目もし過ぎず、太平洋沿岸の中規模国の連合により独自の立場を維持せよ、との提言だが、数十年に亘り強烈な反日教育を続け、反日を半ば国是とする隣国を考えれば、言うは易しの感を禁じ得ない。
書名の「知性の復権」とは、長年のブランクを経て、針路を自身の頭で考える時代が来た、ということか。
Posted by ブクログ
温故知新ということで、過去の知見を紐解き、将来を語る。
先崎さんのスタンスで、歴史に刻まれた言動・知見に基づき、現代の諸現象を分析し、未来を予見するといいう内容でした。
浅学な私には、新たな知見でした。
「真の保守」を問うということでしたが、明確な答えの提示はなかったように思いました。
内容ですが、
第1章 アイデンティティ政治の潮流
第2章 テロリズムの論理と心理
第3章 「保守」という言葉の混乱
第4章 アメリカと世界の分断
第5章 「戦間期」からの教訓
第6章 令和日本のデザイン
の中で、第5章において、麻生太郎元総理が2007年に出版した「自由と繁栄の弧」に一定の評価を下していることに興味を持ちました。
204頁から紹介
高祖父に大久保利通をもち、吉田茂や牧野伸顕を親族にもつ麻生氏にとって、幼少期からの自己形成は、「自分はいったい何者なのか」という深刻な問いをつきつめられてつづけたはずです。
戦後、総理大臣に君臨した吉田と比較した時、いったい自分は何者なのか。
新しい総理の像をつくれるのか。
それ以前に、どのように生きることで、大久保でもない吉田でもない牧野でもない、「麻生太郎」という人間として生きることができるのか。
つまり自分の人生の主人公たりえるのか。
こうした深刻な危機感がなければ、政治家の筆が「アイデンティティー」に割かれることはない。
つづけて麻生氏が「分裂した自我」について語り、「裂け目はいつか、修復されなければなりませんでした。でないととかく精神が平衡を失い、左右の振幅を大きくしてしまいます」と述べているのを読むと、彼の心中に去来したものが、いかに壮絶だったかがわかります。
「分裂した自我」とは、第1章でフランシス・フクヤマが指摘した「真の自己」をめぐる議論に直結します。
簡単に復習すると、ルソーは、真の自己と社会的評価とのあいだの「ズレ」を発見し、真の自己を絶対視しました。
ズレを認めることができず、社会のルールを変革すべきだと主張しました。
これをルソー主義と呼ぶならば、アメリカを覆う右派民族主義も、左派の過激フェミニズムも、ともにルソー主義に陥っている。ズレを許せないのです。
麻生氏が主張するアイデンティティーが、穏やかな自尊心であることに注目してください。
外交とは、日本の自己像と、国際社会が押しつけてくる日本像との「ズレ」を確認する営みです。
「ズレ」の存在をみとめ、折り合いをつける行為こそ、外交なのです。
とありました。
麻生氏にそういう一面があったとは・・・
Posted by ブクログ
僕らの、日本の現在地はどこか?縦糸(歴史)と緯糸(地理)の双方から診断を進めていく、薄くも丁寧で骨太、ぎゅっと勉強になる一冊。
先崎先生の言説に触れると、いかに自分がぼやんと間違った知識を持って生きてしまったか思い知らされる。中学生2年生あたりで、いっかい先崎さんの薫陶を浴びておきたかった。
最期の処方箋パートが、発行当時の事情に肉薄したことの弊害なのか、スナップショット的に写ってしまった点だけが残念だった(これは読み手としての僕の実力不足のせいかもしれない。分かりやすい答えが欲しかったわけではないが、手前で大胆に他説を否定している分、ドンと提示される何かを期待して読んでしまっていた)。結局、保守とは何で、どうあらんとすべきか?どう生きていくべきか?カッコよく語りきってほしかった。
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ビジネス・実用
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